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 ビクリと身体を固くするも低く潜められた声色に、あぁと納得する。


「今、極秘で”魔女”について調べている。返却してもらった箱や瓶に残留していた成分や、母上がどうやってその薬を手に入れたのか諸々……謎ばかりだ」


 あの魔女の秘薬が入っていた箱や瓶の他に何か無いかと自室や持ち物を探したが、とくに知らないものは出てきていない。一応、今まで王妃様から譲り受けた贈り物やドレス類は王宮へ送り調べてもらっている。


 家族には数日遅れて私が王妃の鍵を受け取った可能性があると伝わっており、父と兄に至っては静観する様子だった。


 王宮でどんな話し合いがあったのかは不明だが、婚約白紙の件であまりの仕打ちだと息まいていた二人が突然本件に関しては口を閉ざしたのが不思議だ。


「ご迷惑をおかけします。……早く、思い出しますので」


 釣られて私も声を絞って返事をする。

 今はごちゃごちゃと考えるよりも、早く王妃の鍵を探し出し、問題を解決するべきだ。


 そうすれば、私は二人に構われず過ごせるし、二人は私に構う必要もないのだから。


 ──『愛し合う私達を引き離そうだなんて、そんなひどいことをなさるはずがないわよね』


 王女の声が頭の中でこだまする。

 解決すれば、そんな”汚名”をかぶることもないのだから。


 私とミュリア王女は本来、無関係なのだ。

 ミュリア王女とリュヒテ殿下の間で不安を解消すればよい。


「いや、焦らなくてもいい」

「っ時間をかけるほど、ミュリア王女に不誠実じゃない。私と同じようにするつもり?」


 っと、つい責めるようなことを言ってしまった口を押さえる。


「申し訳ございません。差出口でしたわ」

「いや、詳しく聞かせて。口調も今まで通り、その方が良い」


 おずおずとうかがい見るが、本当に気分を害した様子も無い。確かに、ここには二人だけだし、口調が崩れても誰に咎められるものでもない。それに、もう”王太子の婚約者”ではないのだし。


「王女は不安がっているし、私は『愛する二人を引き離す悪女』と呼ばれているわ」


 実際、先に学園に入学していたミュリア王女の方が味方が多いように感じる。前回の中庭の件では王女の影響力を見せつけられた。


「あぁ、そういえばマリエッテがミュリアに嫌がらせをしていると聞いたな。『王妃の鍵を隠し持っている』だとか、『ミュリア王女に嫉妬してやりたい放題だ』とか」


 リュヒテ殿下はハッと軽く笑いながら、思い出したようにそう言った。

 私が、王女に嫌がらせをしている……?

 

「そんな……嫌がらせなんて、してないわ」


 あぁ、出遅れたのだ。

 悔しさで絞るような声が出る。そのまま締まってしまいそうな息苦しさを感じて、喉に手を当てるが逆に指先の冷たさに驚いてしまう。


 もちろん嫌がらせなんてしていないし、むしろ被害を受けているのはこちらだ。


 たしかにここ最近の”偶然の事故”がミュリア王女主導のものとは決まっていない。

 ミュリア王女の周囲にいる人物が気を利かせて動いたのかもしれないし、この機に乗じているだけかもしれない。


 でも、こういった話は先に流れてしまった方が”強い”のだ。


 きっと誰の目にも私が受けている被害など、報復だとか、事項自得として見えるのだろう。


 殿下の口から次に来るのは、きっとミュリア王女を庇う言葉だ。

 ミュリア王女を信じているから、この噂を覚えていて、口にしたのだ。


 だから。

 ぐっと喉に触れていた指に力が入る。


「──当たり前だろう、マリエッテがするはずがない。そう噂を流したい人物がいる、ということだ。それに王妃の鍵の存在も漏れてしまった」


 なんでもないことのように『マリエッテがするはずがない』と断言した、リュヒテ殿下の顔をまじまじと見上げる。


 あぁ、この人は当たり前に”私を”信じてくれるのだ。


 嬉しい。素直にそう思った。

 喉がじわりと温まり、なんだかたまらない気持ちだ。それを誤魔化そうと無意味に本棚に向き直り、背表紙を視線で追う。


「と、とにかく。もっと王女に寄り添うとか、彼女を不安にさせるべきではないと思うわ」

「それは問題ない」


 ピシャリと言葉が切れる。先ほどまでとは違う、硬質な声に少し慌てていた心がシンとした。

 確かに、私とミュリア王女が無関係なように、私がリュヒテ殿下とミュリア王女の間柄に口を出すのも違う。そう理解しているはずなのに、なんだか突き放された気分になっているのはどうしてだろうか。


 自分の心の機微に追いつかず、むむむと考え込んでいるとクスクスと空気が揺れた。


 リュヒテ殿下が珍しく笑っているではないか。

 日頃は鋭くみえる目が細められ、殿下が学園に入学される前の記憶が呼び起される。


 あの頃は幸せだった。

 泣きたくなるほど幸せな時間だった。


 でも。


「マリエッテはそんな表情もするんだな。昔も……」

「昔と今は違うわ」


 以前はリュヒテ殿下が笑うだけで私の心もじわじわと熱を持っていた。

 でも今は、以前のように泣きたくなるほどの多幸感はわいてこない。まるで自分の欠けてしまった部分をあげつらわれているようで、なんだか心細く感じていた。


 あぁ、だからリュヒテ殿下を必要以上に避けていたのかもしれない。

 薬で忘れてしまったことが自分を構成する大切な部分だったのではないかと、不安だったのだ。


 頭の中の問題事の糸口が見つかったような気がした時だった。

 視界の影が濃くなった。


「そうだな、マナー違反だ。お互い、今を見よう」


 要塞のような影に一歩、距離を縮められじりじりと後退する。

 靴音は絨毯に吸い込まれた。


 そして遅れて気づく。


 図書室には私と殿下の二人だけのはずだ。

 さすがに扉の向こうには殿下の護衛が立っているのかもしれない。


 だが、私の悲鳴なんて黙殺されてしまうだろう。


 自分より頭一つ半は大きい彼を見上げる。

 絶対に敵いそうにもない人間と、密室に二人になってしまった。


 バクバクと不安で心臓の音が強く鳴る。耳の奥が早鐘を打つ音に支配されているようだった。


 緊張で息が上がってしまいそうになるが、努めて冷静に、いざとなったらどう切り抜けようかと頭を回転させる。


 リュヒテ殿下の翡翠のような瞳が、強さを持って見下ろしている。


 それがだんだんと降りてきて、影が濃くなった。


 後ずさりしていた身体が本棚に止められる。

 背中に本棚が当たるが、頭の後ろはふわりと柔らかいものに包まれた。


 遅れてそれはリュヒテ殿下の手だと気付く。


 まるで抱きしめられているようだ、そう頭のどこかで呟いた。


 でも少しも口は動かない。


 少しでも動かしてしまえば、リュヒテ殿下に触れてしまいそうだから。


 それほど近く、熱が溶け合いそうなほど近くに。

 

「──まずはそうだな。最近の趣味から聞くか?好きか嫌いかで答えてほしい」


「は、はぁ?」


 真剣な顔に似合わない素っ頓狂な言葉に、思わず口が滑る。

 趣味って?今必要な情報ですか?


「ちなみに、長じてマリエッテが『いや』だと言わなくなって分かりづらかった」

「王太子妃教育の賜物よ」

「……つまり、あれも私との結婚の準備のためだったと。照れるな」

「変態」


 照れるところなんてないでしょうが。

 なんだかもう眩暈がしそうなぐらいどっと疲れた。早く帰りたい。


 リュヒテ殿下の胸を軽く押せば、逆らわずに距離は開いた。

 私の靴音と一緒に、殿下の革靴の音も重なって聞こえているが、待たずに全力で足を動かしているつもりだ。やや後ろを歩いている彼の他愛もない質問に合わせ適当に「イヤです」「それは好みではありません」「嫌いです」と答えながら、出口へ向かう。


「今のポンポン返してくれるマリエッテも好きだよ」

「私は今のペラペラと口がよく回るリュヒテ様はイヤ」


 流れ作業のように答えていたらうっかり本音をこぼしてしまい、「ちょっとだけね」とフォローを付け加える。危ない。リュヒテ殿下のペースに乗せられている。これ以上失礼なことを言う前に帰ろう。


 いけないいけないと頭を振りながら、扉に触れる前にリュヒテ殿下の手が先に届いた。


 扉を開けてくださるのだと思いきや、なぜか扉は開かずじっと私を見ている。

 ……イヤだと言ったことが気に障ったのなら申し訳ない。


 じっと見返していると、やっとリュヒテ殿下から「なぜ?」と聞かれた。なぜか楽しそうな声色で。


 どうやら答えるまで逃がさないようで、仕方ないとゆっくりと口を開く。


「それは……私を困らせて楽しんでいるからよ!」

「ははは!これは知らなかった」


 これでいいでしょ、と扉を開けようとするがリュヒテ殿下はたまらないといった様子で大笑いだ。


「マリエッテは困った顔も怒った顔も可愛いし、罵られるのも案外良い」

「変態……!」


 今度こそ本気で危険だ!と扉の向こうにいるはずの護衛に合図を送るため、扉を叩こうとした腕をゆるりと握られる。


「私はずっとマリエッテに甘えていたんだな」


 そう一つ呟き、今度こそ扉を開けてくださった。その時の寂しそうなリュヒテ様の横顔が、また私の頭の中に雑多に積まれた。



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