Episode1 目覚めのあと
──静かだった。
何かが騒がしかったような気がするのに、今はやけに静かだ。
光がまぶたを優しく叩き、再び私は目を開けた。
ここは、あの部屋。
天蓋付きのベッド、白を基調にした上品な家具。どこか中世の貴族の部屋を思わせる。
まるでさっきの出来事が夢だったかのように、思考は朧げだった。
「エルーフィア様、お目覚めですか?」
柔らかな声がして、私はゆっくりと顔を向ける。白いエプロンをつけた少女が、心配そうにこちらを見ていた。年の頃は、十代半ばだろうか。
「メイ?」
無意識に出た名前に、彼女──メイはぱっと表情を緩め、瞳を潤ませて膝をついた。
「よかった。本当に。エルーフィア様。心配しました、何日も目を覚まされなかったので……!」
何日も?
私の脳裏に、さっきまでの混乱がぶり返す。
そうだ、目が覚めたら、子どもになっていて……。
「わ、たし……」
声が震える。言葉を継ごうとすると、メイが手を伸ばして私の肩を支えてくれた。
「無理はなさらないでください。お医者様も、まだ安静にと仰っていました」
「メイ。ここ、どこ?」
自分でも情けないと思うくらい、弱々しい声だった。
「ここはヴァイト公爵家の居城です。エルーフィア様のご自室ですよ。覚えておられませんか?」
メイの言葉は静かで、けれど、確信に満ちていた。
ヴァイト公爵家、エルーフィア。
思い出す。鏡の中の銀の髪、青の瞳。呼ばれた名前。
そして、この名が、私の中の記憶に、あたかも最初から存在していたかのように、根を張っている。
「私、エルーフィア」
「はい。エルーフィア・ヴァイト様。公爵家のご令嬢でいらっしゃいます」
再び確認され、胸の奥がぎゅうっと締めつけられた。
転生? 本当に?
あまりにファンタジーすぎて、現実味がないはずなのに、手に感じるシーツの感触や、メイの手のぬくもりは確かで。
「メイ、わたし、何歳?」
「今年で五歳になられました。つい先日のことです」
やっぱり。
鏡に映った、二分の一の身長だったあの少女。まぎれもなく「私」だったのだ。
五歳の子どもに転生した? それも公爵家の令嬢に?
「それって、なんのゲームだよ」と呟きかけて、口をつぐんだ。
そして、メイのことがふと気になった。
どこかで。
いや、まさか。
「……メイ。ねえ、わたし、兄弟って、いる?」
自然とそう問いかけていた。
するとメイはうれしそうに笑って、答えた。
「ええ。クリス様です。お優しい弟君ですよ。エルーフィア様のことをいつも心から心配なさっています」
クリス。
私の記憶にも、確かにその名前はあった。
そして、もう一つの記憶が――この世界の「ゲーム」としての記憶が、ゆっくりと脳裏を満たし始めていた。
「乙女ゲーム、『聖約の魔術師』」
思わず、唇がそう動いた。
メイは怪訝な顔をして首を傾げたが、私はそれに気づく余裕もなく、ただ、ひとつの確信だけを抱いていた。
私、悪役令嬢に転生したんだ。