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不誠実


 紙の音が聞こえるほど静かな空間に一人。


 指でパラリパラリとページを捲るが、目が追っているはずの文字はどうにも頭に入って来ない。


 それもそのはず。今はこの学園の西側にある図書室に、閉じ込められている状況だからだ。


 先日のミュリア王女と中庭で対立してしまった件から、何かと王女側が接触を持とうとしていることは感じ取っていた。


 学年が違えば避けることは簡単に思えたが、どうやら王女は人心を使うことに決めたらしい。


 おかげで私は愛する二人の邪魔をする悪女だ。


 だが、以前から私を慕ってくれていた友人たちや王女に不満を持っている人も残っており学園内は二分した状態だ。


 私としても、私を信じてくれた友人たちのために我関せずでいられなくなってしまった。


 なぜこんなことになってしまったのか……。何度目かの溜息をついてしまう。


 恋に溺れて冷静な判断が出来なくなっている王女には、何を言っても悪く受け取られるし。ほとほと困り果てている。


 だが、ミュリア王女が不安になる気持ちもわからないでもない。

 私は不安が自分の中で渦巻いていたが、彼女は不安が外に向いているだけだ。


 手慰みにしかならなかった本を棚に戻し、まだまだずらりと並ぶ背表紙を撫でる。

 

 この問題ごとがすっきり綺麗に解決し、納まるべきことが納まったら。海側にある隣国の祖母のところへ留学するのも良いかもしれない。


 周辺諸国の料理がまとめられている本を引き抜き、その場でパラパラとめくる。


 今度はしっかりと頭に入れようと行に指を添わせた。ゆっくりと運ぶ指に、私のものより大きい手が重ねられる。


「──ラディオン国は果物の輸入で有名だが、現地に行くなら魚介が有名らしい。いつか行きたいね」


 共に、と触れている腕が低く響く声の振動を伝えてきた。声色はどこか甘さを含んでいる。


 ゆっくりと呆れたように声の主を仰ぎ見た。溜息をつかなかっただけ褒めてほしい。


「リュヒテ様。しつこいですよ」


 現実逃避気味に、誰も私のことを知らない夢の国への入り口をパタンと閉じ、本を棚に戻す。


「今までしつこくされてきたんだ。マリエッテの基準に合わせているだけだよ」

「昔の話でしょう」


 私が逃げているのは王女からだけではない。

 王女は集団で異動しているので避けやすいが、この単独で足音も無く突然現れるリュヒテ殿下からも逃げている。今のところ全敗だ。


 しかし今日は助かった。

 殿下がここにいるということは、出られるということだ。

 

 先日は生徒会室の近くの階段にワックスが流されていて、もう少しで転がり落ちるところだった。これも殿下つきの護衛騎士が気付き、難を逃れたのだけれど。


 二重の意味のため息を噛み殺しながら、扉の方へ顔を向けた。が、退路の本棚に殿下がトンと肩を預けた。


「存外、追いかけるのはなかなか楽しいな」


 無表情が常の顔には珍しく、少しだけ口端が上がっていた。

 こちらは何も楽しくないですけど……?


「存外、追いかけられるのはうんざりするものなのですね。今まで失礼しました」

「お互いの立場になってみるのも大事だな」


 わざと口調を真似して嫌味を言ったつもりだったが、全く通じていない。

 今度こそ盛大な溜息が漏れた。はっきりと一人になりたいのだと言わないと通じないのか。通じないのだろうな。はぁ。


 ミュリア王女も、リュヒテ殿下も。二人で私に構っている場合ではないと思う。

 まあ、リュヒテ殿下が私に構うのは責任感からなのだろうけど。


「こうしてみると、マリエッテの行動のひとつひとつが私を好きだと言っていたんだとわかる気がする」

「……何一人で悶えてるんですか」

「人を変態みたいに言うな」


 責任感でやっているはずだ。たぶん。

 顔を合わせる時間が増えると共に、リュヒテ殿下の様子が記憶にあるものより軟化したように感じる。私の必死さが無くなった分、気が楽になったのかもしれない。


 以前の私は自身の生存理由をリュヒテ殿下に見ていた気がするし、そんな重い感情を向けられたら重いに違いない。


 私とリュヒテ殿下の丁度良い距離感は、このぐらい離れている方が良かったのだなと改めて思う。


 でも。この調子で、王妃の鍵は見つかるんだろうか。

 王女が爆発する前に解決しなくては。


 そんなことを考えていたら、リュヒテ殿下の視線が注がれていることに遅れて気付いた。


「……私のことを好いていたと、言葉で聞いたのはあれが最初で最後だったが」


 どこか責めるような口調に、はてと頭をひねる。


「あるものだと思い込んでいたからではないでしょうか」


 ぽつり、と呟いたつもりだったがリュヒテ殿下に先を促される。


「共通認識を言葉にして確かめる必要を感じなかっただけでは。だって、心の距離を縮めようと踏み出した足も、受け入れることも、認めることも、全て愛でしょう」


 私たちの最初は政略だったのだ。恋から始まった歌劇のように明確な言葉は無かったかもしれないが、徐々に心の内にお互いをいれて、肩を寄せ合い未来の話をして、約束があった。


 結局、独りよがりだったようだが。


「お互い、言葉足らずだったな」


 思考を読んだかのような言葉にピクリと視線を上げれば、リュヒテ殿下は少し怯んだように顔をのけぞらせた。


 カチンと来たから睨んだのではないのですよ。

 余計なことを言ったと反省しているのか少し気まずそうに、あー、うーんと少し唸り「どうだ、最近の調子は」と話題を変えることにしたらしい。


「まだ何も思い出しておりませんよ」

「そうじゃない。体調を崩してるとか、そういう変化だ」


「診察でも問題無かったのは御存知でしょう」

「医師の言葉じゃなく、マリエッテの言葉を聞きたい」


「……とくに変化はございません。気分も良いです」

「そうか」


 新しい話題が終わってしまった。

 今度こそ、重い沈黙が流れる。


 こちらからも一つ、話題を提供するべきだろうか。

 もしくは、未だ退路を塞ぐ殿下の横を通って帰ってもいいだろうか。 


 出口の方に視線を流すと同時に、殿下がさらに一歩だけ距離を縮めてきた。


「あの薬のことだが」


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