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この断罪劇は、ただの政治的パフォーマンスだ。
こんな不十分な罪状で王室に反意があることを証明することが難しいだなんて、ここにいる人間はすべからく理解しているだろう。
これは陛下や貴族院、ひいては貴族たちからの評価を落とすための策略だ。
よっぽど私たちを恐れている者がいるらしい。
裁判にかけられた不名誉な事実を貴族たちがどう評価するかなんて、火を見るよりも明らかだ。
このような状況下において、王家もどちらを切り捨てるかなんて。
お父様は陛下や王家に、誰よりも誠実だった。
その姿を見ていた私も、誠実に努力を重ねたつもりだ。
だが、為政者は過去ではなく、未来を見なければならない。
お父様も、お兄様も。私を送り出したお母様も。
冷静に状況を受け入れているのだろう。
ここで私が出来ることは何だろうと考えない時間はなかった。
繰り返し繰り返し考えて、憤って、受け入れた。
最後まで誠実であるならば、私たちを信じてよかったと思ってもらえるように行動するのみ。
「ダリバン嬢、あの、怪我の処置を先に……額に血が」
「いいえ、お待たせしてはなりません。扉を開けてください」
近衛騎士から戸惑う空気を感じるが、笑顔で押し切った。
私を邪魔に思う者に、猶予など与えるわけがない。
重量感のある扉が、左右に分かれて押し開かれる。
──これは戦場へと続く扉だ。
扉をくぐると同時に、どよめきが私を包んだ。
傍聴席には貴族院傘下の貴族たちが、隙間なく座っていた。
姿勢を正し、堂々と。ただ前を見つめ、歩を進めた。
周囲からは、まるで幽霊でも見たのかというような反応ばかりが返ってくる。それほど私の姿は異様に映ったのだろう。
貴族院に所属する貴族たちは、皆お父様と同じような年代の方々ばかりだった。
私に自身の娘と重ねているのか、見ていられないとばかりに視線をそらす方。
この機にどちらについた方が得か見定めようとする方。
失望した、と嫌悪をあらわにする方。
そして、不敵な笑みを浮かべるグレイヴリス公爵。その人がいた。
貴族院席の反対側には王族の席がある。
陛下の隣の王妃の席は空席のまま、百合の花が飾られていた。その隣には、リュヒテ様が座っている。
一瞬だけ、視線が絡んだ気がした。
きっとどこかにローマンもいるはずだが、きょろきょろと視線を動かすわけにもいかずどこにいるのかわからないままだ。
正面には神殿長が進行役として座していた。
神殿長は俗世とは距離を置いた立場であるということが共通認識としてある。
あくまで中立を担う立場だ。だが、彼の目は厳しく光っている。
なにせ前評判が悪い。
私は王宮を破壊する反逆者を国内に招き入れた疑いがかかっている身で、更に招集時間から遅れるだなんて印象を悪化させてしまっている。
愕然とした表情のお父様たちの前を通り過ぎ、中央に置かれた審問の場へと進み出る。
「ダリバン侯爵家の長女、マリエッテにございます。このたびのお呼び出しに応え、参上いたしました。まずは参上が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。誠実に、嘘偽りなくお答えすることをここに誓います」
深くカーテシーをすれば、ずきりと一段と足の痛みが響いた。
儀礼に厳しい神殿長は謝罪を寛大な心で受け止めたようで、幾分か視線は和らいだ感触がある。とはいえ、まだ棘は感じるが……。
「では、裁判を始めたいところだが……その姿はどうされたのか」
「実は馬車が襲撃され、馬も逃げてしまったものですから……歩いてこちらまで来た次第でございます」
よくぞ聞いてくれた、と前のめりにならないように気を付けながら端的に説明すれば、貴族院や傍聴席からはざわりと声が上がった。
一番大きく反応したのは、お父様たちだけれど。
「しかし、軍部の方々や市民の有志が場をおさめてくださったので、事なきを得ました。表が騒がしいとは思いますが、彼らのおかげで無事、ここまでたどり着くことができました。どうか彼らに祝福を賜りますようお願い申し上げます」
この国内の過半数の貴族が集まるこの場で釘をさしておけば、助けにかけつけてくださった軍部の方々が責められることは防げるだろう。
「そうですか……もしものことがあったら大変なことでした。これも神の思し召しでしょう。私からも感謝と祝福を」
「ありがとう存じます」
うまく、時間に遅れた事実やボロボロな姿で現れたことが許されたような空気に出来たと思ったのだが、そう簡単にはいかない。
この場で納得させるべきは神殿長だけではないからだ。
「関係ないことで裁判を遅らせようとするなんて小賢しい。あなたの遅刻で何人もの時間を奪っているのですよ」
「これも演出でしょう。みっともない」
貴族院長のグレイヴリス公爵と、その隣に座るヴィスケル伯爵が野次を飛ばした。その声をきっかけに、一斉に野次が飛ぶ。
一人一人の声は大きく目立つものでもなく、誰の発言かは明確にはわからない。こうして場の雰囲気を操作するのだろう。
この裁判は神殿長、王家、貴族院の三権で審議する。
貴族院はすでにグレイヴリス公爵が掌握しているということだろうか。
「静粛に!」
じっくりと貴族院席を眺めていると、甲高い金属のベル音が鳴らされた。
神殿長の手にはかなりの年代物のベルが握られている。
「発言をお許しください」
神殿長からは何かと発言を促すように頷きが返ってくる。
現状、陛下の思惑はわからない。だけれど、神殿長はあくまで中立の立場で物事を見ていると感じるのは楽観的すぎるだろうか。
「神聖な審判の場を汚さぬように払っては参りましたが、御見苦しい装いで申し訳ございません。皆様の貴重な時間をいただくならば、公平な審判にお時間をいただきたく存じます。もし問題なければ、このまま進めていただけませんでしょうか」
「殊勝なことを!」
「──いい加減にしなさい」
食うように重ねられる野次を止めたのも、神殿長だった。
「これ以上の発言は挙手の上、名乗ってから発言していただこう。聞くに堪えがたい。貴殿の御息女の乗る馬車が襲撃され、怪我を負ったにもかかわらず、裁判所まで徒歩で赴く姿を見ても同じ言葉をかけるのですか」
「まあまあ。神殿長殿は肩入れしすぎですよ。その方が心証が良いから、打算もあるでしょう。ダリバン侯爵家のお家芸だ」
「公の息女が彼女のように”打算”が出来るのか甚だ疑問だがね」
「これは一本取られたな!」
「ははは、違いない」
またガヤガヤと騒ぎ始める中、近衛騎士の手によって証言台に椅子が置かれた。
「どうか椅子をお使いください」
「お気遣い、感謝いたします」
この近衛騎士はリュヒテ様の傍で見かけた覚えがある。
視線をそちらに向けそうになり、こらえる。
誰にも悟られない自信があったのだけれど。




