嫌疑と証明
ソフィエル様と距離を置くこととなった日の翌日だろうか。
興奮状態から回復したのか、ソフィエル様からはお詫びの品と、謝罪とまではいかない普段通りの手紙が届いた。だが、今回は儀礼通りの返事を送って対応は完了とした。
学園でも熱心に話しかけられはするが、公平な対応を心がけた。長居はしない。
わざわざ拒否する必要もないが、必要以上に関わろうとしなければいいだけだった。
距離を詰められれば同じ分だけ距離をとる私に、ソフィエル様はひどいと泣いていた。だが慰める係は元から私だけではない。
こうして精神的に距離を置くことを念頭に置いて過ごした。
ソフィエル様と知り合う前の生活に戻るだけでよかった。
こうして穏やかな日常に戻り、粛々と解放される日を待つだけだと考えていた。
私はソフィエル様を見くびっていたのだ。
感情的で思慮も浅く、まだ幼稚なのだと。
もし何か大きな行動に移すとしても、父親であるグレイヴリス公爵は政治の局面を見て行動する人だ。きっと娘を諫めるに違いない。
私のダリバン侯爵家とは反目し合う派閥であっても、歩む道や価値観が異なるだけで最終目的は同じく国の安寧なのだろうと見積もっていた。
私はどこまでも世間知らずな、ただの貴族の娘だったのだ。
「──お父様とお兄様が、捕縛された、ですって?」
私たちに一報が知らされたのは、朝食の席だった。
しばらく王宮に詰めると言っていたお父様とお兄様の様子を聞いた。きっとすぐ顔を見られると疑いもしていなかった。
青天の霹靂とも言える一報を聞いたお母様はその場で気を失い、私はお兄様からの手紙に目を走らせるが上手く飲み込めなくて何度も目を走らせていた。
急ぎ事情を聞くために王宮へ登城の申請を出すが、嫌疑がかかったままでは許可できないという知らせだけが返ってくるだけだった。
事実上の謹慎処分だった。
恐らく事情を一番把握しているであろうリュヒテ様やローマンからの連絡もなく、王宮の中でどのようなことが起きているのか事態を把握することもできず眠れない夜が明ける。
たびたび夜中にダタダタと幾人もの足音が廊下を駆け抜けているような音が聞こえたような気がして、扉に耳を寄せては勘違いだったかと落胆した。
そういえば、幼い頃にお父様から沈む船から脱出する鼠の行列のおとぎ話を聞かせてもらったことを思い出していた。手から溢れてから、その思い出のきらめきに気づくのだ。
お父様やお兄様は無事だろうか。食事はとれているだろうか。身体は休められているだろうか。
そんなことが頭の中を駆け巡り、食欲も湧かない翌朝。
お母様は眩暈が止まらないということで、起き上がることも厳しいとの知らせを聞き様子を見に行こうと立ち上がると同時だった。
ダリバン家に昔から仕える家令の一人があわてて食堂に滑り込んで来た音で、出口のない思考から現実へと戻る。
「何事なの?」
「無作法を、大変失礼いたしました。……どうやら、騎士団の訪問のようです」
父も兄も、当主代理となるはずの母も不在となった今の状況での歓迎できない来客の知らせが届いた時。私も一緒に気絶出来ればよかったのだが、頭の奥は冷えるばかりだった。
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エントランスホールに立っていたのは、王宮でよく見かける隊服を身にまとった赤髪の騎士だった。それも隊長職にある資格の飾緒がついていた。彼の背後には、一時期リュヒテ様からの花束を送り届けてくれていた少年騎士が心配そうにこちらを見ていた。
一瞬、リュヒテ様からの伝令かと思い過ぎるが、赤髪騎士の視線の鋭さに違うと察する。
彼らと対峙し、足止めをしていた執事が心配そうにこちらを見た。
ダリバン家に仕える彼らは私が幼い頃から知っている。お父様やお兄様、お母様の代わりになれるのか心配なのだろう。
赤髪騎士はやっと顔を出した私に気づくと、ジロジロと検分するような視線を投げた。その相手を軽んじるような視線に、家令がピクリと反応したことが見えた。私を守ろうとしてくれているのだと、少しだけくすぐったくなる。
彼らは貴族の子弟から構成される騎士団員だった。即ち、その視線がどういう意味に捉えられるものか理解した上での行為ともなれば、きっとこちらを苛立たせることが目的だろう。
お父様たちが捕縛された翌朝、それも早朝にやってきた騎士団が友好的なはずがない。
王宮からの続報を期待して、縋るような気持ちに見切りをつけた。
小さく息を吐き出して、背筋を立てる。生憎と、値踏みされるような視線には慣れていた。
不躾な視線を跳ね返すように、あえてゆっくりとした動作を意識する。
近づくにつれ、赤髪騎士の訝しげに眇められた目元に既視感を覚えた。王宮内で、もっと近くで見かけたことがあるかもしれない。
「これはこれは。早朝からご挨拶できるとは光栄です……ダリバン嬢」
「ごきげんよう。ずいぶんと急なご訪問ですこと。ただ今、お父様は不在ですのでお招きできず残念ですわ」
「はは、お父上は王宮にいますのでご安心を。私は調査に参ったのです。ダリバン侯爵邸の全てを」
──我々に許可をいただいても?
赤髪の騎士は、朝食のメニューを読み上げるかのように軽い口調で言った。




