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小悪魔の罠

放課後。

私はふみかと他愛もない話をしていると教室からは一人また一人と人がいなくなり、

個人練習している吹奏楽部のトランペットが

遠くから聞こえるだけの閑散とした空間になってくる。

やがて恋の話になってくるとふみかは声量を落とし、

互いに顔を近づけて話す。

「手紙を送るとかは?ちょっと大胆すぎかな」

「いいんじゃない?一目ぼれを成就させるには多少の大胆さは仕方ないよ。」

「でもいきなり告白なんてされたら迷惑かもしれないし…」

「恋なんて多かれ少なかれ迷惑をかけるもんだと思っていくんだよ」

我ながら自分事じゃないとこう勝手なことが言えるものだと思う。

ふみかは陸上部の3年生の先輩に片思いをしている。

ただし、それはふみかの一目ぼれから始まった恋で

相手はふみかのことをきっと認知すらしていない。

そしてなぜ先生へのいたずらを計画する小学生みたいに

顔を突き合わせてコソコソ話をしているのかと言うと、

なぜか一向に教室からでない人たちがまだいるからだ。

わたしはちらりとそちらを見る。まず悠斗がいる。

そしてその対面に花梨がいる。

花梨と目が合った。私は確信に近くこう思った。

花梨は私の様子を都度都度観察している。

それがなぜかはわからない。

とりわけ今日は隠す素振りもなくこっちを見ている。

唐突にふみかは首を左右に振った。

「ダメ!そんなこと恥ずかしくてできないよ」

「そっかー。ふみかは可愛いからいけるとおもうけどな」

「ずっとそういってくれるけどわたしほんとうに可愛くないし、お母さんは気の抜けた顔っていってるし」

そういってふみかはちらりと後ろを振り返った。

花梨が思いのほかこっちを見ていることにびっくりしたようで急いで向き直った。

実際ふみかは花梨みたいに誰が見ても可愛いって思われるタイプではないのかもしれないが

おっとりとした丸顔に人懐っこそうな大きなたれ目が

とてもキュートでわたしの好きな顔だ。

「もうこんな時間だしそろそろ帰ろうか」

私たちは鞄をもって教室からでる。

2人で上履きを擦る音を廊下に響かせながら歩いていた

「わたし臆病だし、緊張しいだからきっと彼氏なんて一生できないかもしれないけど今はそれでもいいんだ」とふみかが言う。

「なんで?」

「とっても大事な友達がいるから。もし彼氏ができたら由香たちといる時間が減っちゃうでしょ」

異性には非常に奥手だが、友達にはこんなに大胆に言えるんだから不思議だ。

わたしはすこし照れくさくって「そうだね」と短い返答で終らせた。

「わたしね。由香が大崎(悠斗)と付き合ってた時、すこし寂しかったんだ。私たちから離れていっちゃうことが増えてたからさ。由香にそんな思いはさせたくないから今はいいの。片思いは片思いで」

わたしは彼女が愛おしくなり彼女の手をとってバンザイするみたいに上にあげた。

花梨のシャープな手とは違って少しふくよかで丸みのある手だ。

「よーし!じゃあ夏休みになったらたくさん遊ぼう!いっぱい思い出つくろうね!」「うん!そうしよ」

このあたりで下駄箱についたが先ほどから

少し気になることがあったそれを確かめる必要がある。

「ちょっと来てくれない?」

「え?いいけど」

わたしたちは下駄箱を通過して再び廊下を歩き出した。

そして職員室を通過してもう一度階段をあがって校舎を回る。

「池袋のプラネタリウムすごいよさそうだったからさ。今度行こうよ」

雑な遊び計画を二人で話し合いながらもわたしの意識は後方にある。

「あーいいね!あそこ雲シートとか芝シートの席あるの知ってる?」

「あるね」

「あそこで一回見てみたかったんだ」

「あそこ絶対恋人同士で座る席だよ。距離感びっくりするくらい近いんだよ」

「私はいいけど。由香は嫌?」

そうやってふみかは首をかしげる。ふみか不安そうに目尻を下げる。

その様子がとてもキュートでなぜか私は彼女の長い下まつ毛を撫でたくなった。

「もちろん私はいいよ!ふみかが嫌じゃないかなーって思っただけ」

後ろを振り返る。誰もいない。

しかし確かにずっと後方にも上履きを擦る音が聞こえる。

そして一周し、元の教室まで戻ってきた。わたしはUターンした。

すると廊下を曲がった先に、やはり花梨がいた。

私はなんとなく目星がついていたけれど、

隣でふみかは驚いている様子だ。

「由香ちゃん。どうしたの?」

花梨は無垢なような笑顔をこちらに向ける。

しかしいつもと少し違う気がする。

西日を背に浴びて逆光で影を落としているからだろうか。

「どうしたじゃないでしょ。なんでずっとつけてくるわけ?」

「大した理由はないんだ。2人が何を話してるのかなーって気になっただけだよ」

「盗み聞きは趣味悪いからやめな」

「努力するよ。」

努力とかじゃないだろ。と思ったが、

思考を声に変換する刹那に花梨は私たちのほうへ歩み寄ってきた。

後ろめたいことをしても前へ歩める度胸は大したものだと謎の感心をしていると

彼女は私の眼前で止まった。

「プラネタリウムは恋人といったほうがいいとおもうなあ。友達と行くのはあんまりおすすめできないよ」

花梨の眉毛がぴくっと動いた。

そうだ。今日はやけに表情に力が入っている気がする。

「私たちの勝手でしょ。花梨には関係ないでしょ」

「由香ちゃんには関係ないかもしれないけど私にはあるんだよ」

「何言ってるかわからないよ。」

「私言ったよね。由香ちゃんから色んなものを奪わないといけないって。彼氏も、友達も由香ちゃんには必要ないんだよ。」

「意味わかんないんだけど。また悠斗の時みたいにふみかに変なことしたら許さないからね。」

「変なことなんてできないよ。私もどうすればいいのかわかんない。」

花梨は眉にまた力が入ったのかピクピクと動く。

彼女の緩やかに弧を描く端整な眉毛は少しの乱れでもよく伝わってくる。

「言いたいことはもうないから。もう行くね。」と言って、

ふみかの手をとって帰ろうと思ったが、

花梨は一瞬ハッと驚いたような顔を見せると私のほうにぐっと近づいてきた。

何かを企んでいるような意地悪い笑みで私を見上げている。

「ねえ。キスしようよ。いつもみたいに」と言われたので私は驚愕した。

こんな妄言私と花梨にはなんの効力もない。

つまりこれは私に言ってるのではなく、ふみかに見せているのだと気づいた。

「何馬鹿言っているの?キスなんてしたことないんだから」

私はちらりとふみかを見た。ふみかは混乱しているのか、

目を見開いて硬直している。

「キスなんてこいつの嘘だから。」

しかしその瞬間、しまった!と思った。

必死に弁明するほどになんだかほんとうにキスをしているのを隠しているみたいだ。

私はこの瞬間においていかなる行動をしても花梨の術中に、

はまっているということに気づいた。

「嘘じゃないよ。昨日だってしたもん。由香ちゃんね、昨日はふみかたちとの誘いを断って私と吉祥寺で遊んでたんだ。写真だってあるんだよ。見せてもらいなよ。」

「そうなの…」とふみかは恐る恐るわたしに伺う。

写真は実際ある。

弁解するにも事情が入り組みすぎてここでスッと説明しきる自信がない。

わたしは黙り込んでしまった。

「由香ちゃんのことどう思う?」とふみかに尋ねている。

ふみかは黙っている。

ひとつわかるのはこの状況を維持するだけ花梨に好き放題されるということだ。

私は花梨の手首をとって廊下を走り抜ける。

「ふみか!ごめん。先帰っていて」

廊下に立ち尽くしているふみかに声をかけた。

怪しさ千万だが、私にはこうやって無理やり終わらせる方法しかわからない。

花梨を少し離れた2年E組の教室に連れてきた。

私は手近な席に腰を下ろした。花梨もその近くに腰を下ろす。

「さっきのなに。意味わかんないんだけど」

花梨は他人事のようにスマホに目を落している。

「ごめんね。ふみかととっても仲良さそうだから嫉妬しちゃったみたい。」

「なんであんたが嫉妬すんだよ」

「友達にだって嫉妬をするでしょ」

「別にあんた友達じゃないし」

「嫌いになった?」

「嫌いに決まってるでしょ。」

「そっかー。」と言うと彼女はスマホをしまって弾むように立ちあがった。

「どうしてそんなに私が嫌がることばっかしてくるの?私に恨みでもあるわけ?」

「恨みなんてないよ。憎いが近いかな」

心当たりがまったくない感情をぶつけられた。どうしてわたしが憎いんだろう。

そう考える隙も与えずに彼女はわたしの腿の上にまたがってきた。

ちょうど男女が対面でする時のように。

花梨の存在を全体重としてしっかりわたしの腿の上に伝えている。

今日は少しくどいくらいに桃のような匂いがする。

その香りがしっかりとわたしを包み込んでいる。

「だから由香ちゃんをめちゃくちゃにしたいの」

いつも見下ろしている花梨に間近で見下ろされ、

その物理的重さと花梨の存在感の重さから私は身動きができなくなっていた。

「だから、い、意味わかんないって」

「私もわかんない。でも由香ちゃんから全てを奪わなくちゃいけないの。彼氏も、友達も、初めても。」

「初めてって…」

「悠斗君から聞いたよ」

そんなことを共有されていたなんて、とか考えている余裕はない。

わたしの頭は花梨の腕にしっかりと抱かれていた。

花梨の好意なのか敵意なのかわからないなにかにどっぷりと包まれて抜け出せずにいた。

不思議と体は抵抗をしようとしない。

彼女は私の制服のリボンを外して放り投げた。

「だめだよ。こんなことおかしいよ」

と言葉で抵抗を試みたがなんの効力もない。

私の耳に口がつくくらいの近さで花梨は

「大嫌いだよ」と囁いた。

自分の中から聞える音のように直接私の体の芯の部分を震わせた。

わたしは完全に抵抗する気がなくなって、

このまま花梨にされるがままにされるんだろうと思った。

しかしその瞬間「離れて!」という声が割って入った。

この大声を出し慣れてない声が少し裏返っているのはふみかだ。

花梨の動きはピタッと止まり、

のっそりと私から離れた。

浸かっていた温い蜜から急に引き上げられたようにわたしは妙な喪失感を覚えていた。

一瞬私は、助けに来てくれたふみかに対してこなければこのままでいられたのにと思ってしまった。

「わたしの友達に、なに、するの!」

ふみかはビビって言葉がつっかえながらもわたしのために怒ってくれている。

「友達ねえ。そんな柔い関係で私を止められるの?」

「柔くないもん。」

「戸籍にも書いてないし、恋人みたいに確かめ合ってスタートしたわけじゃない。自分が友達って思っているだけかもよ」

わたしが絶対に反論しなければならないタイミングだったが、

さっきからぼーっとして頭がうまく働かない。

さっきのままの姿勢で椅子に体を完全に預けている。

「だったらなんなの。わたしは由香が大事な友達だと思ってる。それだけは変わらない。」

わたしの頭はハッと冴えた。ふみかは臆病だけど芯がとても強い。

その強さに呼応してわたしは立ちあがった。

「わたしもふみかが大事な友達。今確かめ合ったよ。花梨のおかげでね。ありがとう。」

そう言ってリボンを回収して、ふみかの元へ行く。

「帰ろ。ふみか」ふみかの手をとって行こうとしたら反対の手を掴まれた。

花梨だ。「行かないで…」声も力も弱弱しく、

このまま進むだけで花梨の手はするりと離れた。

ふみかは立ち止まって振り返った。

彼女は誰かが落ち込んでいるとすぐに同情してしまう。

わたしはふみかの背中を手で押して進ませた。

あくまで正面を見据えたまま。

わたしだって花梨の姿を見たら立ち止まってしまう。

花梨を背に言葉だけを投げかけた。

「わたしをどう思っているのかしらないけど、回りくどいやり方しないで直接わたしにぶつけてよ。私も真剣に取り合うよ。でもふみかに当てつけるようなことはやめて。友達を巻き込んだら許さないから。」

そして扉を開けた時、私の背中に花梨が声を投げかけた

「待って!」花梨の切実な叫びに私は足を止めてしまった。

「由香ちゃん。水族館での約束、まだ果たしてないよ。」

私の記憶に強烈に残る水族館の思い出が蘇る。

しかし私に今更それを為す方法はわからなかった。

「…ごめん。」と花梨に告げた。

そうして教室を出る私の背中に花梨は最後にこう投げかけた。

「私、ずっと待ってるから。」


 私たちはしばらく西日が目にきつい廊下を歩いている。

「花梨大丈夫かな」とふみかがつぶやく。

私は何も答えられないかった。

「でも本当にキスしてるとは思わなかったよ。」

わたしは驚いてせき込んでしまった。

「大崎(悠斗)はなんて言ってるの?元カノと今カノがキスしてること」

「キスしてないから!このこと莉緒には言わないでよ!ってか誰にも言わないでよ!」

「言えないよ。どこから話せばいいかもわかんないし。とりあえず由香のことがすごい好きみたいだね」

「嫌いって言われた」

「どういうこと!?」

「わたしもわからん」

まだ花梨に抱きしめられた時の桃のような香りが

まだわたしの体にまとわりついて花梨に抱きしめられた時間に

記憶を引き戻そうとしてくる。

そういえばいつの間にか遠くで鳴っていた吹奏楽の個人練習の音は止んでいた。

わたしたちは静かに学校を後にした。


 私は家に帰ってきてすぐに机の引き出しを開けた。

水族館。

それは私と花梨には思い出深いところである。

引き出しの中にはクラゲのストラップが入っている。

これは花梨とお揃いで買ったものだ。

これを見ると思い出してしまう。


花梨とほんの数時間、恋人だったときのことを。

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