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「ジュリエッタ・ネフェルティーナ、前へ」
ネイに呼ばれて、ジュリが聖水の前まで歩く。その身体がフルフルと震えているのがわかって、少し可哀想になってきた。そんなに針が怖いのか……こいつ現代に来たら点滴とか予防接種とかできなさそうだなぁ。
(柚希! わたくしの代わりに……)
(しつこい。無理だって言ってるだろ)
俺が言い切ると、ジュリはようやっと腹を括ったらしく前を向いた。ネイはジュリの様子を気にすることなく淡々と言う。
「そこの針で指を刺して、盃の中の聖水に血を滴らせ。属性は俺が見る」
ジュリが指示にしたがって指を針に……超おずおずと、持っていった。そして一滴の血が聖水に落ちる。するとすぐにネイがその中を覗いた。
「…………炎属性!」
ネイが声高らかに告げる。ゲームと同じ属性……、と言うことは俺の存在はバレずに済んだらしい。
(こ、怖かったですわ……)
(お前、どんだけ針怖いの??)
何はともあれ最大難関を乗り越えたから一安心だ。これさえ終われば俺とジュリの状態がバレることはないだろうし。
そうこうしているうちに他のSクラス生徒も検査を終えていく。ゲームに出てこないモブ達の大半は複合属性で一部に五大属性がいる程度。攻略対象達もゲームと相違点があると言うわけでもなく、俺が知っていると通りの結果が出るだけだった。
*〜*
その後も特になんの問題もなく検査は終わり、あとは教室に戻って明日以降本格的になる授業の説明を聞いたら解散の予定だ。なので、Sクラスのみんなは当然教室へと向かう。ジュリも人の流れに身をまかして教室に……向かおうとしたところでネイに声をかけられた。
「ジュリエッタ・ネフェルティーナ。少し話がある」
一週間前にこちらを見下してた人物と同一人物とは思えないほど、低い声が耳に届く。顔つきも真剣そのもので、雰囲気だけで重要な話なのだろうとわかった。ジュリも同様のことを感じとったらしく、俺に話しかけて来るでもなくネイについていく。そして、校舎の裏側に連れてこられた。
「ジュリエッタ・ネフェルティーナ、君は魂が二つあるのか? 聖水に移った君の属性、目立つ炎の裏に隠れたもう一つの属性があった」
……あ、やっぱ魂だけの存在である俺が隠れるとか無茶だったんですね。お察しです
(柚希、どうしますの!?)
ジュリも大慌てで俺に声をかけてくるが、俺も何も思いつかない。検査がきっかけでバレてるんだとしたら誤魔化しようもないし。そう考えて、俺は諦めをジュリに告げる。
(検査がきっかけだと、俺らがネイを言いくるめるのは無理だし諦めよう。少なくとも検査の時に違和感を言わないで個人で聞いて来てくれてるんだ、下手に否定したら『じゃあ聖水に移った属性がおかしいから調査しないと』ってことでかえって周囲に広まるかも)
ジュリも俺の言葉に納得したのか、覚悟を決めたように前を向いた。
「……その通りですわ。わたくしの中にはわたくし以外の人物がいますの」
「やはりか。その人物とは自在に入れ替われるのか?」
「ええ、と言っていいのかしら? 人格を入れ替えることができるのはもう一人の方だけですの」
「話がしたい。変わってくれ」
俺の方に話があるのか。事情はわからないが、現状でネイに逆らうのは愚策だろう。一応ジュリに字と声かけて、入れ替わることにする。
(変わるぞ、ジュリ)
(ええ)
同意を得たところでチェンジした。さて、ネイは俺にどんな用があるというのだろうか。……そういえば、今回は俺の口調でいいのか? ネイが用事があるのは俺だもんな??
(これ俺の口調で話してもいい?)
(構いませんわ。話があるのは柚希に対してですし、この場にはわたくし達以外誰もいませんもの)
だそうなので遠慮なく話すことにする。口調を考えずに口を開くと、淑女であるジュリらしからぬ言葉が出た。まあ、今回に限っては人格が入れ替わった証明になるからいいだろ。
普段の生活で俺がジュリと入れ替わって素で話したりしたら非常にまずいことも改めて理解させられたが。
「俺に何の用だ? ネイ。先に言っておくが、俺は無理やりジュリの身体に入り込んだわけじゃないし、出て行くのも無理だぞ」
普通に考えればネイが俺と話したい内容はこれだろう。一応、この世界では貴族男性は貴族女性を守るものという考えがあるので、いくら俺様なネイでもジュリが大変な目に遭ってるのは見過ごせないとか……。
「そんなことはどうでもいい」
どうでも良かったらしい。それはそれでどうなの?? そんな俺の困惑をよそに、ネイは話し続ける。
「ジュリエッタ・ネフェルティーナが自由に身動きできている時点で、お前は危険な存在ではないのだろう? 俺が話したいのはもっと個人的なことだ」
腐っても天才だった。まさか、状況証拠だけで危険度の有無を見破るとは。
それにしても、個人的に話したいことってなんだ? 思いつくのは一週間前、ジュリの身体を借りて話した一件くらいだが……。
「一週間前、俺に才能がどうとか説いたのはお前の方だよな?」
やっぱりそれか。実際、あの時話してたのはジュリの演技をしていた(出来ていたとは言ってない)俺なので、肯定の返事をする。するとネイは何かを迷うに口を開閉して、ついに言葉を紡ぐ。
「お前は俺に、『才能は認められてこそ』だと言っただろう。才能さえあれば、人は簡単に認めるんじゃないか?」
なるほど、ネイはそのことを俺に聞きたかったのか。ネイの理論も今コイツがいる環境下では間違っていないだろう。しかし、将来はどうだろうか?
「例えばお前が大人になって、一人で魔法の研究をするとして、世紀の大発見をしたとする。じゃあ、それをどうやって知ってもらうかって話なんだけど……まずは学会に売り込むか記者か何かに公表してもらうとかだろ? で、記者にしろ学会にしろ誰かに繋いでもらわないと会えないわけだ。仮に自分の足で持っていくのが許されていたとしても、自分の評判が悪いと会いたくないって断られるかもしれない。そうしたら大発見は誰の目にも止まらないんだ。まあ、これは極端な例だし、現実で本当にこうなることはほぼないと思うが。特に、ネイならすでに実力を認められてるから、話を聞いてもらえないなんてことになる可能性はさらに低いだろう」
おまけに、在学中なら教師も話を聞いてくれる。今までも貴族の環境下で育ってきたんだから家庭教師くらいはいた可能性が高い。つまり、コイツは人に知ってもらえない環境に身を置かないまま社会的地位を得てしまったのだ。
前世には、生前は無名だった画家や音楽家の作品が死後になって評価されると言うことも多々あった。そうならない環境に生まれて、自分の話をしっかり聞いてもらえるネイはそれだけで恵まれているのだ。
そして、俺の言葉を飲み込むのに少し時間がかかっていたらしいネイが再び口を開いた。
「俺の性格は、ダメなのか?」
「うーん、人を見下すのは間違いだな。でも、自信がある人にこそ下の人間がついていきたくなるのも事実。根本的に性格を変えるってよりは、今より他の人のことも気にするようにしたらいいんじゃないか?」
俺がそう答えると、その言葉からネイは何かを掴み取ったらしく満面の笑みになる。
「じゃあ、手始めにお前達からだ! ジュリエッタ・ネフェルティーナと……」
「あ、俺は柚希」
「柚希! お前らと関わって人との接し方ってものを学んでやる! なんたって俺は天才だからな、すぐにマスターしてみせる! で、実験台になる代償としてお前らの秘密を守るのにも協力する! どうだ!?」
まず、何かを頼むのに交換条件を提示したのが一歩前進だと思う。でもコイツの中には、まだ【友達】って言葉がないんだな。
一応、この身体の持ち主はジュリだから聞いてみる。
(ジュリ、ネイと関わり続けてもいいか?)
(もちろんですわ! でも、一つだけ。わたくしを家名まで含めて呼ぶのはやめて欲しいんですの)
俺はジュリの訴えをそのままネイに伝える。すると、ネイはニカっと笑ってこちらに片手を差し出した。握手の手だ。
「じゃあ改めて、ジュリエッタに柚希! これからよろしく!!」
俺はジュリの分も込めるつもりで、両手で差し出された片手を握った。




