012話 冒険者試験
ガイアの街並みは、久方ぶりに見る者の目を奪った。
空を貫く高層の魔塔、漂う魔力の粒子、そして活気あふれる魔術師や冒険者たちの往来――まさに魔都と呼ぶにふさわしい光景である。
だがアレフは、その喧騒の中で油断なく視線を巡らせていた。
(ライカはハーフエルフ。シノは竜姫。正体が露見すれば、面倒ごとでは済まない……)
心中で呟きつつ、彼は二人を連れ、ギルドの重厚な扉を押し開ける。
「冒険者登録をご希望ですか?」
受付嬢がにこやかに声をかける。
「ああ。こいつら二人を、新米として登録してやりたい」
アレフの目配せに応え、ライカとシノは一歩前に出る。
「……えっと、その……よろしくお願いします……」
ライカはエルフ耳を隠すようにフードを深く被り、俯きがちに声を絞り出した。
「わ、妾も……よろしく頼むのじゃ!」
胸を張るシノもまた、竜角を隠すためにフードを目深に被っている。
また、竜尾は大きさを自在に変えられるとのことだった。
受付嬢は微笑を崩さぬまま、帳面を開いた。
「かしこまりました。まずは試験を受けていただきます。」
アレフの眉がわずかに動いた。
――このままでは、二人の正体があまりに露骨に出てしまう。
その時。
腰の魔剣が、彼の意識に低く囁く。
《……魔導神書を使え》
宿に戻ると、ライカは机の上に分厚い魔導神書を置いた。
表紙の紋章が淡く光り、彼女の指先を誘うように震えている。
「……僕とシノを人間の姿に見せる魔法がないか調べてみるね?」
ライカは小さな声で呟き、恐る恐るページを開いた。
「!?」
そこには何も書かれていなかった。
「え? ……真っ白……?」
「なんじゃと? ……一文字もないじゃと?」
シノも覗き込み、眉を寄せる。
部屋に張りつめた沈黙が落ちる。
アレフは腕を組み、グラトニーはただ無言で見守っていた。
その時
――【汝が欲する魔の奇跡は、何だ?】
荘厳な声がライカの脳裏を震わせた。
肩を震わせた彼女は、思わず息を呑む。
「ぼ、僕の……欲しい魔法……?」
――【思い描け。汝の心の奥底にある願いを】
ライカは唇を噛み、隣に立つシノの横顔を見つめた。
竜の血を宿す、気高きその姿。
(……僕……シノと一緒に……冒険したい……!)
(でも、このままじゃ……シノが竜人だってバレちゃう……!)
ライカは小さな拳を握りしめた。
そして心の奥底から、強く願う。
「僕が欲しいのは……“人間の姿を纏う幻影魔法”!」
瞬間、真っ白だった神書に黒と金の光が奔り、古代文字が次々と刻まれていく。
やがて一つの呪文が鮮烈に浮かび上がった。
――【幻影魔法】
ライカの胸に、温かな光が宿る。
「……出た……! 本当に……!」
「おおっ! これで人間に化けられるのじゃな!」
シノが飛び跳ね、ライカの手をぎゅっと握った。
その様子を眺めながら、グラトニーが低く告げる。
「……これが“契約の証”。グリモワールは、真に必要とする魔を授ける。
お前は選ばれたのだ……ライカ」
アレフも目を細め、二人を見やった。
「……よし。これで試験は問題ないな。あとは――実力を示すだけだ」
***
ギルド訓練場――
石畳の広場を取り囲むように観覧席が設けられ、そこには数十名の冒険者や職員たちが詰めかけていた。
「これより新人候補――ライカ、シノによる模擬戦を行う!」
試験官の男が声を張る。
「相手は『E』ランク相当の模擬魔獣。倒せば合格、力尽きれば不合格とする!」
観客席からは嘲笑が漏れる。
「おいおい……子供じゃねえか」
「すぐ泣き出すのがオチだろうよ」
ライカは人間の幼女の幻影姿。
シノも華奢な少女の姿を纏っている。
外見だけなら、冒険者とは程遠い。
だがアレフやジェームス、そして《暴食の魔剣グラトニー》は静かに見守っていた。
――この二人の力が、常識を覆すことを知っているからだ。
「出ろ!」
試験官が号令をかけると同時に、訓練場の鉄格子が開かれる。
中から赤黒く光を帯びた巨大ネズミ――《ジャイアントラット》が数頭現れた。
牙を剥き、涎を垂らし、低く唸り声をあげる。
「おいおい……あのジャイアントラットなんて、子供と同じくらいの大きさだぞ」
「ありゃ食われるな」
ざわめく観客の声を背に、ライカは小さな胸に手を当て深呼吸した。
「……精霊さん。僕を守って。お願い――」
彼女の願いに応えるように魔導神書が淡く輝き、翠光がライカを包む。
風の精霊が舞い上がり、突風を叩きつけた。
《ジャイアントラット》が体勢を崩す。
「なっ……精霊魔法だと!?」
「嘘だろ、あんな年で……!」
冒険者たちの目が見開かれる。
「今です、シノさん!」
ライカが叫ぶと同時に、シノが一歩前に出る。
彼女は幻影でただの少女に見えるが、纏う気迫は別格だった。
「竜の血が――滾る!」
瞬間、彼女の周囲に紅蓮の竜気が爆ぜた。幻影の奥から、竜姫としての本質が漏れ出す。訓練場全体を震わせる圧力に、観客席の冒険者たちが思わず息を呑んだ。
「な、なんだ今の威圧……?」
「新人ってレベルじゃねえぞ!」
シノの足が石畳を砕きながら地を蹴り、《ジャイアントラット》の首を拳で打ち抜く。轟音とともに、巨体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。
その力は人間離れを超え、まさに竜の暴威。
「はぁああッ!」
竜気を纏った蹴りが二頭目を粉砕。
歓声とも悲鳴ともつかぬ叫びが訓練場を揺るがす。
「なんだあの娘は……!?」
「怪物だ!」
試験官でさえ息を呑み、互いに囁き合う。
「……見たか。あの幼女の精霊術と、あの娘の拳技。規格外だ」
「新人どころか、高ランク候補の器だぞ」
その時、残る一頭が血走った眼でライカへ飛びかかった。
「ライカ、危ない!」
アレフが思わず叫ぶ。
だがライカは震えながらも、両手を突き出した。
「……こないでぇッ!」
地面から氷槍が突き上がり、魔獣を串刺しにする。
絶叫をあげ、血を撒き散らしながら崩れ落ちた。
……静寂
次の瞬間、訓練場を包んだのは轟音のような喝采だった。
「う、嘘だろ……!」
「ありゃとんでもねぇ新人が現れたもんだ!」
「ギルドは大当たりだぞ!」
アレフは静かに口元を吊り上げる。
その瞳は、シノとライカを見据えていた。
「……やはり化けるな、この二人。これから先――どれだけ俺たちの未来を切り開いてくれるか、楽しみだ」
腰のグラトニーが低く笑う。
《……だが残りの大罪シリーズを相手にするには、まだ力が足りん》
シノは額の汗を拭い、ライカの手をぎゅっと握る。
「ライカ、よくやった」
「うん……でも、僕まだ足がガクガクだよぉ……」
二人を見つめる観客の視線は、もはや冷笑でも懐疑でもない。
――ただ純粋な畏怖と、そして期待に満ちていた。
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