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【3/1発売予定】【書籍化】魔女の秘薬-新しい婚約者のためにもう一度「恋をしろ」と、あなたは言う-  作者: コーヒー牛乳
EP.2

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2

 そばに控えていた使用人が息を飲んだ。その音が耳に届くほど、早朝のエントランスは音を無くしていた。

 赤髪の騎士は動揺する使用人たちに目もくれず、じっとこちらを見据えていた。まるで隙を伺う狩人だ。物陰に潜み、静かに気の途切れ目を見逃さないように待っている。


 不安で手を握り込んでも隙ができる。

 喉が震えないように舌を動かしても、視線が泳いでも、瞬き一つも隙になる。全てを監視されているような居心地の悪さに、更に緊張が増していく。


「お、恐れながら、このような状況では十分な対応ができかねます。ここはご猶予を」


 黙ったままの私を庇うように家令が一歩進み出た。

 騎士はちらりとその家令に視線を投げて、私に視線を戻した。失望した、と表情を隠さずに。


「──いいえ。猶予は必要ありません。ぜひご協力させていただくわ」


 思考するより先に言葉が出た。もし私の手に剣があるならば、今が彼の隙だった。

 お嬢様! と、幼い頃の私が木によじ登った時に聞いたような声で家令は叫んだ。


「いけません! 当主不在の中、邸に招き入れるなど……!」


 こちらを見る家令は、記憶のまま。よじ登った木から慌てて私を降ろしに来た時と同じ表情でこちらを見ている。いや、記憶より少し背が縮んだのかも。


 また心配をかけてしまっているようだ、と少し気恥ずかしく固まっていた頬が少し緩む。

 その気の抜けた表情を見た家令は、更に心配を深めたようだ。だが、私の心に巣食っていた心配のモヤは消え去っている。


 攻められていると思うと守らなければと緊張して固まってしまっていた。だけれど、私が今しなければならないのは身を固くして嵐が過ぎるのを待つことではない。助けになるお父様やお兄様、お母様も動けないのだから。


 赤髪の騎士に向き直り、一歩距離を縮める。


「その前に。どのような調査なのか令状を確認したいのだけれど、ご用意はございますの?」

「……それは言えません」

「なッ」


 思った通り、騎士は令状を見せるそぶりすら見せない。

 そもそも、令状があれば家人の許可などいらないのだ。正式に発行された令状さえあれば。


「正式な令状がなければ、ご協力できませんね。残念ですが、お引き取りを」


 言外に、あくまでこちらが拒否したのではないと添えて微笑んだ。準備不足ですね、という指摘が正しく伝わったようで、赤髪の騎士は不愉快そうに口を歪めたまま後ろに控える騎士たちをちらりと見て笑いを堪えるように身を屈めた。


「ご冗談を。むしろ、無実を証明するために協力した方が得策だと思いませんか?」


 次にこちらに向き直ったときには、彼の表情は一変していた。

 彼からは先ほどまでありありと浮かんでいた失望の眼差しは消えて、楽しそうにも見える。

 時間稼ぎをするなだとか、出しゃばるなと押し切られるかと想像していたので、変に緊張してしまう。だって、まるで言外にもっと会話を求められている気がして。


「……どなたにご協力しろとおっしゃられているのか、このままではわかりませんわ。王家がお決めになったことですの?」


 そう質問で返せば、正解だと満足そうに顎を引く。


「貴族院で決まったことですので、従ってもらわなければなりません」

 ──貴族院、と聞いて時が止まる。


「……困ったわ。正式な調査令状がないと、当主不在の中、騎士様を侯爵邸の奥まで招いたと不名誉な噂が立ってしまいます」


 貴族院とは、国王・教会・貴族の三権分立の一つ。三者がお互いを監視、牽制するために存在する貴族による助言機関である。

 公爵・侯爵・伯爵位にある上級貴族から構成されており、現在の貴族院の長はヴィスケル公爵。ソフィエル様の父だったことに気づくまでそう時間はかからなかった。


「それは貴族院を束ねるヴィスケル公爵にも累が及ぶ醜聞になるのではないかと心配で。まさか私怨ではございませんものね」

「もちろん」


 あえて確認するように名指しをすれば、赤髪の騎士は上出来だと口端を歪めた。


「そうですよね、私怨ではないと存じております。ならば正式なお仕事だとお互いに証明するものがあれば安心ですね」

「意地悪をおっしゃらないでください。私も上に言われたことには従わなければならないのですよ」

「ええ。ダリバン侯爵家も後ろ暗いことはございません」


 彼は教えてくれているのだ。ヴィスケル公爵の命で動いていると。

 ヴィスケル公爵の命で来ている彼らが、私たちに情報を知らせてくる意図はなんだろうか。そう微笑みの裏で頭を巡らせる。


 私たちも当主不在のまま、ヴィスケル公爵家の命で動く者を邸の中に入れるわけにはいかない。もしかしたらお互いの利害が一致しているかもしれない。


 彼ら騎士団はあくまでも王家の管轄だ。ヴィスケル公爵が貴族院と、傍系王族の立場の二点で騎士団を私的に動かそうとしているなら。


「では、こうしましょう。調査に入る騎士様と同じ数の文官をご手配いただけますか?」

「……文官、ですか?」


「ええ。我が邸のどこを調査したのか、正式に文書に残しましょう。もし証拠や参考になるものを持ち出すことがあれば、記録に残すのです」

「それは……調査に支障が出るやもしれません」


 騎士様がちらりと振り返った先にいる騎士は、よく見れば隊服が異なる。腕の徽章にはヴィスケル公爵家の家紋が刺繍されている。どうやら私兵も混ざっているらしい。


 それでは、なおさら邸の中を自由に歩かせるわけにはいかない。


 騎士団の面々に視線を滑らせ、最後に赤髪の騎士を見据える。

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