Episode5 契約 〜静寂の底で〜
『…そういう、理由か』
半ば呆れたように精霊は言った。
「だめ?」
『まあ、契約する意志が一致したな。じゃあ、眠れ』
いつの間にか、私はベッドの上に座り込んでいた。
「え、なんで?」
テレポートさせられたんだろうけど。
『お互いの意識下で、契約するんだ。そういうのがいい』
「――うん、わかった」
ちゃんとできるか、不安だ。
『安心しろ、その時の記憶はあるし、一応動ける』
「うん、わかった」
でも、なかなか寝付けない。
『安眠効果でもつけてやるか』
精霊が小さく呟いた。
また、不思議な風のような魔力が吹き抜けた。
眠りに落ちた。深く、深く―――
/
気づいたときには、私は「そこ」にいた。
どこまでも広がる蒼白の空間。地面も、空も、音すらない。
ただ風もなく、何もない――完全な静寂。
私だけが、ぽつんと、そこに立っていた。
どれくらい経ったのか、あるいは、時間というものがここに存在するのかすらわからなかった。
その時だった。
静かに、静かに、ひとつの気配が生まれた。
振り返ると――そこにいたのは、白銀の毛並みを持つ小さな獣だった。
大きな、澄んだ空色の瞳。耳が長く、尾がゆるやかに揺れている。
それはまるで、私に似ていた。
生まれたときから、どこにも居場所がなかったような瞳だった。
私と、同じだと思った。
言葉はなかった。名乗りも、契約の儀式もなかった。
ただ、静かに、私の足元まで来て、座った。
私はしゃがみこんで、その子の額に手を伸ばした。
手のひらに触れたのは、ふわふわで、けれど芯のある温もり。
「……あなたも、独りだったの?」
小さく、コクンと首が縦に動いた。
そして、不思議なことにそのとき私は――ひとりであることをやめた。
誰も理解してくれなかった。誰にも話せなかった。
それでも、今は、少しだけ呼吸が楽になる。
この子がいる。ただ、それだけで。
静寂はまだここにあるけれど、もう、孤独ではなかった。