聖者の行進
【王宮襲撃事件並びに外患誘致の嫌疑に関する件につき、王国貴族院特別審問の場への招集を命ずる。
指定の期日に出頭し、真実をもって証言せよ。
なお、正当な理由なく本招集に応じぬ場合、其方に反意ありと見なし、不在のまま審理を進め、相応の裁定を下すものとする。】
雲は高く、天気も良い。
久々に浴びた風は少しだけ肌寒い。
そう感じたのは一瞬で、今はまた箱の中だ。
揺れる馬車の中は、暗色の装いに釣られて空気も沈んでいるようだった。
「マリエッテ様、あまり気を落としませんように。きっと潔白だったと白日の下に晒されるでしょう」
「ええ、そうね」
馬車に同乗する侍女があえて明るく元気づけてくれる。
見ていられないほど気落ちしていると感じさせたようだ。
私は大丈夫。きっと、上手くいく。
そう自分に言い聞かせるように、侍女に微笑みを返した。
変に緊張してしまうのは、馬車が普段とは違う道を走っているからか。
本日、招集された裁判が開かれることとなったのは王宮ではなく、高等裁判所という場所だった。
王太子妃教育や学園で受けた法律に関する授業の中では、調査を経てから審問裁判に至ると習ったが、今回は異例の速さでの裁判となった。
”裁判”とは。王家、教会、そして貴族院が集まり、罪の重さを審議する場である。
通常、裁判所で決まるのは”罪の重さ”だ。
──決して、無罪か有罪かではない。
私が受け取った令状の内容が【真実をもって証言せよ】というものだとしても、裁判所に招集命令を受けたという事実だけで、普通の貴族令嬢であれば向かうべきは修道院だろう。
だけれど、私は逃げるという選択肢は持ち合わせていなかった。
お父様やお兄様が立ち向かっている時に、私だけ修道院に逃げるわけがない。
膝の上で重ねた手を知らずのうちに硬く握りしめた。
招集があったのは私のみ。
お母様は貴族院に所属していないため、参加資格はないとの通達に私たちは抗議したが貴族院の心証を損ねる結果になっただけだった。
『マリエッテ、ごめんなさい。婚約の件も、あなたにばかり我慢させてしまって……』
肩を落とす母は思い出より小さかった。私の腕で抱きしめられるほどに。
お父様たちが王宮に留め置かれた日から今日まで。一瞬のように感じた。
当主代行を担うお母様の補佐に加え、裁判の準備も行わなければならず目の回るような忙しさだった。
何せ私たちは裁判というものは未経験であったし、準備という名の情報戦も不発だった。
周辺警護という名の監視は続いており、外部からの面会や外出もままならなかったためだ。
そんな中、リュヒテ様からは見舞いの花が一度だけ届いた。手紙も何もついていない花が一輪だけ。
優しい香りが、自分のピリピリと余裕をなくしている現状に気付かせてくれた。
──焦れば焦るほど、視界は狭くなる。情報が制限されている今、もがいて余裕をなくすことで何かを見落とす可能性の方が高い。
なんて、偉そうに言われているみたい。くすりと小さく笑ってしまうのも、久しぶりだった。
あの少年騎士が裏口からこっそり持ってきたと聞いたが、それ以降は姿すら見かけなくなった。あの少年騎士が叱られていないといいのだけれど。
ドレスの隠しポケットに触れると、あの花の香りが蘇る。
贈られたのは素敵な花だったし、香りがよかったから。時間もあったことだし、ポプリにしたのだ。ただそれだけの理由だと、誰に聞かれているわけでもない言い訳を繰り返して、暗色のドレスを撫でつける。
きっと裁判ではアントリューズ国王からの手紙の提出を要求されるだろう。魔女に関してどこまで、誰に証言するべきなのか打ち合わせが出来なかった。
でも、私は悲観したりしない。
裁判所に招集されること自体が、貴族にとって不名誉なことかもしれない。
だけれど、裁判で証言する機会を得たのだ。
言いがかりを正式に否定する好機が巡って来たということだ。
──二度と私の大切な人たちが悲しまないように、守るために進む時だ。
その決意を嘲笑うかのように、ガタン!! と、馬車が大きく揺れる。
身体が浮かび、扉に肩を強く打ち付けた。
ヒュッと押し出された息を、痛みでうまく戻せない。
馬車はお構いなしに激しく揺れ、そのたびに頭がぐわんぐわんと振り回される。またどこかにぶつかってしまうかと思った次の瞬間に、侍女が覆いかぶさりようやく視界が固定された。
「大丈夫ですかマリエッテ様!! いったい何が起きたというのですか⁉」
「奇襲です! 伏せていてください。揺れます!」
今までにない侍女と御者の声色が頭の上を飛び交い、ガタガタと激しい揺れと同時に、馬車を囲うように護衛をしていた騎士たちの怒号に身体が固まった。
「そんな、街中なのに……っ」
「落ち着いてください。護衛がいますので、大丈夫ですよ」
その言葉は最悪の方向に裏切られた。
「──馬車に火が!」




