Episode4 空属性
空属性は くうぞくせい とよみます そらぞくせい じゃないです
属性鑑定の日の夜、私は眠れずにいた。
あのコアに現れた、三属性の象徴の色。
どれも、記憶どおり。
私は、ヴァイト公爵家の血筋、つまりは王家の血筋、三属性は確定。
そして、消えゆく光に示された、白でも、黒でもない、色彩がない曖昧な光。
でも、私には見えた。
言葉にできない。けれど確かに、私には見えた…んだ。
まるで、空気自体が光っていたかのように。
考えてもわからない。
そのことを誰にも話せず、私は一人、夜の回廊を歩いた。
「―――風属性という、設定はなかった」
この乙女ゲームは、普通のゲームとは違った。「風属性」がなかった。
通常、火、水、土、風、光、闇という設定が普通のはずだった。
でも、この世界には風属性が存在しない。
考えてもわからない。
「こんなことになるなら、他のルートもやっておけばよかったなぁ」
そう、私はクリスルートしかやっていない。そして、RPG的な感じのをメインにやっていたので、内容はどうでもいいと思っていた。恋愛的な感じの。セリフとか、スチルとかはタップとスキップボタンでやって飛ばしてたから。
突然、風もないのに、ふわりと伸ばしている髪が浮いた。
首元を冷たい空気がかすめる。
なんでかわからないけど、少しだけ魔力をめぐらしてみる。
大事なのは、イメージ。
魔力をイメージする。体の奥底の。
みつけたものを、体に巡らせる。
体が温まっていく。と、同時に冷たくも暖かい、不思議な風が私を囲む。
指先に集中。
得体のしれない属性の魔力、認識していない魔力を指先に。
そうすると、また、澄んだ、青色のような、水色のような、透明な純粋魔力の小塊が現れた。
「ねぇ、これ、なに?」
虚空に話しかけた。
理由は特にない。直感?第六感とでも言うのだろうか。
『魔力の塊だな。小さいが』
どこからが声がした。
驚くも、努めて、冷静に。
あと、囁くように。
夜だから騒いだら近所迷惑だし、ベッドに押し込まれちゃうしね。
「あなたは、だれ?姿を見せて?」
そういうと、狐の姿をした白銀の何かが、私の前に現れた。
『私は、空属性の精霊だ』
空属性?
『風を操る類の属性の精霊だ。いろいろと能力がありすぎて、人間界には知る人ぞ知る、という感じだ』
思考が読まれるのか、何も発していないのに返答した。
「空属性?」
それはなんぞやと、思っていると精霊が前足で私の肩を叩いた。
よく見ると、飛んでいる。
「え、とんでる!?」
『まあまあ、落ち着け。説明するから』
精霊に言われて、大人しくすることにした。
「わたしの部屋まで来てくれない?父と母にバレたくないから」
『む?私は、自分で姿を表さない限り、誰も見えないぞ?見える人間も限定できるし』
なにもわかっていないご様子だ。
「とりあえず。私がここにいることがバレたくないの。それに、ベッドのほうが、落ち着けるっていうか」
身振り手振りで力説していると、
『なるほど、嘘ではないみたいだな。では、行こうか。ここの城の場所把握もしたいしな』
浮かんでいた狐姿の白銀の精霊は、地面に降りて、私の足を触る。
「どうしたの――って、えっ?」
私と精霊が見えないような、見えるような、透明な光に包まれた。
驚いて目をぎゅっと閉じると。
『もう大丈夫だぞ』
先程の精霊の声が聞こえて、目を開ける。
そこはいつもの、見慣れた自分の部屋だった。
「どうして?瞬間移動?」
『御名答』
声が聞こえる。だけど、どこから聞こえたかはわからない。
『ここだ、エルーフィア』
何かが通った。
なんとなく、肌をかすった方向を見る。
ベイウィンドウの窓台に座っていて、月光で、眩しい。
『おお、魔力の流れも感知できるのか。優秀だぞ、エルーフィア』
違和感。
「なぜ、私の名前を知っているの?」
『それは、私が、お前を知っているからだ』
「まえから、知っていたの?」
『もちろん、エルーフィア、お前は、ヴァイトの13代目当主となるのだから』
「なぜ?弟がいるわ?」
普通、公爵家の令嬢と言ったら、公爵家同士か侯爵で結婚するか、王家に嫁ぐかだ。
クリスは私よりも年下だけど長男だ。
『お前は空属性の保持者だ』
それじゃわからない。この精霊の意図も。
『ああ、それなら少しばかり昔話をしよう。
ヴァイトはなぜ王家の血筋なのに、公爵家なのか。それは、空属性を持って生まれた王子がいたからだ。空属性は正直手に負えない。王家は手放した。軍事利用もできないほどに強力だった』
「それで?」
『手が負えないからという理由で、王家はその王子の成人後に、公爵という地位を叙爵する、ということを決めた。王位継承件を放棄するということを公表をした。王子の意志も関係なく』
「そのうち滅びるだろうと思って?」
『おお、そなた、察しが良いな。おおむねわかっただろう。私からの説明は以上だ』
「私は空属性を保持している。で、なぜ、あなたは出てきたの?」
『契約をしてみたいと思ってな』
おどろいた。契約できるの?
『見たところ、そなたの魂は面白い作りをしている。空属性の保持者として興味を持ってはいたが、ついこの前くらいか、魂が混ざった感じがする』
ぎくっ…
『まぁ、どちらにせよ、空属性の保持者だ。どんな属性も使える、全属性の精霊も見えるぞ。一応』
「え、でも、火属性と光属性は出なかったよ?」
『あれは、特化している属性だろう。魔力があれば、基本のレベルは使える』
あ、確かに。
もしかして、全属性の魔法、全レベルつかえたりして!
『契約したいか?』
深刻そうな声を出した。
「うん」
『いろいろと副作用が伴うが』
「どんな?」
『魔力暴走、私との意識同化や主導権の入れ替わり、社会的孤立、精神負荷、―――存在の希薄化、その他もろもろ』
「存在の希薄化、って?」
もっと深刻そうな雰囲気を出した。
『濫用した場合だな。誰かの記憶から抜け落ちる。エルーフィア・ヴァイトの記憶が』
「濫用の頻度は?」
『んー。こんな感じだな』
そう言うと、また飛んできて、今度は頭に前足を乗せた。
「どんなって」
途端に情報が流れ込んできた。
状態 使用量(基準) 結果/ペナルティ
通常使用 1日3〜4回の軽度行使(浮遊、気配遮断など) 問題なし。身体に小さな疲労のみ。
中度使用 1日2回の中規模魔法(空間遮断、瞬間移動など) 頭痛・軽いめまい。魔力量が3割以上消費される。
限界超え① 1日1回の大規模魔法(空間崩壊・因果干渉など) マナクラッシュ発生率50%。意識混濁。
限界超え② 短時間に複数回行使 or 大魔法の連発 精霊の制御が不能に近づき、存在の希薄化が進行
臨界状態 魔力量50%以上を消費した状態で再使用 精霊が自律的に動き出す。契約者の記憶・存在の一部が周囲から消える可能性あり。
「そっか…」
『あ、一応、色々と対策できる。その方法も教える。だから』
精霊は一回言葉を切った。
「うん、だから?」
『契約、して、私に名前を、くれないか?』
「―――」
『だめか?そうだよな、こんな危ない契約、しない方が――』
「いいよ」
『え?』
「だって、空属性でしょ?無詠唱が可能かもしれないし、さっきみたいに、瞬間移動とか空中歩行とかできそうじゃない?他属性の無効化とか!」