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「騎士様。残念ですが、まだ未確定なのですよね?」
「はい?」
「ダリバン侯爵当主と兄であるアシュバルトには嫌疑がかかった段階だと聞き及んでおります。裁判が済んでいない現段階においては有罪ではございません。なので私たちも、ダリバン侯爵家として協力して差し上げる立場ですのよ」
王家・教会・貴族院が集う裁判に向けて、調査をするためならば文官を招集し正式な記録を残しましょう。
「……もし無罪だと明らかになった時に、罪に問われたくないでしょう?」
脅すような言葉選びになってしまったが、直接的な言葉で説明した甲斐があったようだ。ヴィスケル公爵家の私兵だと思われる騎士が肩を揺らした。
「騎士様を守るためでもあるのです。どうか、ご理解ください」
「……わかりました。まだ早朝なので、これから文官を手配するとなると昼過ぎには調査を開始出来るでしょう。それまであなたたちを監視させていただく」
控えていた騎士たちはそれぞれ受けた指示に従い、王宮へ走る者と邸周辺の監視に当たる者とで散り散りに離れていった。使用人たちも追い立てるように見送りに当たる。
エントランスホールに残ったのは、赤髪の騎士と見慣れた少年騎士だ。
顔見知りの少年騎士はキラキラと輝く瞳でこちらに走り寄る姿が、遊び盛りの子犬のようで可愛らしい。思わず緊張で強張っていた頬が緩みそうだ。
「ではお待ちいただく間、こちらで……騎士様はご朝食は済まされまして?」
「いや、仕事中なので遠慮させていただく」
つれない返事だが、騎士様の表情も柔らかくなっている。どうやらお互い緊張していたらしい。
「セブルス様、ダリバン侯爵家のレーズンクッキーはとても美味しいのですよ。ぜひ一度いただくべきです」
「お前は王宮へ戻れ!」
「ええっ!」
少年騎士は、セブルスと呼ばれた赤髪の騎士の従騎士という立場らしく大層仲が良さそうだ。
「ふふ、また後ほど。出来立てを用意しておきましょう」
「甘やかさないでいただきたい」
「セブルス様が厳しいのですから、わたくしまで厳しくする必要はないかと。申し訳ございません」
そうおどけてみせれば、仕方ないと肩を竦められた。もう先ほどまでの腹を探り合うような空気はここにはない。
「……正直、助かりました。文官を動かすには文官長の許可がいる。殿下の知るところになるでしょう。きっと調査は中止となります」
「あら、本当に見て行ってくださってもかまわないのですけれど」
「……ダリバン嬢は変わられましたね」
王宮では何度か警護にあたらせていただいたことがあるのですよ。と、セブルス様は言った。
懐かしそうに目を細める仕草を見て、そういえばと記憶にひっかかる。
「以前のあなたは年を追うごとに繊細なガラス細工のように変化しているように見えました。何かの拍子に壊れてしまいそうで……見ていられなかった」
護衛騎士によってはかなり近くで対象者を警護することになる。会話も、仕草も目の当たりにすることになるだろう。心の内を見せることはなかったが、第三者の視点から見えるものもあるだろう。
セブルス様の目にはそう見えていたのだと、改めて聞くとなんだか不思議な心地だ。自分自身からは恋愛小説の登場人物のように夢見がちだと思っていたのだけれど。
「変わりました。良い方向に。この勢いで殿下の殻も破ってほしいものです。ははは!」
「なっ」
そばに立っていた家令と目が合えば、静かに頷きが返ってくる。なんだか少し気恥ずかしい。
しばらくの後。からかうような表情が一変し、姿勢を正した。
「……侯爵邸の調査はグレイヴリス公の独断です。あなたにはアントリューズ国との密通、王宮襲撃の容疑がかかっています」
アントリューズ国との一件──傲慢の魔女に関する事件──の首謀者だと嫌疑がかかったのは、私らしい。魔女の件が絡む以上、全く関係ないと言えないのが苦しいところだ。
そして、密通と言われて思い至る件が一つだけあった。
あの傲慢の魔女の足取りに関する手紙のことを言っているのだろうか。
傲慢の魔女の足取りを探していることを知っているのは多くない。
リュヒテ様と、エルシー様と。
「なぜ……」
ローマンだ。
ソフィエル様を連れ出したローマンの横顔が蘇る。
もしかしてローマンがグレイヴリス公爵を動かしたのだろうか。
そんなはずはないと否定するのは、そう思いたいからだろうか。
はっはっ、と呼吸が浅くなる。動揺を隠そうとするのに目の奥が揺れた。
「ダリバン嬢、大丈夫ですか」
「ええ。いえ、なぜそれでお父様が……わたくしが代わりに王宮へ召喚されるべきでしょうに」
「重鎮の侯爵家当主としてはそうでしょうね。あなたの独断だったと片付ければ影響はごくわずかだ。だが、一方で別の見方も出来ます」
静かに、そう語ったセブルス様は、それ以上を語ることはなかった。
その後は私たちの期待通りに騎士たちは引き上げることとなり、代わりに、正式な通知が届いた。
──裁判を行うと。




