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後悔 -リュヒテ-


 ──あの日を境に、マリエッテは変わってしまった。


 最初の印象は「しつこい子ども」だった。


 母親に連れられた幼い子どもを集めた茶会は、何度か季節の折に開催された。

 派閥や宮廷での力関係を考慮して招待客が変わる茶会だ。


 後になってそれが側近や婚約者選びの茶会だったと知った。


 よく躾けられた令息たちが集まり、決まった挨拶をやり遂げる。そうすると目の前の私では無く、自身の親の方をちらりと見る。


 私も同様、この場は教師から教わった通りのことが出来るかの発表の場だと考えていた。


 物心がつく頃には私は王太子となり、いずれ父王のような国王になるのだと言い聞かされてきた。


『王太子として恥ずかしいと思いませんか』

『王太子としての責任がございます』

『王太子として』


 そういうものかと嫌は無かった。

 疑問に思った事もない。


 努力するのも当然であれば、ましてや窮屈さを感じることも無かったのは“自由”を知らぬ籠の中の鳥と同じだった。


 自分の意志で王太子として規律正しく人徳のあるように振舞っているのか、周囲につくられた意志なのか考えもしなかった。


 だが、こうして茶会を重ねるごとに想定内のことばかりで馬鹿らしく感じてきていたのも事実だった。


 その日も変わらず、先に聞いていた通り有力な家門の娘が進み出てきた。

 この令嬢は産まれた時から王太子妃になるため厳しく育てられたという。

 ある意味、自分と同じだなと会う前から少し期待していた。 


 教科書通りの挨拶を交わし、定型の質問を重ねる。返答も想定内。令嬢は私では無く、離れたところに座る厳しい顔つきの老女を見ていた。


 こちらをじとりと突き刺すように監視する老女は、罰を与える隙を今か今かと待つ蛇のようだった。

 老女がカップを戻すたび、令嬢は怯えたように手を震わせる。


 お互い、自分の言葉は無い。

 これはまるで芝居だ。


 そんな決まりきったやり取りが突然、途切れた。


 もうどんな失敗だったのか記憶にないが、芝居を外れればその令嬢はどんな叱責を受けるか想像に難くない。


 そこで私は気付いた。

 今、鳥籠の扉は開いているのではないかと。


 目の前の震える令嬢への労わりや、怯える未来の婚約者を守る正義感からの行動ではなく。


 私は想定外のその先に何があるのか見たくなったのだ。



 ******


「──殿下、なぜお茶会で暴れたのですか?」


 弾む幼い声が私に向けられた。

 私を覗き込む丸いアメジストのような瞳が好奇心を抑えられていない。


 その瞳が、真っ直ぐこちらを見ていて。

 初めて、自分自身に話しかけられたような不思議な心地がした。




 ──完璧に仕上げられていた茶会を壊した。

 私が座るテーブルには王妃である母が気に入っていた花が飾られていた。

 白いテーブルクロスが日の光を柔らかくひろい、会場を明るく仕上げていた。

 

 鳥籠の外には、何も無かった。


 花瓶は割れ、曲がった花が散らばり

 白いテーブルクロスはしわくちゃになって地面に落ちた。

 こちらをやっと見た令嬢は、バケモノでも見るような視線を投げた。


 自分と同じだと期待していた令嬢から向けられた視線に、少なからず私は傷ついていたのかもしれない。


 それよりも、芝居から外れてみても何も変わらないことに失望していた。


 そばにいた幼馴染のローマンが間に入ってくれ、この場を任せて先に居室へ戻ることにした。


 私の周囲を固める護衛騎士や従僕は腫れ物に触るような態度で、どうしたものかと戸惑う視線すら鬱陶しいと感じていた時だった。


 バケモノに興味津々といった様子の娘が、そわそわと落ち着きなく頭を傾げた。


「……誰だ」

「マリエッテです」


 だから、誰なんだ。


 警戒心を隠すことなくチラリと護衛騎士を見上げれば、ダリバン侯爵の娘だと言う。


 ダリバン侯の嫡男は側近候補に名があったが、妹には声をかける予定は無かった。


 なので、無視をした。

 なのに居室までの帰り道、ずっと話しかけられるとは思わなかった。


「なぜですか?何か怖いことでもあったのですか?」

「……」

「お兄様もテーブルに乗った虫に驚いて、カップを割ってしまったことがあるのです。そのカップはお庭に埋めてしまいました。内緒ですよ」

「……」

「わたくしは強い子なので殿下を虫から守ってさしあげます。ですので、元気を出してください。みなさま、殿下のことが大好きなので怒っていませんよ」


 なぜか励まされ、腫れ物を見るような目をしていた護衛騎士も侍従も、最後は笑いを堪えていたのが腹立たしかった。


 マリエッテは次の日も次の日も、約束も無いのに現れた。


 マリエッテの他にも私の周りにこうして現れる子息令嬢はいるが、みな判を押したように王族に阿ることしか言わない。私を通り越し王族に気に入られることだけが目的なので、上辺だけのことを述べ不興を買う前に退散するのだ。


 だが、マリエッテは何がおもしろいのか様々なことを話していく。


 父親であるダリバン侯爵は貿易省の要職に就いている関係で、様々な国の土産を持ち帰って来るらしい。将来は自分も父のように珍しい玩具を海を越え山を超え魔女と力を合わせて番族をなぎ倒し……この部分は恐らく、嘘だろう。護衛達が微笑ましいものを見るような顔をしていた。


「きっとよその国には見たこともない虫もいるのでしょうね。あっ!ご安心ください。わたくし、強い子なので」

「……」


 このように何かと機嫌良く話しては無視をされ、それでも気にせず自分のことを話して最後は満足して帰っていく。


 二週間近くしつこく追われ続け、根負けして返事をしそうになった頃合いだった。


 その日も朝摘みの花を持参したと、マリエッテは元気よくやって来た。


 きゃらきゃらと転がるような笑い声や、好奇心でくるくると変わる瞳、わかりやすい表情が不思議と嫌では無かった。


 無視していたはずなのに、いつから彼女を観察するようになったのか覚えていない。

 見ていたからこそ、きらきらと生き生きと輝く彼女の瞳が恐怖に変わるのに気付いた。


「殿下!」


 自分をかばうように小さな手が向かってくる。

 その手を見上げて、羽音に気付く。


「蜂か」


 咄嗟にその手を掴み身体ごと後ろに引くが、今度は頭を抱きこまれてしまった。


「大丈夫です。わたくし、虫なんて。怖くありません。殿下を守ります」


 そう言ったマリエッテの顔は強張っていて、眉尻が情けなく下がっている。今にも泣きそうになっているくせに、意味不明だ。


 ブンと音が近くなったり遠くなるたび「ヒッ」と震えるマリエッテは、本気で年上の私を守ろうとしているらしい。


 なんなんだ。この子は。


 そうこうしているうちに護衛騎士と侍従の手によって暴漢である蜂は捕らえられた。


 もう私を守るというより、しがみついている状態のマリエッテの腕にトントンと合図を送ればギギギと音がしそうな調子で腕が離れていく。


「も、もう大丈夫ですよ!危機は去りました!」


 その顔は泣き顔なのに無理に笑おうとしていて、変に歪んでいた。

 こんな顔の令嬢は今まで見たことがない。


 おかしくて、つい声を出して笑ってしまった。

 なぜ笑われたのかわからないといった様子のマリエッテの顔を見て、止まらなくなった。


 涙が滲むほど笑ったのは、いつぶりか。


「……マリエッテ、私は虫嫌いではないよ」

「えっ!そうなのですか!?」


 自分の出番が無いとしょぼくれる顔も可愛くて仕方がない。


「あー、そうだな、強いて言えば蛇が苦手かもしれない」

「おまかせください。蛇なんて丸めてポイです」


 取り繕っていないボロボロの髪に、ドレスは土で汚れ、朝摘みの花束は折れ踏みつけられた花弁は土色だ。でも、それなのに泣いたり笑ったりしているマリエッテは眩しくて、強烈に美しく映った。


「こんなにドレスを汚してしまっては叱られてしまうな」

「大丈夫です!お父様もお母様もお兄様も怒りません。みんな私のことが大好きなので」

「……大好きな娘だからこそ、危険なことはしてほしくないのではないかな」


 得意げな顔で胸を叩くマリエッテだが、さすがに叱られるだろう。だから私から経緯を説明すると申し出たのだが、どうやらダリバン侯爵家ではそうらしい。


「家族は私がやりたいことを認めて応援してくださるのです」


 あぁ、この子は自由な空を飛ぶ鳥だ。空を飛ぶから眩しく感じるのだ。


「……上手くいかなくても、失敗しても、マリエッテの家族は悲しまないのか?」

「チッチッチ。うまくいかなくても、それは失敗じゃないんですよ。失敗は何もしなかったことです。一歩足を出したら大成功、勇者の一歩です」


 マリエッテが隣にいたら、籠の外も色づくのだろう。


「今回は虫を退治したので、とっても褒めてくださるはずです。これは勝利の証なのですよ」

「ははは。では、私からもマリエッテの雄姿をダリバン侯爵に伝えねばならないね」


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