②
病院で死んだと思った俺は、天蓋つきのベッドで目を覚ました。そして、鏡を覗き込むと小さな女の子。
(いいかげんわたくしの身体を返すのですわ!!)
目の前の鏡の中で俺が思っている通りに動く女の子を見つめていると、またどこからか声が聞こえてきた。……自分の現状を確認した今だからこそ、思いつくことがある。
「君は、この身体の持ち主なのか?」
(その通りですわ! わたくしはジュリエッタ・ネフェルティーナ。由緒正しい公爵家の令嬢ですのよ!)
なるほど、この声は頭の中に直接響いていたのか。にしても、身体を返してあげたい気持は山々だが返し方がわからない。そういえば、向こうの声が音声を介さずに声をかけてくるなら俺もできるだろうか?
(ごめん、俺もなんで君の身体に入ってしまったのかわからないんだ! 何か思い当たることはない!?)
(貴方、わたくしを狙ったわけではありませんの?)
試しに頭の中で声をかけてみると、返答が返ってきた。やっぱり声に出さなくても会話はできるのか。まあとりあえず、この子の誤解を解かなくちゃいけない。
(狙う意味なんかねえだろ。俺は死んだと思ったらなぜかこんなことになってるんだよ)
(……わたくしの身体を人質にしてお父様に身代金を要求するためにおかしな魔法を使って身体を乗っ取ろうとしているのかと思いましたわ)
……魔法?そんなものが存在するということはやっぱここは異世界か。まあ、ジュリエッタが公爵家がどうのとか言った段階である程度察してたけど。というか、そんなことより早く身体を返してやらないと。とはいえ、どうしたらいいかわからないし神頼みくらいしかできることないなぁ……。
えー、一万円託して妹にお参りに行ってもらったのに俺のことを病死させた神様、俺とジュリエッタを入れ替えてください。それくらいはしてくれ〜!すると、俺の意思とは無関係に口が動き出す。
「あら? 急に身体を動かせるようになりましたわ?」
逆に俺は急に身体を動かせなくなった。念じたら主導権を入れ替えられるのか? それなら……入れ替われ〜、入れ替われ〜。と、雑に念じたら身体を動かせるようになったのが感覚でわかる。逆にジュリエッタはまた身体を動かせなくなったみたいで、頭の中に叫び声が響く。
(また身体が動かせなくなりましたわ!?)
(やっぱり念じたら主導権を入れ替えられるんだね)
(勝手に何か試しましたの!?)
(ごめん、ごめん。でも、入れ替わる条件がわかってないと不便だろ?)
(だからといって、いきなり試すのはおやめなさい!)
すまん、とジュリエッタに謝る。しかし、俺が念じたらジュリエッタの同意なく入れ替わったがジュリエッタの方からも入れ替わりができるのだろうか……? 気になるな。
(なあ、ジュリエッタ。“入れ替わりたい”って強く念じてみて)
(貴方、本当に反省してますの!? というか、わたくしを呼び捨てにしないでちょうだい!!)
文句を言いながらもジュリエッタが入れ替われるように願ってくれた。しかし、依然として身体を動かしているのは俺だ。どうやら主導権をどちらに渡すかを決められるのは俺だけのようだ。とりあえず知りたいことはわかったので、ジュリエッタに身体を返す。俺が念じたらすんなりと主導権はジュリエッタに移った。
(と、いうわけで現状ジュリエッタの体の命運は俺が握ってしまっているみたいだな)
「そんな……」
(心配しなくても、俺はジュリエッタの人生を乗っ取りたいわけではないし基本的に主導権はジュリエッタに渡しとく)
「信用できませんわ」
(それでも信じてもらうことしかできないな)
念じることで入れ替われることがわかってから念じてみたが、ジュリエッタの身体から出ることは叶わなかった。つまり、俺はジュリエッタから離れることはできず、俺が中にいる限り身体を動かす人格を決める権利は俺の手の中になってしまうのだ。
(改めて、俺の名前は柚希。可能な限り早く身体から出ていけるようにするが、それまでは共同生活をせざるをえない。だから、とりあえずよろしく)
「……仕方ありませんわね。貴方と不仲になれば困るのは自分の意思で表に出られないわたくしの方ですもの」
ジュリエッタは見た目から察するに6歳くらいの年齢なのに、しっかりと話が通じている。それが平和ボケした現代社会と、貴族制度が存在する異世界の違いなのだろう。まあ、その方が俺としては楽だが。
(そういえば、君のことはジュリって呼んでいい?)
「わたくしの名前を愛称で呼ばないでいただきたいですわ!」
(だって、ジュリエッタって呼び捨てにしちゃダメなんだろ? それに、ジュリの方が短くて呼びやすいし)
俺が茶化すようにそういうと、ジュリは顔を真っ赤にして怒っていたのでした。
*〜*
ジュリがようやっと落ち着いて……というか俺の呼び方については諦めて、侍女を呼ぼうとする。その前に言わなければいけないことがあるから俺はジュリに話しかけた。
(ジュリ、人前で声に出して俺に話しかけるなよ)
「人前では貴方に話しかけてはいけないということですの?」
(そうじゃなくて、俺らは声出さなくても頭の中で話しかけるだけで会話できるよ。俺が表に出てる時は話してる時も口動いてなかっただろ)
(そういうことでしたのね。……聞こえてます?)
(バッチリ)
(では、今後はこうして話しかけさせていただきますわ)
そう俺に伝えたジュリが改めて侍女を呼ぶ。まずはこのワンピースからちゃんとしたドレスに着替えるらしい。……着替え?あることに気付いて、俺はジュリに呼びかける。
(おい、ジュリ! 俺に服の下見られたくなかったら目閉じろ!)
(何故ですの?)
(身体を動かすことはできないけど五感とかは共有されてるんだよ!)
(な……! 破廉恥ですわ!!)
俺の言葉にジュリが顔を赤くする。これは怒りというか羞恥心だな。悪いとは思うが、俺にはどうしようもできないんだ。まあ、俺の存在を知らない侍女からすればジュリは一人で百面相をしているので、心配して声をかけてきた。
「ジュリエッタお嬢様? どうかなさいましたか?」
「な、なんでもありませんわ!」
ジュリは侍女にそう返すと目を閉じた。それによって俺の視界も真っ暗になる。
(何を考えていますの!? 嫁入り前の淑女の身体を見るだなんて!)
(いや、着替え中とは言ってもキャミソールとか着てたじゃん。そもそも俺はロリコンじゃねえから別にみてもなんとも……)
(ロリコンってなんですの?)
(……なんでもない)
この世界にこの言葉が存在しているわけはなかった。今後は永久封印しよう。というか、仮に存在するにしても妹より10歳近く下の女の子の前で使う言葉ではなかった。反省。
そうこうしていたらドレスに着替え終わったようで、メイドが声をかけてくる。
「お着替えが終わりましたよ、ジュリエッタお嬢様」
「ありがとう。ではヘアセットをお願いしますわ」
そう答えてジュリが閉じていた瞳を開く。そのままジュリがドレッサーの前に腰掛けて、侍女の手で髪の毛がクルクルと巻かれていく。巻き終えた髪をツインテールに結べば完成のようだ。
……名前を聞いたのに、あまりにも幼くて彼女に結び付かなかった。髪型まで揃って俺はようやっと気付く。
この子は俺が前世でプレイした乙女ゲームの、悪役令嬢だ。




