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王国貴族院特別審問が始まった。
「──これより、審理用目録を読み上げる」
開廷の鐘が鳴り、法廷記録官が形式ばった所作で書類を読み上げる。癖のある口調で読み上げられるものは、どこか他人事で耳を素通りしていきそうになる。
私がここに招集された理由は、【王宮襲撃事件並びに外患誘致の嫌疑】について。
一夜にして王宮の一部が半壊するという衝撃的な事件があった当日。最も疑わしいのはアントリューズ国関係者だった。
そのアントリューズ国を引き入れたのは、外交を担うダリバン侯爵家の人間ではないかと疑いがかかる。
「私共も、苦渋の決断でした。長きにわたり忠臣だと肩を並べてきたダリバン侯が、まさか国を危険にさらすことなどありはしないと信じたかった。友のために潔白を証明しようと兵を調査に向かわせましたが、心は裏切られました」
先日の我が家に兵を向けた件については、文官を同行させるように願い出たことで王家も知るところになった。その言い訳だろう。ものは言いようだと、ソフィエル様と親子なだけある。
演技がかった身振りでグレイヴリス公爵はお父様の方を見て、失望したと告げた。
まるで自分たち裏切られた被害者側の総意であると強調するように。
「アントリューズ国の王女が娘の立場を脅かした件で、思いついたのでしょう。あちらの国にも王子がいますからね。今回は王女が帰国したが、どちらに転んでも得をするのはダリバン侯でしょう」
会場全体がざわりと揺れた。
<傲慢の魔女>に関わった人々の記憶は消えた。リュヒテ様の新しい婚約者と目された、アントリューズ国のミュリア王女は、外向きには病にかかり帰国したこととなっている。
王太子の婚約者候補に再び上がったのは、元婚約者である私。
その裏ではアントリューズ国との秘密のやりとり。
確かに状況だけ並べれば、不自然で怪しいことこの上ないだろう。
池の水に一滴だけ落ちた毒が、澄んだ水を一面の毒に見せるように、会場の中にいる人間は、誰しも私たちを黒だとみなしているように感じた。
「推測でものを言うのは不適切です」
「失礼いたしました。こちらは記録から削除してください」
「削除します」
審問中に出た発言の類は全て記録に残される。
その記録からは根拠のない発言は削除されるようだが、場の空気は染まりきっている。
「今一度、候に問おう。皆を納得させる潔白の証拠があるならば、我々に見せて証明してほしい」
当初、私に同情的だった周囲の目は一転して厳しいものになっている。
長年宮中を席巻してきたグレイヴリス公爵は、見事に空気を塗り替えた。
自らの立ち位置を明確に正義側に置いて。
未だ、陛下は静観する姿勢でただ黙としている。
ここが急所だと言わんばかりに、意気揚々と畳みかけるグレイヴリス公爵を見ているのか。疑われたまま他人事のように黙する私たちの反応を見ているのか。視線は定かではない。
陛下の隣に座るリュヒテ様は、この状況をどう見ているだろうか。
一瞬でも視線を陛下からずらして彼の方を見てしまえば、なんだか感情の蓋がずれてしまいそうな気がして。やっぱりそちらを見られそうにない。
視線をそっと下げて、ドレスの隠しポケットを押さえる。馬車の中で感じていた花の香りは弱くなっているけれど、まだ私を勇気づけてくれる香りを覚えていた。
「貴族院側の主張はわかりました。この起案書にたびたび出てくる”証拠”とは何を指しますか。まだ提出されていませんよ」
グレイヴリス公爵の演説が終わると、手元の書類に目を落としていた神殿長が眼鏡を押し戻しながら顔を上げた。
「まさに! それこそが、今回の重要な”鍵”となるでしょう」
神殿長には身振り手振りの演説は効果がないと知っていたのだろう。背を向けていたグレイヴリス公は、もったいぶった仕草で神殿長に向き直る。
「鍵は手紙です。とある筋の話によると、ダリバン嬢はアントリューズ国王から密かに受け取った手紙があるとか」
いくつもの視線がこちらに集まった。
アントリューズ国からの手紙。
──『この手紙の存在は王家と私たちしか知らない。厳重に管理するように』
手紙を受け取った日。お父様はそう言っていた。心配そうな目でこちらを見て。
あのデビュタントの日以降、アントリューズ国は王宮襲撃の疑いもかかっており、一時接触は固く禁じられていた。
その緊張感のある中で、手紙の受け渡しを担ってくれたお父様はまず陛下たちに許可をとった。『王妃の鍵について』と。
けれど、”王妃の鍵”については機密事項扱いだ。
手紙のやりとり自体、陛下とお父様の間のみで把握することとなった。
お父様やお兄様の拘束が長期間に及んだのも、内容を開示出来ないからなのだとしたら。
頭の中に渦を巻いていた考えが、ある一点を見つけた。その結末に冷や汗が流れる。
──陛下は、私たちを助けるつもりがないのかもしれない。
「もしかしたらもう証拠となる手紙を燃やしてしまっているかもしれません! 後ろ暗いことがなければ、初動調査に協力したはずです。それを拒否するなど、黒と言わざるを得ないでしょう」
「手紙があることは確定しているのですか」
「もちろんございますとも。関わった者の証言はこちらに」
提出された書類をちらりと確認した神殿長は、静かにこちらを見た。
「ダリバン嬢。率直に聞きます。アントリューズ国王から手紙を受け取りましたか?」
真っ直ぐ見下ろされる瞳に、ほんの少しだけ憐れみが乗っているような気がするのは被害妄想だろうか。
もしかしたら、神殿長と陛下の間で既に結末が用意されていたら。
「発言をお許しください!」
「ダリバン候には発言を許しませんよ」
私の左後方からガタリと大きな音を立てて、お父様の声がした。
しかし私は振り向かなかった。
「どうですか。嘘偽りは心証を悪くしますよ」
「──アントリューズ国王からのお手紙、たしかに受け取っております」
ガタリと立ち上がったグレイヴリス公爵は、「ほら見たことか!」と喝采した。
「陛下、貴族院としての要望はダリバン侯爵邸の捜査令状の即時発行。そして、ダリバン嬢の一時保護です。どうかお聞き届けください」
「この度の嫌疑と娘は無関係です!」
「無関係かどうかは調べればすぐにわかること! まったく、貴殿のせいでアントリューズ国への賠償素案も練り直さなければ」
怒号が飛び交う間、私はじっと陛下から視線をはずさなかった。
リュヒテ様より深い色の瞳を。
お父様たちと同じく、黙していることが正解か。
全ての罪を背負って消えていくことをお望みだろうか。
はたまた、”覚悟”を見せろと挑発されているのだろうか。
いくら考えてもわかるはずがない。
「……お調べいただく必要はございません。現物をお持ちしております」
隠しポケットから、あの日受け取った手紙を取り出した。




