言葉にすると、ちゃんと向き合える。
(由香の一人称)
日曜日の昼、私は池袋の東口の前で待機している。
「ごめんごめん!迷っちゃって!」という声のほうを見ると莉緒であった。
黒いパーカー、黒いキャップの後ろからポニーテールが出ている。
となりにふみかもいる。
彼女は白い無地のTシャツにベージュのロングスカートを履いている。
そして3人で歩く
「なんか3人で遊ぶの久しぶりな気がするよ!」
「それは由香が最近誘ってもこないから。」と莉緒が言う。
「おっしゃるとおり。」
「最近は莉緒と二人ばっかりだったよ。」とふみかが言う。
よく見ると二人は手を繋いでる。
「なんで手つないでるの?」
「なんでって?ねえ。」と言って莉緒と目くばせをする。
「由香がいない間に私たちとってもファビュラスな関係になっちゃったから」
と言って莉緒が私を試すような目で見る。
「マジ!?」
「マジ!」
「うっそ!そんなことある!?」
ふみかと莉緒が顔を見合わせて笑った。
「冗談だよ!ってかそんな本気にすると思わなかったわ。」
ほっとしたような悔しいような脱力感が訪れてきて私は力なく笑った。
「別に私も冗談で言ったし。」
「それがすでに冗談っぽくないよ。」
私はギクッと背すじに力が入った。ムキになりすぎたか。
「手を繋いでるだけで過敏すぎない?」
私は夜の散歩で花梨と手を繋いで歩いたことを思い出した。
あれも花梨にとってはどうってことないことで、
私だけが胸の高鳴りを覚えていたのかな。
「どうしたの?寂しくなっちゃった?反対の手空いてるよ?」
と莉緒が茶化すような口調で反対の手を差しだしてきた。
私は妙な緊張感をもっていた。
もし手を繋いで莉緒にも胸の高鳴りを覚えたらどうしよう。
手汗とかたくさんかいてそれが否応なく伝わってしまったらどうしよう。
そんなことを考えていると、莉緒は半ば強引に私の手を捕まえて握った。
私はびっくりした。しかしその後にあることに気づいた。
莉緒と手を繋ぐとすごく安心して気分がよいけど、ドキドキはしないな。
では花梨と手を繋いだ時の鼓動の高まりはなんだったんだろう。
今繋いだら別に花梨でもドキドキはしないのかな。
また花梨のこと考えてる。違う。花梨のことは忘れるんだ。
これからは莉緒とふみかと二人でたくさん遊ぼう。
そうだ。花梨に構っていたからできないことだってたくさんあった。
私たちはゲームセンターに行ってエアホッケーをしたり、音楽ゲームをしたりした。
そしてクレーンゲームをやったけど2人とも何もとれなかった。
「由香はなんか取りたいのないの?」
「これかな。」と言ってクラゲのキャラクターのぬいぐるみに金を入れた。
「それなに?」とふみかが聞く
「わかんない。」
「わかんないのにほしいの?」
「だって…」と言って私は自分でも驚いて口ごもった。
運でとれるこのアームが3つついた台は私のもとにクラゲのぬいぐるみを運んだ。
「とれちゃったよ。」
「なんでちょっと不服なの。」
だって花梨が喜びそうだったから。
彼女は私の無意識にまで浸食しているのか。
そして次はプリントシールを取ることになった。
みんな思い思いのポーズをとっていたが、
最後に莉緒が私に抱きよって頬にキスしようとしてきたので私はとめた。
カウントダウンが始まったので急いで莉緒はハグするような姿勢に切り替えた。
写真に落書きしながら莉緒がぼやく。
「もう。そんなに拒絶されると傷つくなあ」
「だってキスはやりすぎでしょ」
「ほっぺにちゅーするくらいいいじゃん」
「ふみかとしなよ」
「もうしたし」
これも私が自意識過剰なだけなのだろうか。
そして次に私たちは大型アニメショップに足を運んだ。
ふみかが推しのキャラのアクリルスタンドを買うためにレジに並ぶ。
私たちもそれについていってる。
「大月君かっこいいなあ」
「ふみかほんと眼鏡キャラ好きだよね」と莉緒が言った。
「眼鏡だけじゃないよ。大月君は強くて孤高で、でもすごく誠実なんだよ」
「絶対誠実じゃないよ。」と、
この作品を全く知らない私は見た目だけで判断していってみた。
「由香は大月君の何を知ってるのよ!」とふみかが言う。
「眼鏡なんだから誠実じゃないよ」と莉緒も言う。
「すごい偏見!私が大月君のこと一番知ってるんだから二人とも黙って!」
私は莉緒と顔を合わせて笑う。
ふみかは温厚で怒ることはないが、好きなキャラクターに文句を言うとすごい怒るのでそれが面白くって、ついつい私も莉緒もケチをつけてしまう。
「あんた大月のなんなの。」
「私の彼氏…の世界線もきっとあるんだもん。」
私はふと思い至ったことがあった。
「ちょっと私2階に行ってるから。」と言って私は漫画のコーナーに足を運ぶ。
私はある漫画を手に取る。これはどうやら女の子同士で恋愛するものらしい。
私はそれを手にレジへ向かう。先に外にいるとのメッセージがきたので、
私は彼女らに外で合流した。
「由香も買ったんだ。何買ったの?」
「え?それは…漫画かな」
「なんの漫画?」「見せてよ。」
「嫌だ。」
「なんでよ!」といいながら莉緒が私に飛び掛かってくるので袋を天高く上げた。
「エッチなやつ買ったんでしょ!」
「違うよ。」
「そんなに隠されると余計知りたくなっちゃうよ!」
しばらくそうしていたが、莉緒がしぶしぶおれた。
私たちはサンシャインシティに入る。
そこでガチャガチャを回したり、育成ゲームのグッズを探したりした。
こうしてかけがえのない友人と遊ぶのはすごく楽しくて幸せだ。
でも何かそれでは補完できないものも私は抱えていた。
確実に私の心には空虚となったスペースが存在してそれが、
得も言われぬ寂しさを放っている。
私たちは水族館の前に来ていた。
「キスしていいか、ちゃんと聞けばよかった。」
「え?何?」
私は頭がぐちゃぐちゃに混線していた。思わず声に出していたらしい。
「いやあ。漫画のセリフを口ずさみたくなって。」苦しい言い訳だ。
「びっくりしたよ。やっぱ私とちゅーしたかったのかと思った。」
そして水族館のほうに向きを変え、
「それじゃあ行こうか。」と言う莉緒を私は止めた。
「ごめん。やっぱプラネタリウムにしない?」
莉緒とふみかは不思議そうに顔を見合わせた。
「まあいいよね」
「うん。ちょうどいいのあればね。」
今水族館に行ったら色々思い出してしまう。
そして私たちは普通座席でプラネタリウムを見て、
今は展望パークで腰を降ろしている。
少し一人になるために私はトイレに行った。
頭は花梨を遠ざけようとしてるのに、心は花梨を指し示す。
なんだか変な分離がずっと起きていて気分が悪い。でもどこか快い。
花梨に「私は変だよ。いや、由香ちゃんが変にしたんだよ。」と言われたことを思い出す。私も変だよ。私も変になっちゃったよ。どうすればいいの?花梨。
少し長くいすぎた。私はトイレから出た。
戻るとなぜかふみかと莉緒は顔を突き合わせて黙っている。
「どうしたの?」
返事はない。
「これはなんというか…」と莉緒が呟く。
「ファビュラスだね」よく見ると私の買った漫画本の袋が開いている。
2人は勝手に読んでいた。
「ちょっと!なにしてんの!」
急いで私は取り上げる。
「これはなんですかあ?」
「勉強。じゃなくて、興味がある。じゃなくって、別になんでもいいでしょ!」
テンパると余計に失言してしまう。
私は彼女らに対面する位置に腰を降ろし深く息を吐いた。
ふみかが「女の子を好きになったんだね。」と言った。
莉緒がハッと何かに気づいたように目を見開いた。
「由香は私が好きなんだね。だから今日やたら過敏に反応してたんだ!気持ちを弄んじゃってごめんね!」と言って泣き真似をしている。
ふみかが苦い笑みで莉緒を一瞥してから
「花梨でしょ。」と言った。
「え?花梨?」莉緒も顔を上げた。
正直隠し通すのもきつくなってきた。
それに私一人で抱え込むのもきつくなってきている。
ここは相談に乗ってもらった方がいいかも。
「好きっていうかね。自分でもまだよくわかってないんだ。」
「なんか花梨にひどいこと言われてたじゃん。」と莉緒に言われる。
「うん。だから花梨のこともう考えないようにしようっておもったんだけど、なぜか気づいたら花梨のことを考えていて。すごく苦しくなるのにそれがなんだか心地いい。」
二人は目でやり取りをした。
「完全に恋しているね」
恋。私が憧れていつか自分もできる日がくるだろうかと夢見ていた恋。
私が今まで読んだ漫画とは少し形が違う女の子への恋。
「由香がそんな乙女な顔する日が来ると思わなかったよ。」
私は今どんな顔をしているんだろう。
「でも花梨の気持ちはわからないんだ。」と私は言った。
「確かキスしたとか」
「もうキスしてるの!?」
「キスしてないんだって!いや、マスク越しにはしたけど。」
「どっちから?」
「花梨から」
「それはもう好きってことじゃないの?」
「全部布石って言ってた。私を傷つけるための。もしかしてこうやって葛藤したり苦しんだりするのも私は花梨の掌で転がされているだけかもしれない。だから怖くて仕方ない。」
「それはすごく怖いね。でも相手の気持ちがわからないのは誰だって一緒だよ。」
「それはそうだけど。」
「私、先輩に告白したんだ。もちろん振られちゃったけど。」
ふみかは懐かしむような柔らかな顔つきになった
「それは…残念だったね。」
「残念だったけど、言ってよかったって思ってる。ちゃんと自分の気持ちは伝えられたし、ちゃんと恋を終わらせられたから。」
「でも私は…」
「でも由香は私なんかよりよほど覚悟を持って告白する必要があるよね。きっと由香の片思いだったら、こっぴどく打ちのめしてくるよ。教室でのことを見るに。」
私は恐怖と焦燥とわずかな期待がぐるぐる回って衝突したりしてぐちゃぐちゃになっていた。
「私は怖いよ。」
せっかくのこの恋を終わらせるのも怖い。
花梨にまた打ちのめされるのも怖い。
「怖いよね。私たちには由香が傷ついたら慰めることしかできない。一人でやらなくちゃいけないんだもん」
「できないよ。」
「それもいいと思う。」私たちは黙った。
日曜の展望パークの雑踏がよく聞こえる。
「ちょっと待ってよ。」と莉緒が口を挟んだ。
「それは相手の気持ちが完全にわかるなんてないけどさあ。推しはかることはできるでしょ。どうなの?由香の考えでいいからさ。」
「それがあべこべで全くわからないんだ。激しく接近したと思ったらひどいこと言って、また甘えたようなことを言ってくるの。」
「そっかあ。さっき由香は自分でも自分の気持ちがよくわかってないって言ってたけど、花梨も一緒なんじゃないかな。自分で自分の気持ちがよくわかってない。だからよくわからないことをしてくるんだよ。」
今、確かに私の頭の中で一本の筋が通った気がした。
「だとしたら、告白するしない以前に、ちゃんと花梨と向き合わないといけない。」
「お、ちょっとだけ元気になったね。」
「二人ともありがとう。相談に乗ってくれて。」
私たちは立ちあがって展望パークを後にする。
私たちは池袋をあてもなく歩き続ける。
西側を見るとほんのりと日が沈みかけている。
「私たちさあ誰が最初に彼氏できるかとか話してたけどさあ。」と莉緒が言う。
「最初にできたのが由香でそれが彼女だったらびっくりだよね。」
「私が最初なのはびっくりしなくていいでしょ」
「びっくりだよ」と言って私の手を握る。
「あれ?花梨が好きなら私と手を繋ぐのはダメ?」
「いいよ。今は。」
「じゃあちゅーは?」
「だめ。」
「ケチだなー」
私は誰かを好きになれる日がくるのを漠然と待っていた。
いつか私も、と焦がれていた。
そして悩んだり苦しんだりほのかな期待を重ねた今ならわかる。
私は花梨が好きだ。
友達ではなく恋愛として。




