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失くしたモノ


「浮かない顔だな」

「……ローマン。来ると思った」


 どれほど考え込んでいたのか、紅茶はすっかり冷めきっていた。


 『──私の隣に立つのはマリエッテでしか有り得ない』

 リュヒテ殿下の熱の籠った瞳が、私を見ていた。

 包まれていた熱は既に無く、この紅茶のように冷めてしまっている。


 消化しきれないものを何度も反芻しているところに、やはりローマンがやってきた。先程まで何があったのか把握しているような顔で。


 先ほどまで私を抱きしめていたリュヒテ殿下は、結局ミュリア王女の下へと戻っていった。私は一人、お兄様の迎えを王宮の一室で待っている。どうやら立て込んでいるようで少し時間がかかるとのことだったが、落ち着くために丁度良い時間だった。


 そこに予想通りの人物がやってくる。


「なんだ、そうやって落ち込んだ顔をすれば俺が来ると思っていたのか?可愛いところがあるじゃないか」

「なにその言い方。だって、ローマンはいつもそうじゃない」


 からかうように笑いかけてくれるローマンにほっとして、強張っていた肩から力が抜けていく。


 ローマンも父親である現宰相の補佐のため王宮に日参していると思っていたが、今回のアントリューズ国との件でも対応に奔走していたのだろう。


 つまり、私だけ蚊帳の外だったわけだ。


 きっとお兄様も、お父様も知っていたのだろう。

 王太子妃教育なんて言っても、こうした内政については知らされないのだから虚しいものだ。


 言えないことを無理に言う必要は無いが、一言でも相談してほしかったと憤る気持ちはある。しかし当時の私は相談されれば納得できただろうか。戸惑う気持ちが交互に出ては混ざっていく。


 こんな時に救世主のように現れるのはいつだってローマンだった。


 母の友人であるエスピオン公爵夫人との繋がりで、物心つく以前からローマンは兄の友人として家に遊びに来ていた。


 お兄様にいじわるされてもローマンはいつも優しくて、実は本当の兄はローマンだと思っていた時期がある。


 そういえばリュヒテ様のお茶会で泣き出してしまった令嬢のフォローへ進み出たのも、ローマンだった。


 あの時は優しい担当の兄を取られたようでおもしろくなかったが、私もローマンの真似をしてリュヒテ殿下を助けに行こうと思い立ったのだ。


 懐かしい思い出に少し泣きたくなってくる。


「……ローマンはいつもリュヒテ様のフォローばっかり」

「じゃあ今回もリュヒテのことで落ち込んでるんだな」


 今日の彼は少し意地悪だ。 

 悩み事を言い当てられて、つい顔をプイとそむけてしまった。そして失態だったと気恥ずかしくなる。幼子のようじゃないか。


 一人で顔を赤くしたり、更に落ち込んでみても彼からは反応が無い。

 いつもだったら軽く笑ってくれるローマンは、今日に限ってにこりともしなかった。


 その様子になんだか不安になってしまう。


 顔を傾げローマンの表情をよく見ようとすれば、手が伸びてくる。

 そのまま私の肩からすべり落ちた髪を一房だけ、花を手折るように握られた。


 髪に何をするのか視線で追い、一点でピタリと止まる。

 いつから注がれていたのだろう。

 息まで呑み込まれそうなほど強い瞳に、動けなかった。


 それは優しい兄のような表情でも、しかたないと慰めてくれるものでも無い。

 初めて見る表情だった。


 息が自然と浅くなる。


 怒っているようにも、挑むようにも見える。


「──それはおもしろくない」


 そう呟いて、私の髪に口づけを落とした。


 髪に血が通っているわけもないのに、熱が逆流する。ローマンの唇から髪を通って、私まで。


 幼馴染は、こんなことをする人ではなかった。

 いつものなんてことない手や頬に触れるキスより恭しく、親しみなんてない様子で。


 この髪に落とされたキスは、最も自分の内側を触られたような心地がした。


「ローマンたら、なんだか最近変よ……」


 声が震えてしまう。

 動揺を見せないように視線を逸らした。


 それを追いかけるように、また二人の距離が縮まった。


 長椅子に乗り上げるように距離を詰めるローマンは捕食者だ。


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― 新着の感想 ―
うーん、これ普通この手の話だとローマンとくっつくのが定番だけどそれもなんか安易な気がする…… 殿下と元サヤにはならないまでもミュリアの糞には泣きを見て欲しいし、王太子としての務めに追い込まれてた殿下が…
ローマンがいいよ。ローマンにしようよ(迫真) 殿下に悪気がなかったのはわかるけど、圧倒的に言葉が足りない。そしてマリエッテに甘え過ぎ。これについては家族も同罪。 ミュリア王女とくっつくのは流石に気…
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