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報酬


「殿下、さすがに学園内ではお控えください」

「以前のように名を呼んでくれたら考えよう」


 放課後の学園内は日中とは打って変わって寂しくなるほどの静けさがある。

 あの日から【王妃の鍵】のありかを思い出すようにと、リュヒテ殿下は細やかに接触して来てくださっている。


 が、新入生としてははっきりと言って大迷惑だ。

 避けても受け入れても周囲へ角が立つに決まっている。


 なので、新生活を脅かさないで欲しいと抗議した結果、リュヒテ殿下が生徒会長を務める生徒会に新入生ながら手伝いとして日参する日々である。


 私が誰の元婚約者であったことなんて、学園に通うほどの子女であったなら周知の事実である。それなのにこんな修羅場な人選に巻き込まれてしまった、他の生徒会の面々に申し訳なさすぎる。


 その可哀想な生徒会役員たちも、先ほどリュヒテ殿下からの王宮シェフが腕を振るった焼き菓子を手土産に帰宅していった。焼き菓子のバターの香りがまだ室内に残っている。


 役員たちは帰宅してしまったが、もちろん我が家の馬車はまだ来ていない。最近はリュヒテ殿下が我が家まで送り届けてくださるので、待てど暮らせど我が家の馬車は来ないのだが。


 昨年の様子が嘘だったかのように、リュヒテ殿下との時間は増えた。

 だが、正直、顔を合わせる時間が増えただけで意味を感じない。


 なぜなら、全く殿下にときめく兆しが無いからである。


 原因の一端はリュヒテ殿下の無表情さにあると私は考えている。

 弟のランドルフ王子に愛想というものを全て吸い取られてしまったのではないか?というほど表情筋が動かない。


 以前から無表情な方だったが、過去の私はむしろそれが良かったのだろう。どうしたらこの不動の表情を変えさせることが出来るのか燃えたものだ。


 だから衝撃的だったのだ。

 ミュリア王女には優しい表情をするのだな、と思って。


 相変わらず、私の前では無表情なままなのだが。


 以前はそこが魅力的だと感じていた、そびえ立つ無表情の壁は要塞のように感じて少し怖い。柔らかい表情も出来ることを知ってしまったらなおさらだ。

 もしかして恋に溺れて盲目的だった私は、この要塞のように進行を拒絶する殿下に勝手に期待して裏切られたと騒いでいたのではないだろうか。そんなの恥ずかしすぎる。


 色々と上手く処理できない気持ちを抱えながらも要塞は私の前に現れる。

 新しい友人と楽しく過ごしているのに現れる要塞。

 食堂に現れては食事量は足りているのかと迫りくる要塞。

 馬車で密室に要塞。


 これでいいのだろうか。


 リュヒテ殿下は王太子としての責任感で、王妃の鍵のありかを思い出すまで付き合うつもりでいるようだ。

 早く殿下を開放してあげたいという気持ちはあるのだが、いかんせん恋心を思い出すにはどうしたらいいのか全くわからなかった。 


 溜息を押し殺しながら書類に視線を落としていると、コツコツと机を叩く音がする。

 音に引き寄せられるように視線をチラリと向ければ、リュヒテ殿下がこちらを手招きしていた。


 全く友好的ではない表情で手招きされても。


 いちいち威圧的なのだから、と今度こそ小さく息を吐きながら立ち上がり、のそのそと殿下の傍まで足を進める。

 促されるまま両手を出せば、カサリと軽い包みを乗せられた。


「……こちらは?」

「報酬だ」


 手の上に乗せたまま動かない私をじっと見て、溜息を落とされた。

 両手がふさがっているのだけれど?と反論する隙もないまま私の手の上で包みが開かれ、素朴な小麦の香りが鼻をくすぐった。

 先ほど生徒会役員たちに振るまわれた菓子からは濃厚なバターの香りがしていたが、私の手の上にあったのは飾りのない素焼きのクッキーだった。


 それを一つつまみ上げた殿下の指は、口元へ運ばれた。

 慣れた仕草にうっかり口を開いてしまった自分に驚きつつ、口に広がる素っ気ないほど香ばしい味に、怖がっていた気持ちも少し柔らかくなる。


 どうやらリュヒテ殿下は私の好みを覚えていたらしい。どうにも私を拒む要塞に見えていたが、全く受け入れられていないわけではないのかもしれない。


「まめまめしいですね」

「協力は惜しまないと言質はとった」


 そうでしたっけ、と思ったことが伝わったのか二個目が口の中へ放り込まれる。


「学園生活は落ち着いたか?」

「思ったより時間に余裕があり驚いています」

「まあ私たちは勉学のためではなく、社交のために集っているからな」


 クッキーの美味しさに上向いていた機嫌が少し落ちた。

 私の変化に気付かないリュヒテ殿下は、三個目を放り込みたいのかこちらをじっと見ていた。


「社交のため、そうですか。……ああもう恥ずかしいです」

「おい、まだあるぞ。私たちしかいないのだから恥ずかしがることなんてない」


 三個目を放り込まれる前に席に戻ろうとしたのだが、リュヒテ殿下が立ち上がって追いかけてきた。クッキーぐらい一人で食べられますから!


「違います。やっと気付きました。わたくし、殿下が先に学園へ入学されてから、お手紙の頻度が落ちていくことが寂しかったのです。お忙しかったのは社交だったのですね……」

「それは……」

「責めてはいません。過去の話ですので。今は寂しくもなんとも思っていませんので安心してください」


 やはり、殿下の連絡が途絶えたのは私のことを忘れてしまっていただけだったのだ!

 リュヒテ殿下もきっと私と同じ気持ちだから、きっと会う時間を作るためにお忙しいのだと思い上がっていた過去の自分が恥ずかしくてたまらない。出来るなら過去の自分に正気に戻れと喝を入れたいほどだ。


「まあそうですよね。優先されるべきものは他にたくさんあります」

「手紙の件は事情があってだな……」


 事情、というわりにはリュヒテ殿下は口を閉じてしまった。話せるはずがないだろう。リュヒテ殿下は王太子で、私はもう王族の婚約者ではないのだから。


 ふぅ、と二人の間に溜息が落ちた。


「……以前の私ならその事情も聞きたかったと思いますが、今は先日お答えした通り、お約束を守ってくださればそれでよいのです」





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