018話 魔鉱石を求めて
冒険者ギルドを後にしたアレフたちは、街の中心から少し外れた石畳の通りを抜け、鍛冶屋の並ぶ一角へと足を運んだ。
その一角は、鉄と油の匂い、そして金槌が鉄を打つ甲高い音が絶え間なく響き、鍛冶場の熱気に包まれている。
「ここだ」
アレフが立ち止まったのは、厚い鉄扉と巨大な煙突が目を引く武器屋。看板には「赤ひげ鍛冶工房」と彫られている。
中に入ると、炎の赤い光に照らされながら、一人のドワーフの男が鉄床を叩いていた。腕は丸太のように太く、髭は炎のように広がっている。
「……フン、客か。冒険者ギルドの連中なら、どうせ剣の修繕か槍の注文だろう」
彼は顔を上げずに、鉄槌を振り下ろしながら言った。
アレフは一歩進み出て、隣にアスタロスを押し出す。
「いや、違う。こいつに合う武器を打ってほしいんだ」
「俺様の、戦斧だ!」
アスタロスが胸を張って宣言するが、ちょこんと生えた牛耳と小さな両腕のアンバランスさが、どうにも迫力を削いでいる。
ドワーフは手を止め、訝しげにアスタロスを見て眉をしかめた。
「……なんだ、このチビ牛娘は」
「チビじゃねぇッ! 俺様はミノ……だはぁあ!?」
脳天にアレフの拳が炸裂する。
「み、見ての通り、猛牛の獣人なんだ!本来なら、ミノタウロス並みの腕力があるんだが、今はその……訳あって腕力がない。だから、扱える斧を作ってほしいんだ」
とアレフが横からフォローする。
ドワーフはふうっと鼻を鳴らし、鉄槌を置いた。
「……なるほどな。面白ぇ注文だ。だが、ただの鉄じゃお前の言う“戦斧”にはならん」
「じゃあ、何が必要なんだ?」
「魔鉱石だ」
その言葉に、アレフ以外の全員が首をかしげた。
「魔鉱石?」
ライカが問い返す。
「ああ。魔力を帯びた鉱石でな。魔獣や魔族の力すら封じ込められる強靭さを持つ。そいつを斧の芯にすりゃ、チビでも振り回せる戦斧を作れるだろう。」
「おい! だからチビって言うな!」
アスタロスが食ってかかるが、ドワーフは一切気にしていない。
アレフは腕を組み、にやりと笑った。
「つまり、その魔鉱石を取ってこいって話か」
「そういうこった。鉱山の奥、魔物が巣食う坑道に眠ってる。取ってきたら、特別に打ってやるよ。……ただし、命の保証はせん」
「ふん、俺様を誰だと思ってる! 誇り高き戦士アスタロス様だぞ!鉱石の一つや二つ、すぐに叩き出してやる!」
と息巻くアスタロスだが、ライカとシノは顔を見合わせて苦笑いする。
アレフは軽く肩を竦め、ドワーフに言った。
「決まりだな。魔鉱石は俺たちが回収する。あんたは腕を磨いて、俺様たちの帰りを待ってろ」
ドワーフはニヤリと歯を覗かせる。
「よかろう。楽しみにしてるぜ、冒険者ども」
こうして一行は、次なる目的地――魔鉱石の眠る鉱山へと向かうこととなった。
***
夜明け前に街を出たアレフたちは、昼過ぎには鉱山の入口へと辿り着いた。
山肌を削った坑道は暗く、入口から吹き出す冷気には、獣の匂いと湿った血の匂いが混じっている。
「……魔物の巣って感じだな」
アレフが剣に手をかけ、低く呟いた。
ライカは掌に小さな火球を灯し、周囲を照らす。壁に走る鉱脈は赤黒く光り、魔鉱石の存在を物語っていた。
「見た目は綺麗なんですけど……なんだか嫌な気配がします」
「気配? 俺様が相手してやれば一撃で終わりだ!」
「武器もろくに持てないくせに、何でそんなに自信満々なんだ、お前は!」
胸を張り、坑道の奥へとずかずか進もうとするアスタロスをアレフが蹴り飛ばす。
「皆さん、お静かに!」
ジェームスが制止した瞬間――
「ギシャァァァ!!」
坑道の暗闇から、無数の目が光った。
次の瞬間、地を這うような音と共に飛び出してきたのは、巨大な蜘蛛型の魔物の群れだった。
「くっ、いきなりか!」
アレフが剣を抜き、前に出る。
「任せろッ! 俺様がまとめて潰して――」
アスタロスは腕を振りかざしたが、当然、武器はない。
素手で殴りかかるも、蜘蛛の外殻に拳が弾かれて「いってぇぇぇ!」と悶絶する。
「無理に突っ込むでないわ!」
シノが炎のブレスを放ち、蜘蛛の群れを牽制する。
炎に怯んだ蜘蛛たちは一瞬退くが、すぐに壁や天井を這い回り、包囲網を狭めてきた。
シノは素早く前に飛び出し、竜爪で一匹の脚を斬り飛ばす。
「アスタロス、後ろで騒いでる暇はないよ! 足止めくらいはできるだろ!」
「なっ……俺様に、足止めだと!? ふん、見ていろ!」
アスタロスは近くの落石を無理やり持ち上げ、蜘蛛たちに向けて投げつけた。
「どりゃああああッ!!」
岩は鈍い音を立てて蜘蛛の群れに直撃し、数匹が潰れる。
残りは怒り狂ったようにアスタロスへと群がる。
「お、おい!? 余計に狙われてるじゃねぇか!」
アレフが苛立ち混じりに叫びながら剣を振るい、蜘蛛の牙を弾く。
だが、その混乱の中――
アスタロスは本能に任せて吠えた。
「こいよ、虫けらどもォ!俺様がまとめて相手してやる!!」
蜘蛛たちは確かにアスタロスに引き寄せられ、そのおかげでアレフとシノは側面から斬り込みやすくなった。
ライカも集中して火球を叩き込む。
「……ちっ、無鉄砲な奴だが、結果的には助かってるか」
アレフは低く呟き、蜘蛛の群れを一気に切り払った。
ジェームスはタキシードを翻し、銀のトレイとフォーク、そしてナイフを手に取った。
その佇まいは戦場に似つかわしくないほど優雅だが、次の瞬間――。
「教育的指導です!レッスン1――鋭切ーレフト・ミート!!」
ナイフが閃き、一体のリザードマンの喉元を正確に切り裂く。
「レッスン2――刺突ーライト・ミート!!」
フォークが敵の胸甲の隙間を貫き、悲鳴が鉱山に木霊する。
「御安心を。執事として、害虫退治はお手のものです」
ジェームスは髪を直し、優雅に一礼した。
「後は任せて!――《雷槌・ライトニング・ストライク!》」
ライカが雷を放ち、残りのケイブ・スパイダーを感電させる。
火花に照らされた彼女の表情は自信に満ちていた。
やがて坑道に静寂が戻る。蜘蛛の残骸と焦げた臭いが漂う中、アスタロスは胸を張って仁王立ちした。
「どうだ! 俺様のおかげで勝てただろう!」
「……まあ、いい囮にはなったな」
「お、おとり……だと? いや、どう考えてま俺様が主役だっただろっ!」
アレフは溜め息をつきながらも、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……少なくとも、置物じゃなかったな」
アレフは剣を構え直し、仲間たちへと目を向ける。
「よし、ここからが本番だ。準備はいいな?」
ジェームスは銀の食器を鮮血で濡らしたまま、涼しい顔で返す。
「ええ、次のコースも、とびきり華やかに参りましょう」
こうして、一行は鉱山での最初の死闘を切り抜けたのだった。
次回タイトル:019話 鉱山の守護者と牛娘




