2
高台にある高等裁判所を目前に捉えた時。
私たちを先頭にした列は、集団となり、今では凱旋パレードのような人だかりができていた。
きっとここに集まった大半の市民は、どこに向かうのか何のための行進なのかなんて理解していないだろう。
侍女に頼んだ伝言は確かに届いたようで、馬を調達した我が家の護衛たちが遅れて合流した。先頭で軍人に周囲を囲まれた私を確認すると目を白黒させながら、馬の背に乗せられた。
「お嬢様、これは一体……この者たちは……」
「頼もしい護衛でしょう」
周囲を取り囲む市民を統率しているのは、親友の兄が率いる軍人たちだ。
彼らがいなかったら、きっと私は人混みに押しつぶされていただろう。
馬の背に乗れば、周囲の状況を俯瞰して見ることができた。逆に、周囲からも私の姿が見えるようになったということで。
思わず、ぎゅっと手綱を握りしめた。
そんな様子を見られていたのか、隣を歩いていた親友であるフィオナの兄がからかうような視線を向けた。
「そうですよ。ほら、堂々となさってください。大将はどっしりと構えて」
「大将だなんてやめてください!」
ははは、と笑う顔は憎らしいほど晴れやかだ。
その横顔は親友を彷彿させる。やはり血のつながった兄妹なのだな、と感じると同時に自分の家族の顔を思い描いていた。
「──止まれ!」
号令と共に市民たちは歩みを止め、私たちだけ進み出た。
裁判所へ続く長い階段の下へと降り立つと、軍人たちの歩みも止まる。自分たちはここまでだと言うように。
「妹からの伝言です。負けないで、と。これだけは絶対に伝えてほしいと脅されました」
「ええ。そのつもりだと、これは自分の口で伝えますね」
ソフィエル様に立場も友人も何もかも奪われてしまいそう、なんて。怯えて気弱になっていた自分が恥ずかしい。
味方がいるのだと信じさせてくれる伝言に、萎みそうになっていた心が膨らむような気がした。
「いい顔です。こんな機会でないとお話できませんでしたね。マリエッテ様が今も”おてんば姫”で助かりました」
彼は親友の兄だが、同時に私の兄の友人でもある。幼い頃、我が家に遊びに来たことだってある。きっと共通の思い出が頭の中に蘇ったのだろう。
あたたかな記憶の中で、私は物怖じしない”おてんば姫”と呼ばれていた。
確かに当時は怖いものなんてなかったし、無鉄砲で、無邪気だった。
「あの頃からあなたの根っこの部分は変わっていないことがわかり、安心しました」
「そうでしょうか」
「ええ。あなたは”信じてよかったと、思わせてくれる人”ですよ。これは妹の受け売りですが」
それだけ言い切ると、反論できない距離まで下がられた。追って否定するわけにもいかず、苦い気持ちを押し隠して階段に足をかける。
──信じてよかったと、思わせてくれる人。
そわそわと落ち着かない気持ちのまま階段を一歩、また一歩と登っていく。
信じてよかったと、今回も期待を返せるだろうか。失望させたらどうなるのだろう。
階段を踏みしめるたび、足はズキズキと痛みを主張していた。
よく見れば、髪にもドレスにも土埃がついている。法廷に相応しく暗色で落ち着いたドレスだったのだが、今では見るも無残な有り様だ。
決して、陛下や神殿長と貴族院の面々がそろう公の場に出る姿ではない。
何もかも上手くいかない。
だけれど、私は大切なものを守るために。戦うために、ここに来た。
決して一人ではここにたどり着けなかっただろう。そう、私は一人じゃない。
長い階段を登りきり、振り向けば。
軍人たちは口を真一文字に閉じて鋭い目つきでこちらを見上げ、先ほどまで勢いづいていた市民たちも熱心にこちらに視線を注いでいた。
何かを待つように。
「──ここに集まった皆さまに感謝を」
何を求められたわけでもない。自然と出た声は小さく、決して聞こえないだろう。だというのに、唸るような熱気が舞い上がる。これは地響きだろうか。建物に反響した市民たちの声が足元を揺らしている。
突然の事態に裁判所から、王宮騎士の隊服を着た人影が転がるように飛び出してきた。
説明を求められても、私にはわからない。
人々は口々に何を叫んでいるのか把握しきれないが、応援されているようだ。
「平民からの支持を得ましたね」
「……きっと評価ではなく、期待だわ」
期待を裏切らないように、結果を見せ納得させなければ支持は反転して憎悪に変わる。それを忘れてはならない。
「ダリバン嬢、陛下がお待ちです」
裁判所の扉が閉じられた後も、市民の応援の声はしばらく聞こえていた。




