016話 呪いの首飾り
血と硝煙の匂いがこもる洞窟内に、ようやく静寂が戻った。
アレフたちは倒れ伏したゴブリン・チーフを確認すると、後方に運び込まれていた荷を調べ始める。
「……見つけた。これは闇商人から奪った積み荷に間違いないな」
ジェームスがたいまつの光を掲げ、積み上げられた木箱を指し示した。
「約束通り、没収するってことじゃの」
竜人姫シノが竜爪で器用に封を壊し、次々と中身を確認していく。
木箱の中からは、香辛料や貴金属、珍しい魔導素材などが現れる。
その一つを手にしたアレフは、ふと腰の《暴食の魔剣グラトニー》が低く唸るのを感じ取った。
「……これは?」
魔剣が導くように、一際古びた小箱を見つけ出す。蓋には奇妙な文様が刻まれており、冷たい瘴気のようなものが滲み出していた。
「開けるのか?」
シノが眉をひそめる。
「グラトニーが反応している。放ってはおけない」
蓋を開くと、中には青い宝石を嵌め込んだ首飾りが収められていた。
冷たい光を放つ宝石は、生き物のように脈動し、不吉なざわめきを周囲に広げる。
それを見た闇商人の娘が小さく息を呑んだ。
「……それは、父がとある貴族から依頼され仕入れたものです。
詳しい用途は知りません……ただ、間違って身につけたりしないようにと呪いの効果だけは聞かされました」
少女の声には怯えが混じっていた。
「グラトニー……喰らうか?」
《そんなふざけた呪いなど喰わん!》
呪いにも好き嫌いがあるんだな……などと、アレフは苦笑しながら小箱を閉じ、バッグへ仕舞い込んだ。
「アレフ様、ここで長居は危険です。まずは積み荷を持ち帰りましょう」
ジェームスの冷静な進言に従い、一行は荷をまとめ、娘を伴って洞窟を後にする。
――だが出口を抜けた瞬間。
冷たい夜気と同時に、張り詰めた気配がアレフたちを包んだ。
月光に照らされた岩場には、巨大な魔方陣が刻まれ、その中央に三つの影が立ちはだかっていた。
「……待っていたぞ、竜人の姫よ」
黒い法衣をまとった男が口角を吊り上げる。背後に控える二人もまた、神殿の紋章を胸に刻んでいた。
「……神殿の手先か。やはり、妾を狙って」
シノが鋭く睨む。
「その通りだ。異端は必ず粛清される。竜人の血は、神の御心には不要だ」
指先で印を結ぶと、地面の魔方陣が淡く光を帯び、轟音とともに地響きが走る。
血と鉄の匂いが吹き上がり、漆黒の巨影が現れた。
「グオォォォォッ!!」
「……ミノタウロス!」
ハーフエルフの幼い魔導士が声を震わせる。
魔方陣から姿を現したのは、漆黒の毛並みと隆々たる筋肉を誇る巨体――ミノタウロスだった。
両腕に握られた大斧は、ただ振り下ろすだけで地面を粉砕しそうな威圧感を放っている。
「また、随分と大物を連れてきやがったな」
アレフは黒炎を纏わせたグラトニーを構える。
ジェームスが白手袋をはめ、涼やかに告げた。
「お嬢様方、ご安心を。牛頭の怪でも、エレガントに給仕してみせましょう」
ライカは怯える娘をかばいながら、必死にグリモワールを開いた。
「神殿の者であろうと、この身を差し出すつもりはない。妾の竜炎で、灰に変えてくれる!」
シノは竜気を纏い、紅い瞳を輝かせる。
「あれから、ずっと襲う機会を伺っていたのか……ならば――ここで、叩き潰すまでだ!」
アレフが一歩前に出る。
「神殿の者であろうと、この身を差し出すつもりはない。――竜炎で、灰に変えてくれる!」
夜空にミノタウロスの咆哮が轟く。
死闘が始まるかに見えた、その時――
《愚か者ども!ここは引け!今のお前たちでは到底敵わん!》
グラトニーの怒声が飛ぶ。
だが、それでもアレフは不敵に笑った。
「いやだね。倒せない相手なら……倒せる相手にしてやればいい」
《……なに? どういう意味だ?》
困惑する魔剣に、アレフは肩をすくめて言い放つ。
「まぁ、見てろって……真正面からぶつかるだけが戦い方じゃないんだぜ」
その顔は、子供がいたずらを思いついた時のように楽しげだった。
「アレフお兄ちゃん……なんだか、とっても悪い顔してる……」
青ざめるライカの声を背に、アレフは仲間たちへ短く作戦を告げる。
行動開始――
「そこの連中……来るがよい。妾が相手をしてやろうぞ!」
シノの挑発に、神殿の三人が慌てて術を連ねる。
その間にライカがグリモワールのページをめくり、そして願う。
「――《拘束の鎖・シャドウバインド》!」
漆黒の鎖がミノタウロスの四肢に絡みつく。
しかし、巨躯の怪物は咆哮とともに鎖を引きちぎった。
「そんな……っ!? なら、これでどう!」
ライカは続けざまに詠唱する。
「風よ、束ねよ……《エア・バインド》!」
今度は風の鎖がミノタウロスの脚を縛り、巨体を一瞬たじろがせた。
「お嬢様のお役に立てるよう、全力を尽くしましょう」
ジェームスが影のように前に躍り出る。
「エレガント・サーブ編――《シャドウ・ステップ》!」
揺らめく影がごとき足さばきで大斧を紙一重で躱し、返す手で羽ぼうきを叩きつけた。
「クリーニング編ーー《ダスト・ストーム》!」
羽ぼうきの一振りで砂塵が巻き上がり、ミノタウロスの視界を塞ぐ。
その隙に、アレフは背後に回り込む。
「お待たせ。お前さんにプレゼントだ」
アレフは例の呪いの首飾りを、ミノタウロスの首に掛けた。
瞬間、淡い光が走り、呪いの力が解放される。
「……グ、グォォォッ!?」
筋骨隆々の体が縮み、分厚い胸板が柔らかな曲線へと変貌する。
雄々しい咆哮は甲高い悲鳴に変わり、黒毛に覆われた巨体は、雌牛の獣人のような姿へと変貌していった。
異様な変化に一同が息を呑む。
「……な、なんじゃこりゃあぁぁっ!?」
突然女性の体となったミノタウロスは、戸惑いと羞恥に満ちた声を上げた。
「これは……たまげたの」
シノが絶句する。
ライカも呆然としながら、
「すごい……やったね、お兄ちゃん!」と声をあげた。
しかし、アレフは眉をひそめた。
「……いや、作戦は失敗かもしれん。」
「えっ?」
ライカが首を傾げる。
「くっ……!こいつ、とんでもない凶器を隠し持っていやがった……」
言葉とは裏腹に、アレフはにやけた顔で、変貌したミノタウロスのある一点を凝視していた。
「う、牛チチ……なんて破壊力だ」
ライカは一瞬の沈黙の後、ため息をついた。
「……お兄ちゃん。
ライカ、ちょっとガッカリだよ……」
失望の眼差しをアレフに向けるライカ。
ジェームスは咳払いし、シノは頭を抱える。
そんな中、神殿の三人の顔には狼狽が浮かんでいた。
彼らにとっての最強の切り札――ミノタウロスは、異様な姿へと変じ、確実に隙が生じていたのだ。
アレフのにやりとした笑みは、次の逆転劇を予感させていた。
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