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自然と視線が吸い寄せられるのは、待っていたからだろうか。
太陽の下、キラキラと輝く金の髪は今日は夜を照らす月のように輝いて見えた。
リュヒテ様は華やかな盛装を身にまとい、胸に白い花のコサージュを差している。
一歩、また一歩とこちらに近づいてくるたびに、私と同じように会場の一角に集められたデビュタントを待つ令嬢たちの空気が華やいだ。
こんなところで声をかけられても変な噂を加速させるだけだ。
こちらに向かってくるリュヒテ様はいつも通りの無表情だというのに、瞳だけがその場から動くなと命令しているようで。先ほどまでとは違う意味で足が固まってしまう。
思わず、どうしようと助けを求めてローマンを見上げる。
やれやれとローマンはするりとリュヒテ様の視線の間に立ち、進行方向を変えた。
え?え?
動くなと言われていた気になっていたため、移動して良いものかと動揺しながら大人しくついていく。進行方向にある窓際に立つ騎士がチラリとこちらを確認して、テラスへ続く扉を開けた。
流れるようなやりとりに動揺しているのは私だけのようで、なんだかそれがとても恥ずかしい。
その恥ずかしさで火照っていたのか、会場の熱気に当てられていたのか。外の風が優しく頬を撫でた。
くぐったガラスの扉を隠すカーテンは下され、刺すような視線は遮られた。
「もし視線が気になるようだったら休めるようにと、ここは開けておいてもらったんだ。出番まで休もうか。友人たちとは挨拶できなくなってしまうけれど」
「え、あ、ありがとう……助かったわ。さすがローマンね」
たった一年だけだというのに、先に社交の場に出るようになったローマンの気遣いに驚く。
尊敬の眼差しを向ければ、なぜかさらに心配だというように眉間の皺を深くした。
そのローマンの背中の向こうで、バサリとカーテンがはためく音が聞こえたが彼の身体に視線の先を隠されて見えない。
「──ローマン」
周囲を囲まれるほどひっきりなしに挨拶を受けていた人物が、まさか追って来るとは。
舞踏会の雰囲気とは反対に沈むほど低く響いた声に、ローマンはからかうような表情で振り向いた。
「怒るなよ。あの場で名前を呼ぶから逃げるしかなかっただけだし、ここにいると合図を送っただろう?」
「随分と準備が良い。テラスで二人きりになっているところを周囲に見せつけるつもりだったんだろう」
二人きり、という状況が周囲にどう受け取られるかは社交デビュー前の私でも知っている。
知っているが、厳密には二人きりでも密室でもないし……お兄様からエスコート役を引き継いだローマンがそんな裏工作をするはずがない。そう結論付け、とくに危機感を持ってはいなかった。
誤解よね?そう信頼を込めて、私をここまで連れてきてくれた彼を見上げる。
「そうなの?」
「……マリエッテ、そんな可愛い顔で他の男について行ってはダメだからね」
否定をしない。つまり、そう見られてもよかったということである。
なんてことだ。うっかり外堀が埋まるところだった。しかも、この状況を助けてくれたのがリュヒテ様とは。
舞踏会の作法や注意事項を知識として知っていても、実際に渦中にいるのとでは全く異なる。お兄様の隣から離れるのは早かった、と頭を抱えていると。髪が一束クイッと引かれる。
「何事もなければ、エスコートするのは私だったのに」
「そんな恨めしそうにされても困ります」
私の指摘が図星だったのか、更に視線が険しくなった。
「マリエッテのデビュタント姿を見せてくれないか」
そんなに睨まなくても……。
不承不承ながらその場でゆっくりと回るが、リュヒテ様は目を細めるだけで何も言わない。
明るい会場の熱が風で少し落ち着いたからだろうか。なんだかどんどん心細くなっていく。
白いドレスをつまんでみたり、撫でてみる。
これはリュヒテ様から贈られたドレスだ。
トルソーにかかるドレスは朝露に濡れた花弁のようでとても美しかった。でも、実際に着用してみたらドレスに負けてしまっているだとか、がっかりさせてしまっただろうか。
「……似合ってない、でしょうか」
「似合っているに決まってるだろう」
本当にそう思っているのか疑わしい。
リュヒテ様は表情の変化が乏しいというか、隠しているというか。
私の疑うような視線に何か思うところでもあったのか、リュヒテ様はパチパチと数度瞬き「あぁ、そうだった。思っているだけではいけないな」と自嘲気味に口端を歪ませた。
ドレスを撫でていた手に熱が重なった。
「誰にも見せたくないな、と。そう思ったんだ」
持ち上げられた手に落とされたキスの先で、リュヒテ様の瞳がこちらをじっと見ていた。
落ち着いたと思っていた熱が逆流してくるようだった。
その視線に居たたまれなくなる。
「……そ、れは、見せられるものじゃないって意味?」
「ああ、このまま攫って閉じ込めておきたいよ」
つい可愛げのないことを口にしたのに、さらりと流されて子どもっぽい反応をしてしまったと更に恥ずかしくなる。
「も、もう!」
次の言葉は鎧がこすれる音で飲み込まれた。
何の音か確認する前に手を引かれ、二人の背に隠される。
「──おやおや、先客かな」
父と同じような年代の紳士の声だと思って、いや違うと考えを消す。
リュヒテ様の姿を知らない貴族はこの舞踏会に招かれないし、ましてや親し気に話しかける様子から思い当たる人物に思い至り息をのむ。
アントリューズ国王、その人だ。