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「マリエッテが王太子妃になると決めたなら、障害は取り除く。ただ、ソフィエルが馬車を奇襲したのは予想外だった。あってはならないミスだった」
怖かったよね、ごめんね。そう言いながら、手の甲を優しく指で撫でられた。そんな仕草の一つ一つに戸惑ってしまう。親しみと気遣いを感じている自分と、知らない男性に触れられているような落ち着かない自分がいる。
「……怖いのは、俺だな。ごめん」
その戸惑いを察したのか、温かい手は離れていく。それを追いかけたのは、私の手の方だ。
「ううん。ローマンは、わざと怖がらせようとしているでしょう」
ひっかけるように、弱い力で捕まえた指先はピタリと動きを止めた。振りほどかれないことに、心のどこかでほっとする。
ぎゅっと眉に力を入れ、ローマンを仰ぎ見た。
今まで私がローマンや周囲が暗躍する姿を見ないでこられたのは、守られていたからだ。私の代わりに、誰かが泥を飲んでいたということに変わりない。それを知らないままでいることは、きっと綺麗で幸せなことだろう。だけれど、私は知らないままは嫌だった。
「見くびらないで。清濁を併せ飲む度量もないと決めつけないで。除け者にしないで」
私にも頼ってよ、そう宣言するように言えば、きょとんとした顔をしたローマンは突然笑い始めた。何もおもしろいことは言っていない。むしろ怒っているのだ。
それなのに、ローマンは一層やわらかい笑顔でこちらを見る。
「やっぱり、マリエッテが好きだなぁ」
眩しそうに目を細めて恥ずかしげもなく言ってのける彼の様子に、怒っているんだぞとつくっていた表情が保てない。
ローマンがその目を向けるのは、初めてではない。
言葉にするのだって。
何度だって言葉で、仕草で、瞳で伝えてくれていた。
それを曖昧な態度で受け流していたにも関わらず、何度だって。
もう潮時なのかもしれない。線を引き直さなければいけない時間が来た。
私は家族を守りたい。そのためには王太子妃の立場が一番良いと考えている。そのつもりでここまで来た。
裁判が終わったら。身の潔白を証明出来たら。リュヒテ様にも伝えよう。そう自分を奮い立たせてここまで来た。
ローマンの隣にいると甘えてしまう。泣いては前が見えなくなる。自分の足で、選び立つと決めたのだ。
一つ一つ、自分の中の甘えを振り切るように覚悟を決めて、口を開く。
「……ローマン。あのね」
「言わなくてもわかっているよ。元の形に戻っただけだ」
そうやっていつもローマンは先回りして私を甘やかす。”元の形”がどんな関係だったのか、私たちは覚えているんだろうか。
私の中のローマンは兄のようで、本当は兄ではなかった。
リュヒテ様と親友で、私とも幼馴染で。
「長くそばにいすぎたのかな」
ポツリとそう呟いた声が、静かな部屋では私に届いてしまう。
「いなかったら、きっと寂しかった」
口をついて出た言葉は、心からの素直な気持ちだった。
「……もう折り合いつけたはずなんだけどな」
ガラリと変わった、低い声色に思わずびくりと肩が揺れてしまった。
さっきの言葉は失言だった。なぜ引き留めるような事を言ってしまったのかと、自分自身を叱りたい。
「じゃ、じゃあ私、いかなきゃ」
「あぁ。もう時間だ」
なんとなく危険な予感がして、勢いよく立ち上がる。
ずきりと足は相変わらず痛むが、このままここにいてはいけない気がするのだ。
長椅子から離れ、扉に向かうところだった。
ドシンと身体に衝撃が走る。
「──ごめんね、マリエッテ」
「え?」
最後に見たのは、私の身体を貫く剣だった。
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