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由香ちゃんとの出会い 花梨の追憶2

(花梨の一人称)


私はクラスの鼻つまみ者として後半の中学の生活を終え、高校に入学する。

友達も恋人もくだらないものと一蹴して私は一人で本を読み続けた。

人間関係で嫌な思いをするのはもうごめんだ。そう固く決心して。

私の前には楽しそうに話す女子グループがいた。どうせすぐ霧散する。

恋人や進路やくだらないすれ違いとかで。

その中の一人と私は目が合った。急いで本に目を落とす。

確かあの子は橘由香という子だったはず。なぜ私を見ていたのだろうか。

たまに彼女と目が合うことがありつつも、

ただ私はクラスの喧騒とは隔絶した世界に没頭していた。

いつの間にか日は長くなり、制服は夏服になりまた少し時間が過ぎた。

そしてその日は想像以上に厄介なイベントがあった。

学校に宿泊する行事があったのだ。

もし災害が起きた時など学校に泊まることを余儀なくされた場合に備えるといったものであった。

夜はぱさぱさの乾パンを食べさせられて、

バスタオルみたいな簡素な布団が配られて男女別れて教室で寝ることになった。

日が沈んで消灯の時間になった。

しかし真っ暗な教室という非日常に集められた少女たちは気分が高ぶって眠るどころではなくなっていた。

みんなは机をどかした教室の真ん中に輪をつくるように布団をしいて話していた。

全員がその輪の中に入っていたので私も当然入らざるを得ない。

話は転々としながら次から次へと弾丸のように射出された。

我が家のエアコンは定期的にゴキブリが排出されるだとか、

うちのペットの犬はうんちをする時かならず10歩前進しながらうんちするだとか。

私はくだらないすぎて思わず少し笑った。聞いているだけなら気楽で悪くない。

しかしさらに夜が更けるとみんなのテンションは少し静まり、

ディープな話題もちょくちょく増えてきた。

そんななか誰かがこんな催しを提案した。

好きな男のタイプを時計回りで順番に発表しようというのだ。

私は布団の中で頭を抱えた。

適当に嘘をでっちあげてもいいけれど絶対に深堀される。

どんな質問がきても整合性のとれる嘘なんてできるはずがない。

「利宮(花梨)さん。次利宮だよ」

位置が悪くて私の順番はかなり早く回ってきた。

「利宮さんの好きなタイプ気になるなあ。」

「もう何回も告白されてるのに振り続けてるもんね」

「大輔を振ったのは正直もったいないよ!」

みんなが私に好奇の目を向けて、それぞれ勝手なことを言っている。

しだいにそれも尽きて沈黙が流れる。みんなが私の返答を待っている。

こんなところで男には何か特別な感情を抱くことはできない。

好きな女のタイプなら答えられるけれど。なんて言えるはずがない。

「利宮さん。好きな男のタイプだよ?」私は頭が真っ白になっていた。

また沈黙だけが流れる。

「ドキドキする格好とか仕草でもいいよ」

私は朱里に抱きしめられた時に感じた鼓動の高まりを思い出していた。

また沈黙が流れる。

「こんなに黙り込むなんて思わなかったよ。」

また沈黙が流れる。

「おーい、利宮さんが言ってくれないと進めないよ。」

そしてまた沈黙が、しかしその沈黙は対岸にいる子が破った。

「順番じゃなくて挙手性にしようよ!」

その方を見ると橘由香さんだった。

彼女の隣の子に「誰が挙手すんのよ!」と投げかけられていた。

私の近くの子が「言い出しっぺ!言い出しっぺ!」と言った。

「しょーがないなー」と橘由香は言って続ける。

私は渦の中から離れた。

挙手性での発表が続き、また別の話題を転々として、眠る子が現れ始めて、円の形が徐々に変わっていった。

ポンポンと私の肩を叩くものがあった。振り返ると橘由香さんがいた。

「ねえねえ。2人で教室でない?」

と言ってシャープな眼を柔らかく細めて、彼女は私に爽やかに笑いかけた。

彼女がどういうつもりなのか全くわからないけれど、

女の子に誘われたのは本当に久しぶりで少しうれしかったので私は頷いた。

教室を出ると言っても私たちが今夜行動していい範囲は教室から廊下を使って決められたトイレへの道だけだ。

彼女は廊下の窓を開けて窓淵によりかって外に向けて手を伸ばした。

「ねえ利宮さん。ここから手出してみて。風が涼しくて気持ちいいよ」

私も彼女に言われるままに手を伸ばした。

「そうだね」

「教室の熱気はすごかったね。楽しいけどちょっと疲れちゃった。」

「私も。」

彼女は転々と瞬く夜空を見上げていた。私はその横顔を見ていた。

彼女は教室の熱気かなにかで火照っていて、頬が紅潮していた。

私は恐る恐る「ありがとう」と彼女に打ち明けた。

彼女はこっちをむいて直線的な眉を柔らかく曲げた。

「あの好きな男発表会のこと?」

「そう。」

「利宮さん、男の人好きになったことないでしょ」

私は驚いて硬直した。

「私も同じなんだ。かっこいい男の人とかはわかるんだけど、好きな男ってなるとなあ」

「わかる!私もそんな感じ!好きっていうのはどうしても思えないの!」

と思わぬ共感者が現れて私は気を高ぶらせながら返事をしてしまった。

「急に元気になったね。こんな元気な利宮さん初めて見た。」

私は恥ずかしくなって少し小さくなった。

彼女はクスクス笑いながら「可愛い」と言った。

干からびすぎて声も出せなくなくなっていた私の無意識が命の水を浴びたような心地がした。

これ以上の落胆するのが嫌で孤立していた私はそれでもどこかで求めていたんだと思い知った。

女の子に可愛いと言ってもらいたかった。

私は危うく涙がでそうになったがぐっと堪えた。

なぜ泣いているのかと問われたら説明できる自信がない。そして彼女は続ける。

「みんないいよね当たり前に好きな男がいてさあ」

「いいかな。」

「だってみんな楽しそうだったでしょ?好きな男のこと話す時。」

「でも苦しいことだってきっと多いよ。」

「そうだね。でも一度恋の苦みも味わってみたいと思っちゃうんだよね。きっと漫画とかでしか恋をしらないからそんなこと言えるんだろうけど。」

「橘さんは前向きだからきっといつか誰かを好きになれるよ。」

「ありがとうね。私も恋をしてみたいなあ」

「私は…」と言って口ごもった。

橘由香さんは横目で私をチラリとみた。

「気を使わなくていいよ」

「私は恋なんてしたくないな」

「そっかー。そろそろ戻らなきゃね。先生に見つかったら怒られちゃうよ。」

私たちは教室に戻る。円の形がまた変わっていびつになっている。

またこの輪の中に入るのか。眠れそうもないけど速攻で寝たふりしようかな。

そう思った矢先、橘さんは私の肩をポンポンと叩いてこう言った。

「ねえ。布団向こうに持って行ってよ。2人で抜けちゃおうよ。」

私はどうしようもない胸の高まりを覚えていた。

私と彼女は布団を持ってそのグループから抜け出し、

教室の隅っこに並んで布団をしいて横になった。

「ここなら静かでいいね」と彼女は言って

私のすぐ横に寝転がって春風みたいにフレッシュに笑いかけた。

手をほんのちょっと伸ばせば彼女の顔に、体に触れられる。そんな距離で。

「利宮花梨さん。」

「うん」

「花梨って可愛い名前だよね。」

「そうかな」

「花梨って呼んでもいい?」

血のつながってないものに花梨と呼ばれるのは朱里以来だった。

彼女のことが思い出されて悲しくなる。

そしてまだ朱里の呪縛が解けない自分にあきれ果てる。

私は図らずも黙ってしまっていた。

「あ、ごめんね。なれなれしかったよね。利宮さんって呼ぶから。」

私は頭を振った。

「花梨でいいよ。ううん。花梨って呼んでほしい」

私は意を決してそう言った。

彼女は「花梨。」と呟いた。

私は暗い教室でもなお黒く透き通る彼女の目を見ていた。

彼女はハッと口を開けて顔の向きを変えて天井を向いた。

バスタオルみたいな掛け布団が少しもぞもぞ動く。

彼女は「改まるとなんだかちょっと気恥ずかしいね」と言う。

夜の暗闇に慣れてきた私の目は少し紅潮する彼女の横顔を捉えた。

そんな顔しないでほしい。

私の胸の奥にあるなにかに潤いが与えられ、芽吹いてくる感じがする。

そんな顔されたら私は期待してしまうよ。

「花梨さ。いつも本読んでるよね。どんな本読んでるの?」

「坂口安吾とか。」

「ふーん。」

返事はあまり芳しくない。

「知ってる?」

「知ってるよ。モノの記憶が抽出できる人でしょ?」

「なんだそれ」

「坂口安吾の異能力。」

「絶対私が想像してる人と違うよ!」と言って二人で笑った。

そして彼女が好きな漫画の話をしたり、

誰と誰が付き合ってるらしいというゴシップじみた話を延々としていた。

数か月ぶりに人とちゃんと話ができた私は恍惚に似た楽しさを感じていて、

ずっとこのままこうしていられればいいのにと思った。

そのうち彼女は自然に瞼を閉じて意識がフェードアウトしていくのがわかった。

私は彼女の閉じられた瞼から生えるハルジオンのように細く密になったまつ毛をじっとみていた。

ゆったりとした呼吸に合わせてほんのりと動く。

私は自分の布団の範囲のギリギリまで彼女に近づいた。ここが境界線。

本当はもっと近づきたい。彼女の顔や手に触れてみたい。

布団をもうちょっと彼女のほうに近づけて境界線をずらしてみた。

そして体をおろした時、思わぬところに彼女の腕があったらしく、

私は肘でそれを踏んでしまった。

「痛!」と言って起きた。

私はすぐ肘を引っ込めた。

「花梨?」彼女は狼狽している。

当然だ。起きたら私がものすごく近くにいるんだから

「ごめん多分寝がえりを繰り返してたらふんじゃったみたい。」と苦しい言い訳をした。

「別にいいけど」と言って彼女は布団の上に起き直った。

「あ、見て!」と言って彼女は窓の外を指差す。

見ると窓の外が白んできていた。

「ねえ。一緒に見ようよ。」と言って彼女は立ちあがる。

私も立ちあがって二人で窓辺で朝が来るのを待っていた。

だんだん教室のほうも白んでくる。

そちらの方は布団が皆ぐちゃぐちゃになり、乱雑な向きで眠っていた。

まだ起きて話している子も少しいた。

そして宿泊は終わり、男女が合流して同じ教室に戻った。

朝食に焼きそばが配られて、おのおのの位置に分かれて食べ始める。

一夜明けただけなのに、昨日までの教室とはまるで世界が変わったような心地がした。

一人で黙々焼きそばを食べていたであろう世界線は切り替わって私の前には橘由香さんがいる。

「みんな目が腫れぼったいね。」

「橘さんもそうだよ。」

「花梨だって腫れぼったいよ。てか花梨が一番腫れぼったいよ」

といって彼女は笑う。

もう嫌な思いはしたくないから誰とも仲良くしない。

そんな決意は彼女によっていとも簡単に吹き飛ばされてしまった。

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