017話 呪縛の雌牛 ― 戦鬼の誇りと下僕の契約
呪いによって変化させられた雌牛の獣人の姿――ミノタウロスは、己の姿を認識するや否や、咆哮ではなく、耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴を上げた。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁっ!? お、俺様が……女に……!?」
羞恥に震える声を耳にし、神殿の三人の手先は、互いに顔を見合わせる。
「こ、こんなはずでは……!」
「今は引くぞ! あんなものでは用が足りん!」
「次の機会に、必ず異端を……!」
三人は踵を返し、森の闇に紛れて姿を消した。
残されたのは、膝をつき、震える雌牛の姿のミノタウロス。
かつては二丈の巨躯に分厚い筋肉をまとい、戦斧ひと振りで森を薙ぎ払った戦鬼。だが今、そこにいるのは――
可憐な人間の少女の顔に、愛らしい牛角と柔らかな牛耳を生やし、肘から手首にかけては獣毛に覆われた、細腕の娘。
下半身もまた、逞しさを失い、白と茶の牛毛に覆われたしなやかな脚に変わり果てていた。だが膝は震え、力強さの面影はない。
彼女は己の腕に手をやり、その力が抜け落ちていることに気づいた。かつて振るえば大地を割った戦斧を持ち上げるが、武器は鉛のように重くて満足に振るえない。
「……う、嘘だろ……? この俺様が……戦斧すら、振るえないだと……?」
戦士としての誇りを根底から揺るがされる。
アレフは歩み寄り、片手を腰に当て、もう片手で顎を軽く撫でながら言った。
「どうする? まだやるか? 今のお前じゃ、そこの幼女にだって敵わねぇぞ」
「ぐ……っ、ぐうう……!」
ミノタウロスは唇を噛み締めた。戦士としての矜持は、無様な降伏を許さない。しかし、現実は残酷にその心を折り砕く。
「そのネックレスには、“性別を反転させる”呪いが込められている。それを外せば元の姿に戻るはずだ」
ミノタウロスは首から垂れたネックレスに手をかけ、力ずくで外そうする。
しかし、彼女が力を込めた先から、鎖はその力を吸収してしまう。
「呪いを解除しない限り、そいつは絶対に外れない。そして、俺ならその呪いを解いてやれる」
アレフの言葉を聞いた途端、ミノタウロスは地に額を擦り付けるようにして叫んだ。
「頼む!頼むから、俺様を元の誇り高き戦士に戻してくれ!それが叶うなら……何でもする!」
ライカが目を丸くし、シノも唖然と口を開けた。
だが、アレフは不敵に口元を吊り上げた。
「……なら、取り引だ」
彼は屈み込み、変わり果てたミノタウロスの瞳を覗き込む。
「今からお前は、俺が最強になって目的を果たすまでの間ーー下僕だ。俺の仲間を傷つけることは許さないし、裏切りも許さない。それさえ守れるなら、いずれ呪いを解いてやる」
屈辱に歪んだ顔を上げ、ミノタウロスは唇を震わせながら頷いた。
「……俺様の誇りにかけて、必ず……」
その瞬間、アレフの瞳には勝利者の光が宿っていた。まるで子供が新しいおもちゃを手に入れた時のようにーー
***
アレフたちは助け出した娘を商人の元へ送り届けると、そのままガイアの街へと足を向けた。
依頼達成とゴブリン・チーフの討伐、闇商人から没収した禁制の品を回収した功績で、アレフは「C」ランク、ライカとシノはそれぞれ「D」ランクに昇格した。
また、ミノタウロスを“獣人の協力者”だと紹介したところ。
特例で試験は免除。冒険者“アスタロス”として登録が認められた。
その後。“アスタロス”という名でアレフたちと行動を共にすることとなったミノタウロスはーー
「おい、下僕……ちょっと肩を揉んでくれ……」
アレフが肩を回しながら命令する。
「くっ……!!か、肩揉みってのはこうすればいいのか!?」
アスタロスは不満そうに耳をピクピクさせながら、肩を乱暴に押し揉んだ。
「違~うッ!もっと身体を寄せて、肘を使うんだよ、肘を……」
言われるがまま、アスタロスはアレフに密着し、肘を押し当てる。
「おお、悪くないぞアスタロス。牛耳がぴこぴこ動いてるのも可愛いな」
「か、かっ……可愛いとか言うんじゃねえぇぇっ!!」
ライカが口元を押さえてくすくす笑う。
「でも、アスタロスさんて、なんだかんだでアレフお兄ちゃんの言うこと聞いちゃうんですよね」
「うっ……うるせえッ!俺様は、仕方なく従ってやってんだ! べ、別に好きで肩揉んでるわけじゃねえからな!」
シノも肩をすくめて茶化す。
「ふふん、じゃが結局アレフの背中に牛チチを押しつけておるではないか。のぅ……アスタロス?」
「な、なっ……ッ!し、仕方ねえだろッ!この体勢だとどうやっても当たっちまうんだよッ!」
アスタロスは顔を真っ赤にして飛び退いたが、アレフは涼しい顔で頷いた。
「ふむ……じゃあ、いっそミルクでも出してくれよ」
「出せるかぁぁぁッ!!」
牛耳を逆立てて怒鳴るアスタロス。だがすぐに拳を握りしめ、真剣な眼差しで言い放った。
「……元の姿に戻ったら、誇り高きミノタウロスの戦士として、今度こそ貴様と決着をつけてやる!そのために、俺様は……」
アレフは満足げに笑みを浮かべる。
「そうかそうか。じゃあ次は身体でも洗ってもらおうかな……もちろんタオルを使わずにな……」
「くっそおぉぉーーっ!!」
仲間たちは大笑いしながら、その小さくも威勢のいい背中を見守った。
口では反抗しながらも、結局付き従うアスタロスの姿は、どこか微笑ましく、もう立派な“仲間”の一員になっていた。
次回タイトル:018話 魔鉱石を求めて




