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狂ったように笑う声に取り囲まれる。頭の中をあの赤い爪で掻き混ぜられているようだ。
笑い声はリュヒテ様に甘えるミュリア王女のようにも聞こえるし、枯れ枝が軋む音にも、皿をカトラリーで引っ掻く音にも聞こえる。
その笑い声が、徐々にうめき声に変わっていくのはなぜか。
苦しいのだ。身の内が膨れるような感覚と、頭の中を書き換えられるような痛み。
私も、その苦しみを知っている。
<傲慢の魔女>の力に呼応するように、全てを巻き込むように渦を巻く風が強くなる。
力が増しているのだ、不思議とそう理解してしまった。
忘れかけていた記憶が呼び起こされる。
私が魔女の秘薬を飲んだ後に襲ったのは激しい苦しみだった。
その苦しさから頭の中を占めていた悪い妄想に成り代わって、ただ肉体的な苦しみだけに支配された。それはあの時の私の救いだった。
もしかしたら、<傲慢の魔女>も。魔女の秘薬によって黒を抑え込めるのではと期待してしまう。そうであってほしい。他力本願にも、そう願っていた。
そんな期待も霧散する。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!何よこの痛み!ありえない、ありえないッ!」
「器を急速に成長させるんだ、苦痛があるに決まっている。マリエッテお姉様は耐えられたのに、魔女の中で一番を誇る<傲慢の魔女>が耐えられないはずがない」
「ッッ、今に見てなさい。後でお前たちも同じ痛みを味わわせてやるから!!」
痛みに耐えるように流される呪詛に、最悪の結末が近づいていることを思い知らされる。
<傲慢の魔女>から悪意が消えることは無い。
もう黒が消えることは無いのだ。
ぐんぐんと力を増していく風は、崩れた壁もシャンデリアの残骸も全てを巻き上げていく。
女王陛下に頭を垂れる様に伏したまま捕らえられていたリュヒテ様とローマンが、舞い上がった瓦礫に押し出されるように弾き飛ばされた。それをエルシー様が薄緑の光で引き寄せる。
思わず手を伸ばせば、逆に強い力で引き寄せられてしまった。
大きく傾いた身体が、リュヒテ様の胸へと引き込まれる。
「マリエッテ、エルシー!無事か!」
「飛来物に巻き込まれないように、あちらへ」
先程まで捕らえられていた側だというのに、自分の身より私たちのことばかり。こちらだって、怪我は無いかだとか聞きたいことが山ほどあるのに。近距離で顔をまじまじと覗かれると居心地が悪く、ローマンにかけられたマントの中に顔を隠した。
そのまま避難するように促されるが、残念ながらそれには従えない。
「だめ。行けないわ」
「魔女が復活する前に逃げなければ」
「いいえ、まだよ。魔女を殺すか、国を引き渡すか決めるの」
「っ、どちらにしてもマリエッテは逃げろ!ローマン、頼む。マリエッテを国外に!」
肩に置かれていた手が、リュヒテ様に遠慮のない力で掴まれる。
その痛みのなんと尊いことか。
「いいえ。私は、逃げない」
「馬鹿か!もう自己犠牲はやめろ!そんなの何も、誰も幸せになんてなりはしない!」
初めて浴びせられる怒鳴り声に無意識に肩を竦ませると、ふわりと足元が浮く。ローマンが私を抱き上げたのだ。
「マリエッテの不幸の上にある幸せなんて、要らないよ。俺も、リュヒテも」
静かに落とされた優しい声には、怒りが滲んでいる。
だが、疎まれようが怒鳴られようが。私にしか出来ないことがある。
魔女の素質がある娘が、王族の婚約者となること。
魔女の秘薬は、魔女としての試験薬ということ。
王妃は次の魔女候補ということ。
「──私にしか出来ないことがあるから」
視線をエルシー様に流せば、悲しそうに視線を逸らされた。
「……マリエッテお姉様、でも、もう少し時間があれば……何か他に方法があるはずで!」
「エルシー様、覚悟は出来ました。方法を教えてください」
私を抱えるローマンの腕の縛りが、強くなる。それが、行くなと言っているようで。
「<傲慢の魔女>に代わって、七人目の魔女になる方法を」




