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私の恋と花梨の幸せ

(由香の一人称)


私は渋谷で花梨と朱里を待っている。

今日は日が照り付けて熱い。

人混みとビルが立ち並ぶ渋谷駅前はなおさら熱く感じる。

「お待たせ!」と元気な朱里の声がする方を向く。

ロゴの入った赤いTシャツを着て、グレーのプリーツスカートを履いている。

隣に花梨もいる。肩にフリルのついたアイボリーのワンピースが風で揺れる。

当然同じ最寄り駅なので一緒にくるのだが、

ほんの少し心に重い細菌みたいなのが増殖し始めたような気がした。

「私も今来たところ!」私は笑顔を作って彼女らと合流する。

「どこ行く?」と、私は尋ねる。

「クレープでも食べに行く?」と朱里が言い、

間髪入れずに花梨が「やだ」と言った。

「なんで?」

「クレープ好きじゃない。」

「じゃあカラオケでも行く?」

「やだ。」

「なんで?」

「歌うの恥ずかしい。」

「もう。わがままだなー。じゃあ服買いに行く?」

花梨は無言で頷いたので私たちは歩き出した。

朱里が「また花梨と友達に戻れて嬉しいな。」と言う。

「友達には戻ってないから」と花梨が言い返す。

「どうしてそんなこと言うの。あの頃は私たち友達だよねって花梨のほうから何度も確認してきてたじゃん。」

「そんなことしてたの?」と、思わず私は割って入った。

「うん。うざいくらい抑えなおしてくるんだよ。この子」と言って人差指で花梨の頬を突っついている。

「昔の話でしょ。」と言って花梨はその手を振り払った。

私は何度も同じ言葉がガンガン響いた。

花梨は私のこと、友達だと思ったことは一度もないって言ってのに。


 私たちは古着屋に入る。

朱里が黒のギンガムチェックのワンピースを持ってきた。

「これ花梨着たらヤバいよ」

「何がヤバいの。」

「可愛すぎてヤバい。」

「そうかな。」

「うんうん。だって久々に花梨見たとき可愛くなりすぎてびっくりしたんだもん。これ着たらもう優勝だよ。」

花梨は思い出し笑いのように微かに体を震わせて笑った。

「懐かしい。朱里はこうやっていっつも褒めてくれる。」

またも私は寂しい気持ちになった。花梨が笑っているのに寂しくなるなんて。

好きってほんと厄介だ。

試着室に入った花梨がカーテンを開いて現れた。

肩の出ているキャミワンピは6月だというのに、

夏の風を感じさせて思わず眩暈がした。

夏も一緒に花梨と歩きたい。そう思った。

「可愛すぎだよ!マジ俺の彼女って感じ!」

きっと朱里は友達として何の気なしにそんなことを言っている。

それがずるくて羨ましい。

花梨は少し呆れたように、あるいは照れたように、眉をちょっと下げて笑った。

私も花梨にあんな顔させたい。

「可愛いよ。花梨。」

しかし私の声量は思ったよりも小さく空中に出るや否や死滅した。

花梨からのリアクションは当然ない。

 どうしたら花梨に対し、緊張せずにいれるだろうか。

そう思いながら私は黒いミニワンピースの上に

白いボウタイブラウスがくっついている服を手に取っていた。

すごく可愛い。ただ、可愛すぎるものは私には似合わないのが唯一にして最大の難点だ。

それとにらめっこしていたら、背後から花梨に声をかけられた。

「由香ちゃんそれ着てみてよ」私は大慌てでそれを戻した。

「いや、欲しいとかじゃなくてね!ただ見てただけだから。」

「由香ちゃんが着てるところが見たいの。お願い。着てみて。」

その服をもう一度私に突き付ける。

今、私は気付いた。

花梨は私より身長が低いから自然に上目遣いになるのだろうと思っていた。

しかし違う。花梨は私に要求する時に意図的に上目遣いを使う。

それがわかってなお私は花梨の上目遣いでのお願いに負けてしまった。

「わかったけど。笑ったら怒るからね。」

「笑う訳ないよ。」私は試着室に入ってそれを着てみた。

鏡には私には不釣り合いなほど可愛いワンピースが可愛さを着主が手に負えない程振りまいていて、

私はなんだか彼女らに見せるのが恥ずかしくなった。

しかしこの試着室に死ぬまで籠るか、

カーテンを開けて出るかの2択しかないので、私は恐る恐るカーテンを開いた。

目の前にいる朱里が「いいじゃんいいじゃん!似合ってるよ!」と言ってくれた。

しかしその横にいる花梨は口を真横に結んでただじっと私の方を見ているだけだった。

私はカーテンを閉めて再び元の服に着替える。

花梨何も言ってくれなかったな。

花梨が着てほしいって言ったから着たのに。

その時、私はある困ったことに気づいた。

このワンピース、胸元にボタンが2つついているだけでファスナーが存在しない。

どうしてもブラウスの部分から腕を抜くことができない。

私は5分くらい悪戦苦闘したが、結果は肩を無理な位置に動かしてものすごい痛めただけでおわった。

私はカーテンを開く。

「助けて。これ脱げないよ。」

花梨と朱里は顔を見合わせて爆笑した。

「ちょっと入るね。」と言って、花梨が私と共に試着室に入ってきて再びカーテンを閉めた。

結局私は膝立ちでバンザイして花梨に上へスポって抜いてもらった。

幼稚園以来だ。こんな風に誰かに服を脱がせてもらうなんて。

私は安堵し顔を俯かせた。一人で来ていたら大変なことになってた。

するとがっくり落としていた私の両肩に背後から花梨が両手を置いた。

そして朱里に聞こえてはいけないことかのようにひそひそと私に言った。

「とっても似合ってた。可愛かったよ。」

「ありがとう。」

私はカーテンのほうを向いててよかったと思った。

鏡の方を向いていたらこの止められないニヤニヤ笑いがきっと鏡に写って花梨にばれていただろうから。

結局私はこの一度着たら二度と脱げない呪いの装備を買うことにした。

花梨に可愛いって言ってもらえたんだもの。

恥をしのんでお母さんに脱がせてもらうしかないけど。


 結局花梨も黒のギンガムチェックのワンピースを購入した。

私たちはゆく当てもないので本屋に向かう。

横に歩いている花梨と少し手が触れ合う。

花梨と手を繋ぎたい。でもそれは言えなかった。

可愛いって言う。手を繋いでもいい?って聞く。

いつもできていたことがなんだかできない。

好きだって意識してからは何をするにも勇気が必要になることに気づいた。

大好きな花梨に拒否されるのが何より怖いんだもの。

こういう時、いつもは花梨の方から手を繋いでくれるんだけどそれもなかった。

その時、朱里が反対の花梨の手を軽々と握った。

私の恋愛としての花梨への好きと朱里の友達としての花梨への好きの差が顕著に表れている。

朱里はどんどん軽い足取りで前へ行ってしまう。


 書店に入り、花梨は堕落論という本を手に取った。

そしてパラっとページを捲った。

左上に続・堕落論と書いてあった。

「花梨それ持ってなかったんだ。」と朱里が言う。

「持ってたけど馬鹿なやつのせいで読めなくなった」

「ほんとそれ面白いよねー。日本人って昔からこんなことしてたのかって感じでさあ。デジタル化には勤労の喜びがないし、ハンコを押しに出社しないとナマクラ千万ってね。笑っちゃったよ。」

「朱里さんは読んだことあるの?」

「花梨に影響されてね。」

どうしよう。朱里と花梨は一致している趣味まであるのか。また分が悪いな。

「私も花梨が読んでいるのを見てチラ見したことがあるんだけど難しくてすぐやめちゃった。」

花梨は手に取ったそれを、私の胸に突き付けた。

「物語じゃないからわかんないところは飛ばし飛ばし読めばいいと思うよ。私も理解していないところはたくさんあるし。」

私はそれを受け取った。花梨から受け取ったらそれは買うしかない。

そして買ったんだから読むしかない…かはまだわからない。

そして私たちは歩みを進めた。

漫画のコーナーにきた。来るなり私は新刊コーナーに飛びついた。

「うわ!これ最終巻だ!名残惜しいなあ」

「あ、それ聞いたことはあるけど面白いの?」と花梨が言う。

「めっちゃ面白いよ!バトル漫画だけどすごい奥深い人間ドラマがあってね。基本的には燃えるお話が多いんだけどね、たまに泣ける話とかもあってそれもすごい良くてね特にピエールが死ぬところとか涙止まらないしね。ラスボスが実はお父さんだっていうのもすごい驚きだしね。ヒロインは実は母親だったんだよ。」

「何そのオイディプス王みたいな話」と言って花梨はクスクス笑った。

オイディプス王は知らないけど花梨が笑ってくれたのはすごく嬉しい。

「由香ちゃん、すごく楽しそうだったから私も1巻買ってみようかな。なんかすごいネタバレもされた気がするけど。」

彼女はそれを手に取って

「目がきらきらしててすごい早口で可愛かった。」と言った。

私は恥ずかしくなったけど花梨に可愛かったって言われるのはどういう意味にせよ充足感を感じる。

結局私は花梨におすすめされた本を一冊買って、

花梨は私のおすすめの漫画を1冊買って書店を出た。


 私たちは宮下公園内の喫茶店でコーヒーやカフェラテを買って、

傍の椅子に腰を降ろして一息ついた。

「うわー懐かしいな。ドリップコーヒー。花梨いつもそれだよね。」と朱里が言う。

「別にいいでしょ。」

「花梨がいつも飲んでるのからおいしいのかなって思ってさ。一口もらったら苦すぎて地面に吐き出しちゃったんだよね。」

「あったね。そんなこと。」

「今日は久々に遊べて楽しかった。私達さ。やっぱり友達に戻ってまた一緒に遊ぼうよ。」

「朱里は私と友達に戻りたいの?」

私もこんなことあったな。と一人デジャヴを感じていた。

「うん。戻りたいよ」

「私ね。さとるを奪ったのあなたを傷つけるためにわざとやったんだよ。それでも戻りたい?」

「そんなこと流石に気づいてたよ。こんどはさ、ちゃんと思っていることをお互いに話し合おうよ。そうすればあんなこときっと起きなかったから。」

「思ってることをそのまま言っていたらきっと私たちは友達ではいられないよ。」

「それで友達ではいられないんだったらそれはもうしょうがないよ。でもね。これだけは覚えておいて。私は花梨が何を言ったとしても、もう絶対に拒絶したりはしないから。」

「そう。朱里変わったね。」

「ちょっと大人になっただけ。」

花梨は顎に手を当てて何かを考えている。

そして「ごめん。ちょっとトイレに行ってくるね。」と言って席をたった。

私はしばらく朱里と二人になって世間話や中学の時の花梨との話をしていた。

「朱里さんは花梨とすごく仲良かったんだね。」

「大事な友達。いや友達に戻りたいなーって思ってるよ。」

「でも花梨に好きな人横取りされたって聞いてるけど怒ってないの?」

「よく知ってるね。確かにあの時は怒ってたけど、よく考えたら私も結構ひどいこと言っちゃってたから。」

「どんなこと言ったの?」

「好きな人と来てるんだから友達に構ってる暇ないよ!みたいなこと言っちゃったんだよね。」

そうだ。私も言った。私たちただの友達でしょって。

花梨の中で友達という言葉が私たちには気づかなかった響きを心に立てて彼女は傷ついてしまったのか。

「ごめんね。今日ついてきちゃって。私がいると話ずらいこともあるよね。」

「いや、橘さんも今日遊ぶ予定だったんでしょ」

そう屈託のない目で言ってくる。私はこれ以上朱里に嘘をつき続けることの惨めさに耐えきれなくなって白状することに決めた。

「本当はね。違ったんだ。正直言うとね。私、あなたに花梨と友達に戻ってほしくなかったの。だから今日ついてきた。ごめんね。」

彼女は犬みたいに丸っこい黒目がちな目を大きく見開いて驚いた。

「どうしてなの?」

「私ね。花梨と高校で一番仲がよかったんだ。でも花梨は朱里さんの方が大事みたい。それが悔しくて邪魔しに来たんだ。変だよね。」

「そうなんだ…」

「そんなことしたらなおさら花梨に嫌われるってわかってるの。」

「花梨はいいね。そんなに自分を想ってくれる人がいるんだもん。」

「でも私より朱里さんの好意のほうがきっと花梨は喜ぶよね。」

「そんなこと言わないでよ。花梨は何考えてるのかわかんないとこあるけど、橘さんに好意を向けられて嫌ってことは絶対にないんだから。」

その時思い出した。

私は誰かのことを好きになりたかった。

それがようやく叶ったんだ。

花梨に好かれたいという想いが肥大化して見えなくなっていた。

私はようやく芽吹いたこの想いを大切にしなきゃいけない。

花梨に他に好きな人がいても、振られたとしてもその想いは変わらないから。

それと同時に私は朱里には勝てないんだろうなと思った。

彼女はこんな私にもとても優しい。私とは全然違う。

でもいいんだ。それでも花梨に伝える。私は決めたから。

「朱里さんは優しいね。」

「あはは。ありがとう。なんか照れるね。」

「私から言うのも変だけど、花梨の友達に戻ってあげて。あなたはとっても優しいからきっと花梨を幸せにしてあげられる。」

私はようやく嫉妬の熱く粘り気のある手から解放されたような心地がして、

斜陽の光が降る宮下公園に涼しい風が吹いてなんだか少しすがすがしい気分になった。

その時、花梨が帰ってきた。

そして花梨は胸に手を当てて独り言のように「今なら大丈夫。」と言った。

「私ね。朱里がいなくなってずっと寂しかったの。でも友達なんていざという時ほどなんの役にも立たないって決めつけて友達をみんな捨てた。あなたも捨てた。私はきっと子供だったんだと思う。こんな私でも友達に戻ってくれるの?」

朱里は私を見た。私は頷いた。

「うん。もちろん戻ろうよ。」

「ありがとう。私を友達って言ってくれて。」

そう言って花梨はテーブルの上の朱里の手の上に自身の手を重ねて言った。

「私ね。これからとっても勇気が必要なことをしなければいけなかったの。一人ではとても心細くて足踏みをしてしまったいた。朱里は友達として私の傍にいてくれるんだよね」

「もちろんだよ」

「ありがとう。朱里のおかげで勇気が溢れてくるよ。」

こんな晴れ晴れした花梨の顔は初めてみたかもしれない。


 京王井の頭線に乗る私は駅前で花梨と朱里と別れた。2人は手を繋いでいる。

「じゃあね!」と手を振る花梨はいつもよりずっと元気で明るくてとても可愛らしかった。

朱里ならきっと花梨を幸せにできる。

もちろん悔しい思いもあるけれど、最近塞ぎこんでいるようだった花梨が元気を取り戻して私も嬉しい。

私は私のやるべきことを精一杯やるだけだと胸に秘めて私は帰るのだった。


 その晩、私はメッセージアプリに入力した

「月曜日の放課後空いてる?ちょっと話したいことがあるんだけど」を送信できずにいた。

いや、こういうのは面と向かって約束したほうがいいだろうか?

それとも通話?その時私のスマホが手の中で振動する。

見ると花梨からの通話がかかってきていた。

私は心臓が止まりそうになったけれど、

荒い呼吸を鎮めるため深く大きく息を吐いて通話に出た。

「由香ちゃん。ごめんね。夜遅くに。」

通話越しの花梨の声、少しくぐもっていてさっき会った時と比べて鮮明さはないんだけど、通話って実際会った時より嬉しくなるのはなんでだろうか。

「い、いいって。私全然寝れそうになかったし。」

「由香ちゃんて明日空いてるかな。」

「空いてるよ。」

「明日、また私と水族館に行ってくれないかな。2人で。」

「明日!?」

「来週、いや、再来週でもいいけど」

「明日行くけど、私と?」

「もちろんそうだよ。」

「朱里さんとじゃなくて?」

「なんでそうなるの。」

「だってすごく仲良さそうで。朱里さんといると勇気が溢れてくるって。」

「うん。私ね。ずっとあなたを誘いたかったんだけど、なんだか前みたいに誘うのが怖くなっちゃってね。でも勇気を貰ったから言える。私と水族館に行ってほしいな。」

私たち、同じ気持ちだったんだ。

「うん。こちらこそ。よろしくお願いします。」

「なんだか堅苦しいよ」と言って

電話越しに花梨がビー玉が転がるようにころころと笑った。

耳がなんだかくすぐったい気がする。

そして花梨が「じゃあ切るね。」と言ったので

私は反射で「ちょっと待って!」と言ってしまった。

「どうしたの?」

「えーと。」

電話を切るのが惜しくて止めてしまったが、今話すべきことは別段ない。

「そうだ!電車で堕落論ちょっと読んだよ」

「どうだった?」

「全然わかんなかったよ」

「それ言うために待ってって言ったの?」

「いやーなんか花梨の声聞けるのが嬉しくてさもうちょっと聞いてたかったんだ。」

向こうで少し無言の間があってから返事がきた。

「私も由香ちゃんの声聞けて嬉しい。だから私も切るのが少し惜しい。もうこうして電話することもないかもしれないし。でもね、私、明日大事な話をしたいの。だからその時のために今日はもう電話を切るね。」

「うん。わかった。」

「じゃあね。おやすみ」

「うん。おやすみ。」

なんだか花梨に初めておやすみって言った気がする。

嬉しくて私も勇気が湧いてくる気がする。

花梨の大事な話というのも気になるけど、

私は私のできることを精一杯やる。

明日こそちゃんと言わないと。

花梨に好きだよって。

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