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過激表現が含まれます。


「傲慢の魔女に代わって、七人目の魔女になる方法を」

「マリエッテ!」


 苦しそうに顔を歪めるリュヒテ様を見る。


 きっと、私が魔女の代わりになり得ると気付いたのは自分だけではない。

 リュヒテ様もローマンも、気付いた上で逃げろと言っているのだ。


 その優しさに甘えられる訳が無い。


「二人とも、ありがとう。でも、自己犠牲だとか善意からじゃないここで逃げてしまえば、自分のことを嫌いになってしまうから。自分のために、そうするの」


 納得できない、とリュヒテ様は頭を振る。

 いまだ私を抱えるローマンを見れば、複雑な色が混じる視線が絡む。そして、ゆっくりと下され地に足が着く。


「ローマン!お前まで」


 ローマンの行動に少なからず驚いているのは私もだ。

 戸惑いがちに伸ばされた指先が、顔にかかっていた髪を払った。その指先が震えていると気付いたのは私だけだろう。


「正直、どうするべきか迷っている。代われるなら迷わないのに」

「ローマン……いつも私の背中を押してくれて、ありがとう」


 その指先が離れ、固く握られた。


「──私に代わって?!調子に乗るな!お前のその目、気に入らなかったんだ!私を馬鹿にして!抉りだしてリュヒテに飲ませてやる!あんたから奪ってやる!何もかもだ!」


 怒号と同時に黒い蔦が床を割り壁を駆け上がっていく。

 先ほどまでとは比べ物にならない蔦の数が一斉にこちらに向かってくる。


 だが、その蔦は私たちを襲う前にぼろりと崩れていく。


 黒い蔦は劣化した壁のように剥がれ落ち、砂となって風に舞っていく。

 それは、貴族たちを縛り上げていた蔦も同様だった。

 ピクリとも動かなかった、贄のようだった貴族たちが支えを失くし倒れていくではないか。


 砂嵐のようになった中心では、<傲慢の魔女>の赤毛が色褪せて枯葉のように乾いていく。真珠のような肌は土色になっていく。


「あああああああああああああ」


  黒い靄の中から見えたのは、ミュリア王女としての出自の格を表す豪奢な水色のドレス。それを身にまとった、老婆だった。

 いや、老婆だと思ったものが洞の空いた枯れ木となっていく。


 あまりにも現実離れした光景に、誰も言葉を発せない。


「いやぁあああ!崩れちゃう!!止めて!止めなさいよ!」


「ま、魔女が、魔女の身体が崩れていくわ。どうなってしまうの?」

「魔女は不死身じゃない。身体は老いて朽ちていく。それを魔法で保つことが出来なくなったら、魔女は死ぬ」


 エルシー様は焦ったように早口で説明すると、私の腕を抱きこんだ。それは彼女の、行くなと引き留める仕草だ。


「え、でも、死んでしまったら……魔女が欠けたら……!エルシー様、早く教えてください。七人目の魔女になる方法を!」


 いやだいやだと駄々をこねるように頭を振る仕草は、リュヒテ様と似ている。誰が何と言おうとも、エルシー様は私たちの妹姫だった。


 それがわかれば、怖いことなど何も無い。


「大丈夫です。私は変わりません」


 そう伝えれば、腕にしがみつく力がわずかに緩まった。


「……マリエッテお姉様。人間で居たかったら、触れてはだめ」


 エルシー様の言葉に弾かれるように、身体は動いていた。


「行くな!」


 引き留める声も、砂嵐の中では聞こえない。

 目を開けていれば、砂が入ってしまうだろう。ローマンにかけてもらったマントをかぶりながら叫ぶ魔女へと駆け寄る。


 もう身体のほとんどを砂に変えた魔女がいる。

 洞が、私の方を見た気がした。


「私ではだめなのね」


 それが最期の言葉だった。


 黒も何も無い、凪いだ言葉に戸惑う。

 魔女は黒に飲み込まれていて。だから殺すと、代わりに私が魔女になるしかないと思った。それなのに、最期は。


 本当でこれでよかったのかと戸惑う気持ちとは裏腹に、もう言葉は続かない。

 目の位置にあった洞から涙が零れ落ちたような気がして、思わず手を伸ばした。


 なぜだかわからない。

 本当の魔女は、黒に飲み込まれる前の魔女はとても聡い人だったのではないかと。折れてしまいそうなほど繊細な人だったのではと思って。

 その伸ばした手は、彼女の救いにはならず。ただ砂に沈んでいった。


 その伸ばした手を握られ、驚きに目を見張る。


「終わったか?」

「わからない」

「魔女は死んだのか?どれぐらいもつ!」


 私が驚いていたのは、繋がれた手の隙間から砂が昇っていく様子に、だった。


 焦った表情の二人の視線も、ゆっくりと上へ上へと昇っていく。


 砂がきらりと輝きながら昇っていく。

 なんて静かな葬送だろうか。

 魔女の死は、無に還ることなのだろう。


「<傲慢の魔女>の一番の欲は、魔法への執念だったんだね」


 それを忘れてしまった魔女は、身体を保てなかったのだ。


「──七人目、おめでとうマリエッテお姉様」


 きらきらと瞬きながら昇る砂を星のように輝かせていたのは、朝日だった。


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