友達と恋人 花梨の追憶1
(花梨の一人称)
次の日、学校では一層私のことが話題になっていた。
もう私のがいることも憚らず私の話をするものまでいる。
中学生の頃のことも広まってその話と紐づけられたりもしている。
私はイヤホンをして本を開いて自分の世界をつくる。
だんだん慣れてきてこの状況でも自分の世界を維持することができるようになっていた。
そして難なく午前の授業は終えて私は音楽室から自席へと戻る。
しかし私の席はすでに占拠されていた。
「利宮さん席借りてるよ」
彼女は私の席を含む4人の席をくっつけてグループで弁当を食べている。
そうだ。失念していた。
これはいつものことだが、私はいつもの通りにはいかない。
昔は由香ちゃんの元へ言っており、最近は悠斗の元へ言って弁当を食べていたが、
今、私はどこへ行って弁当を食べればよいんだろう。
「うん。」と返事をして私は弁当を取らずに踵を返した。
行く当てもないのでトイレの個室に入って、これからのことを考えることにした。
しばらくそうしているとメイク直しのために入ってきたと思われる者たちの声がする。
「私は前から利宮が頭おかしいって見抜いてたよ。人を見る目には自信あるから。」
「橘さん(由香)は可哀そうだね。あんなやつに1年のころから付きまとわれてさ。」
「そういえば中学の時もあんなことあったらしいよ。その子もなんか利宮に付きまとわれてたんだって。」
「うわー。きもいね。」
私はイヤホンをして目を閉じた。
今日は私の中学の頃がよく飛び交うので黙って目をつぶっているとそのことが思い浮かんでくる。
シャッフル再生のイヤホンから夏祭りの曲が流れてきたのも関係あるだろうか。
中学三年生の夏、この日は私と朱里で男子2人を待っていた。
その中にはあかりの好きなさとるもいる。
わたしが尽力してこの4人で夏祭りの予定が決まった。
なぜなら朱里の恋の相談や助力をすると朱里はすごく喜んでくれるから。
屋台や提灯が夜の暗闇にぼうっとオレンジ色差し込んで、
その間を人々が行き交ってとても活気に満ちている。
じっとりと熱い空気に漂ってどこへ行っても砂糖の焼けた甘い匂いがする。
「どうかな?可愛いかな」
朱里は桜の柄のピンクの着物を着ている。
彼女は袂が目立つように両手を少し上げて体を捻った。
その姿はほんとうに可愛くて夏の夜の熱気とともにわたしをくらくらさせた。
「可愛いよ。ほんとうに」
彼女はわたしに駆け寄りわたしを抱きしめた。
緊張か熱で彼女はじっとりと汗ばんでいる。
「本当にいろいろ手伝ってくれて、相談に乗ってくれてありがとう!花梨大好き!」
愚かなわたしはこんな言葉ごときに満足感を感じていた。
彼女はいつもわたしを好きと言ってくれる。それで満たされていた。
本当にわたしは愚物だ。好きだと言われたからなんだというだ。くだらない。
女同士の好きなんかちょっとした社交。そこには何の意味もない。
快活な男の声で私たちを呼ぶ声がする。
わたしはなぜか腹の中に足の多い虫がうごめくようなざわざわした感覚に陥った。
わたしは笑顔を振り絞って彼らに挨拶をして祭りを回り始めた。
そうして何店舗か回っていると、
「あ、チョコバナナがある。俺あれ食おうかな」とさとるが言う。
朱里はわたしに「リンゴ飴いらない?」と言って半分くらい食べられたリンゴ飴をわたしに差しだした。
わたしはなんだか断れなくて「せっかくだからもらおうかな」と言って受け取ってしまった。
そしてすぐに「わたしもチョコバナナ食べる!」と言って二人でチョコバナナを買った。
そうか。リンゴ飴は押し付けられたのか。
2人でチョコバナナを食べるよそでわたしは焼けるように甘いリンゴ飴をちょっとづつ食べていた。
わたしにはまだよくわからないけど、一般的に恋は友情より優先されるべきものみたいなので致し方ない。
そう言い聞かせていたけれどわたしは汗ばむ体とは対照的に心にはしんとした粉雪が降るような寂しさを覚えた。
朱里は「来年もまた来たいよね。」とさとるにリンゴ飴よりも甘く絡みつく声で言う。
「まだ来たばっかりじゃねーかよ!」と言って二人は笑い合う。
朱里は頬を赤らめて今この時をかみしめるように笑っている。
その顔が提灯でぼんやりと照らされていて本当に可愛い。
わたしはこんな顔を朱里にさせたことはない。させられるはずがない。
その時ふと我に返る。
私は朱里の恋路を応援するためにここに来たのになぜしっとりとした敗北感のようなものを味わっているんだ。
朱里が笑っているからそれでいいではないかと自分に言い聞かせた。
わたしの隣にいた権田というやつが
「利宮射的やろうぜ」と誘ってきた。
その瞬間朱里が期待するような顔をして
「じゃあさとる君わたしたちはあっちでヨーヨー釣りに行こうよ」と言った。
わたしは彼女らをいかせたら何かが終わるような気がした。
朱里の幸せを願うなら絶対に行かせるべきだけど、
なぜかこの日は、わたしは朱里の幸せを願ってはやれなかった。
「射的にはいかない。わたしもヨーヨー釣りに行く。」
権田は何か言ったであろうが、耳には入らない。
朱里は眉をひそめて怪訝な顔をしていた。無理もない。
私だって自分で何しているのかよくわからない。
結局私とさとるだけがヨーヨーを取れた。
わたしは話しかけてくる権田を最小限の相槌でやりすごし、
掌で形を大きく変える水の塊をなんどもバウンドさせてた。
朱里とさとるが話をするとそこだけ耳をそばだてて聞いていた。
祭りはかなり人混みとなっていて、
わたしたちは人の流れを正面から受けてばらばらになりそうになった。
わたしはその流れに飲まれそうになる朱里の手を握って、流れから脱出した。
私は「大丈夫だった?」と聞いた。
朱里に「ありがとう」と言われたのでわたしは今までの気持ちが全て清算されて満たされた気持ちになった。
しかしその声は少し遠いような気がしたので朱里のほうを向くと
朱里は私を見てはいなかった。
そして彼女の反対側の手はさとるが握っていた。(そして権田はどこかに消えた)
わたしは空いてるほうの手で朱里とさとるの結ばれた手を分断させた。
「ちょっと!?」
朱里は驚いて私の手を離そうとしたけれど私は手を離さなかった。
そしてわたしを厄介な虫を見るような目で一瞥し、
しびれを切らした彼女は「さとる君はそこでまってて。」と言って屋台の間からわたしを連れ出した。
私たちは神社の石段に腰を下ろす。
「さっきから変だよ」
「何が変なの?」
「いつもは協力してくれるのに、今日は邪魔ばっかりするじゃん。私のこと嫌いになったの?」とわたしの顔を横から覗き込む。
そのしぐさが可愛くて、私はつらい気持ちになった。
「わたしとも一緒に祭りに来たんだよね。さとるのほうばっか見るのはやめてよ」
「花梨とはいつも遊んでるじゃん。さとるとは初めてお祭りにこれたんだから!」
「初めて朱里と祭りに来たのはわたしも同じだよ」
「友達と祭りに来たからなんなの?私は好きな人と祭りにきてるの」
私は黙ってしまった。友達なんて恋の前に吹いて飛ばされてしまうんだ。
その時ふと思った。
私と朱里は同じ時間、同じ景色を共有していたけれど、
同じ気持ちを共有できたことは一度だってなかった。
今までも、そしてこれからも。
友達でいる意味なんてなかったんだ。
私たちの関係にこれ以上は存在しない。
朱里がより私のことを考えてくれる日なんて永遠に来ない。友達をやめよう。
それを決めた瞬間、わたしの全身に天啓のようなものが下りてきて、脳から脊髄を痺れさせた。
友達よりも恋人よりも私のことを考えてくれる関係はあるではないか。
彼女の敵になればいい。
祭りは結局私が2人になれるチャンスをつくらせずに終えた。
なぜ私はこんなことをするのか。わからない。
私は彼女に恋をしているのか。わからない。
彼女になんて言ってほしかったか?どうなりたかったか?何もわからない。
ただはっきりしていることは朱里がさとるみたいなつまらない人間のことが好きなのは許せなかった。
由香ちゃんが悠斗みたいな馬鹿みたいな人間と付き合うのは許せない。
だからそいつらは私のものにして彼女らと結ばれるのを妨害した。
私のこと深く考えてくれるように彼女らの人生に私の爪痕をつけた。
全て私の思惑通りのはず。
私は目を開ける。
目の前には無機質な薄ピンクの個室の扉。
私はそれを開けて出ていこうとした。
まだ、私の悪口を言っていた彼女らがメイクを直していた。
鏡で私の存在に気づいた彼女は驚いて身を引いた。
手を洗うスペースが埋まっていたので私はその間に体をねじ込んで手を洗った。
そしてトイレの鏡で自分自身をよく見つめてみた。
幸か不幸か私は驚くほど可愛さと愛嬌をもって生まれてきた。何回か瞬きしてみた。
特にお気に入りなのはこの少し欠けた月のような形をした大きな目だ。
一つ欠点をあげるなら左目だけが二重瞼なところだ。
右目の二重はつくらなければいけない。
わたしは作り笑いをするとどっと疲れるたちだが、
この目のおかげで無表情でもほんの少し笑って見える。
笑って見せると簡単に男の懐に潜り込める。
彼女らから男を奪うのはそんなに難しいことではなかった。
こんなことを幸か不幸かなんて言ったらものすごく反感を買いそうだが、
実際本当にただそれだけなんだからしょうがない。
この容姿で女の子に妬まれることはあったけど、
女の子に好かれた覚えは一度もない。
この容姿はわたしにとっての自己満足以上の何物でもない。
「ちょっと。使ってんだけど。」と言ってその女は私を肩で押し出した。
「使ってなかったでしょ。」
私はトイレから出ようとしたが、彼女の取り巻き二人が入口を封鎖した
「お前さ。生意気言える立場だと思ってんの?」
こいつは私が男子から無条件で好意を寄せられることの多さに嫉妬しているのを知っていた。
私が男子を含む全員から孤立するなんて彼女にとって絶好のタイミングだろう。
「どいてよ。」
私は彼女らの隙間をぬってでようとしたが、
力強く肩を押されてむしろ小柄な私は後退してしまった。
「人の彼氏に手を出すようなやつ野放しにしちゃだめだよね」
後ろの女もクスクスと笑っている。ばかばかしくて私は彼女を鼻で笑った。
「あんたの彼氏も盗ってやろうか。こんなに性根の悪い彼女といるのは可哀そうだし。」
さっきと比べ物にならないほど強く、彼女は私の両肩を押した。
私はもっと大きく後退した。
「あんまり調子に乗らないほうがいいよ」
彼女の顔に青筋が立っている。そして彼女は私の顔に平手で打った。
鞭で叩かれるような衝撃が走った。
その最中、私は髪を巻いている女の子のヘアアイロンを奪い、
コンセントを引き抜いた。そして彼女の眼前に思い切り振り下ろした。
彼女は思わぬ反撃に面食らったのか尻もちをついた。
腰を抜かしたのかそのまま動かない。私は彼女の上に馬乗りになった。
そして彼女の耳の近くにヘアアイロンを持ってきた。
「可愛いお耳。でも不思議な凹凸があるから私がまっすぐにしてあげる。」
私はヘアアイロンを思い切り閉じた。彼女の耳の真横で。
ガチリと空を挟んでヘアアイロン同士がぶつかる音がする。
彼女の耳は一命をとりとめたが耳は感情表現しないのが悔やまれる。
その代わり彼女の唇はぶるぶると震えていた。
「けっこう私の好みの顔だから許してあげるけど、あなたこそ調子に乗らないでね。」
私が出口に向かうと他の女も自然と道を開けた。
私はヘアアイロンを後ろに放り投げてトイレから出た。くだらない奴ばっか。
授業が始まる鐘がなる。教室に入ると私は由香ちゃんと目が合った。
頬の左側が赤く腫れているであろう私を見て、由香ちゃんはどう思うのだろうか。
こんな時でも思うのは彼女のこと。自分でも不思議だ。
私を見ないでほしい。でも見てほしい。まったく訳が分からない。