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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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103/155

103話 祈りと呪いの狭間で――聖女の朝、旅立ちの鐘

夜。

アバンダスの街に、風の音が満ちる。


宿屋の明かりが一つずつ落ち、やがて月光だけが街を照らした。

皆が眠りについたその時、アレフはひとり、窓辺に立っていた。


外には、無数の星。

夜空に散る光が、まるで道標のように瞬いている。


「……バルバドス。あの時言ってたな。俺はいずれ呪いに喰われるって」


アレフは独り言のように呟く。


胸の奥が、鈍く脈動した。

呪いの紋はまだ微かに残っている。

ジャンヌの“おまじない”が効いているとはいえ、それは一時しのぎにすぎない。


「……だったら、呑まれる前に、呑みこんでやる」


彼は拳を握った。

手の甲に走る黒い筋が、月明かりにかすかに浮かぶ。

だが、その眼は、炎のように強く輝いていた。


その背後で、静かに扉が開く。


「アレフお兄ちゃん?」


振り返ると、ライカが立っていた。

彼女は寝巻き姿のまま、少し不安げに彼を見つめている。


「眠れなかったか?」


「お兄ちゃんこそ。……また、一人で抱え込もうとしてる」


「癖なんだよ」


「その“癖”のせいで、いつも誰かが心配してるんだからね」


ライカの声は優しく、しかし鋭かった。


アレフは肩をすくめる。


「……心配かけて悪いな。でも、もう大丈夫だ」


「嘘つき。お兄ちゃんの目、そういう時はいつも“戦う”目になってるもん」


ライカはアレフの隣に並び、同じ夜空を見上げた。


「ねぇ、アレフお兄ちゃん。

僕、思うの。呪いって……“悪”ばかりじゃないのかも」


「どういう意味だ?」


「だって、それがあったから、お兄ちゃんはここまで強くなったんでしょ。それがなかったら、僕たちは……きっと、今ここにいないよ」


「……皮肉だな」


「うん。でも、それが“人間”なんだと思う」


その言葉に、アレフは小さく息を吐いた。

静寂が戻る。

遠くで鐘が鳴る音がした。


「……夜明けだ」


ライカが頷く。


「みんな、もう起きてる頃だね」


*


朝靄がまだ街を包む、夜と朝の境目。

豊穣の街アバンダスの大聖堂裏、露に濡れた庭園には、静かな風が吹き抜けていた。


白百合と薄紫のラベンダーが咲き誇る中、ひとりの聖女が祈りを終え、ゆっくりと振り返る。

その視線の先には、鎧の鈍い音を立てて歩み寄る青年――アレフの姿があった。


「呼び出しなんて珍しいな。朝飯前の説教か?」


「……そんなわけないでしょう。わたくしがあなたを叱る立場に見えますか?」


ジャンヌはそう言いながらも、どこか笑みをこぼす。

けれど、その瞳の奥には深い迷いと憂いが宿っていた。


「アレフさん。……鎧を、脱いでください」


「お前……ただのぼっちじゃなく、ぼっ痴女だったのかよ!」


間髪入れず、庭園に響く大声。


「ぼっちと痴女を一緒にしないでくださいッ!! 違いますッ!!」


即座に顔を真っ赤にして否定するジャンヌに、アレフが口元を歪める。

けれど、次の瞬間、その表情がふと陰る。


「……あなた、呪いに侵食されてますね?」


その一言に、空気が一変した。


アレフは舌打ちする。


「……たとえぼっちでも、聖女様ってわけか」


「もうぼっちではありません!あなたたちのおかげで……」


静かに言いながら、ジャンヌはアレフの前に立つ。

その掌からは淡い光が零れていた。


観念したようにアレフは鎧の留め具を外した。

金属の擦れる音が、朝の静寂を破る。

露に濡れた芝の上に、鈍く冷たい甲冑が次々と置かれていく。


鎧の下に現れたのは、戦場で鍛えられた肉体――だがその肌のあちこちには、黒い紋のようなものが浮かび上がっていた。

脈動するそれは、まるで生きているかのように蠢き、わずかにアレフの血管を侵食していく。


「……見苦しいだろ?」


「そんなことありません。けれど……ひどいです。

このままだと、アレフさん……呪いに、取り込まれてしまうかもしれません」


ジャンヌの声が震えていた。

彼女はそれが単なる“傷”ではなく、魂そのものを蝕む“侵食”であることを理解していた。


その瞬間、アレフの脳裏に低い声が響く。

――「神器を喰らいし騎士、アレフ。貴様はいずれ、呪いに喰われて己を失う。

……その時こそが、我らが望む瞬間だ」


バルバドス。

かつて戦った“傲慢”の神器の守護者の言葉が、脳裏にこだまする。

血と闇の匂いが蘇る。

あの戦いの最中、確かに聞いた声。

自らの中に“何か”が巣くっているという、確信。


「だったらどうする? 俺を浄化するか?」


アレフは、挑発するようにジャンヌを見据えた。

その瞳は試すように、そしてどこか寂しげに光っていた。


ジャンヌは一歩、彼に近づく。


「……お、お友達にそんなことしません。

わたくしはただ、あなたを信じている人たちに……悲しい想いをさせたくないだけです」


その言葉はあまりにも真っ直ぐで、アレフは思わず息を呑んだ。

彼女の瞳には、恐れではなく、祈りが宿っていた。


ジャンヌはそっと手を伸ばし、アレフの胸に触れる。

白い指先から溢れる柔らかな光が、黒い紋を包み込むように流れ込む。

じわり、と温かい感覚が肌の奥に染み渡っていった。


「……何をした?」


「侵食に対抗する、ちょっとしたおまじないみたいなものです。ほんの少し、あなたの意志を助けるだけ……。でも、結局は――」


「――後は、俺次第ってことか」


「……はい」


その静かな頷きに、アレフはふっと笑う。


「へっ……上等じゃねぇか。俺は呪いに喰われたりなんかしねぇ。絶対に、な」


朝の光が差し込み、アレフの瞳が鋼のように輝いた。

その決意は確かで、炎のように燃えていた。


「それと……この事は誰にも言うなよ、ぼっ痴女」


「ですから……わたくしはぼっ痴女なんかじゃありません!!」


顔を真っ赤にして叫ぶ声が、庭園に響く。

アレフは肩を揺らし、背を向ける。

そして、仲間たちの待つ街の門へと歩き出した。


――残されたジャンヌは、ただ両手を組み、空を仰いだ。


「彼らの行く末に……神のご加護があらんことを」


彼女の祈りが、風に乗って静かに消えていった。



アレフが聖堂を後にしたころ、仲間たちはすでに旅支度を整えていた。


アバンダスの東門には、風が吹いていた。

黄金の光が地平線を照らし、雲が染まっていく。


街の人々が見送る中、アレフたちは並んで立っていた。


「目的地は――帝国ドミニク北部、バベルの塔。そこから浮遊大陸《バビロン》へ渡る」


アレフの声に、皆が頷く。


アスタロスはいつものように拳を突き上げ、

ジェームスは静かにメガネを上げ、

グリモワールはその光を少しだけ強めた。


「……じゃあ、行くか」


「ええ。行きましょう、アレフ様」


風が吹く。

旅立ちの音が、街を抜けていく。


背後で鐘が再び鳴る。

その音に祈りを込めるように、ジャンヌが聖堂のバルコニーから見送っていた。

手には、アレフから返されるはずの“鍵”の形をしたペンダントを握りしめて。


「アレフさん……どうか、あなたがあなたのままで、帰ってきますように」


その祈りが、風に溶けて消えたとき――


遠く、雲の切れ間から姿を現す巨大な影。


それは、天へと伸びる“塔”だった。

黒鉄と白石が絡み合い、天の果てへと突き抜けるような構造体。

神に挑む者たちの象徴、

そしてこの世界をつなぐ“門”。


――《バベルの塔》


誰かが小さく息を呑んだ。


「……行こう」


アレフがそう呟き、歩き出す。

陽光がその背に差し込み、長い影を落とす。

その影の先に、塔がある。


それはまるで――運命そのもののように、彼らを待ち受けていた。

次回タイトル:104話 バベルの塔 ― 記憶の試練

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