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「────ミュリア!ここで何をしているんだ」


 今まさに私の目を突こうとしていた扇が誰かの手に握りこまれる。それが誰かと確認する前に私の視界がくるりと回転した。


 何が起きたのか飛び込んでくる陽の光りに視界をチカチカとさせながら、なんだか懐かしい香りで誰に背を押され連れられているのか遅れて気付く。

 

「リュヒテ。もしかして探しに来てくれたの?嬉しいわ」


 背後から王女の弾む声が聞こえた。


 私を支えながら隠すように歩く人を見上げれば、予想通りの人物が心配そうに見下ろしていた。


「……ローマン」

「今のうちに行こう」


 背後をチラリと見れば、リュヒテ殿下がミュリア王女の手を握り何かを囁いているところだった。


 すっぽりと引き寄せられているミュリア王女はすっかり毒気が抜けて、愛しい人を一心に見つめる恋する乙女のようだった。


「あの二人、すごいわね。絵になってる」

「そうかな」


 そう言ったきり、ローマンが足を速めたので転ばないように視線を前に戻した。

 角を曲がり、やっと息をつく。


 私も背が高い方ではあるが、成長期のローマンには到底及ばない。

 歩調に気を使ってくれていたようだが、私の足が遅すぎたのか最後の方は少し持ち上げられていたのではないだろうか。


 背が丸まらないように姿勢をただし、上がる息を落ち着けようと目を閉じてたのに、足をトントンと小突かれた。


 何事かとパチリと瞼をあければ、こちらを覗き込むローマンは眉を下げて心配そうな顔をしていた。


「ちょっと何よ」

「足が動かないのかと思って」


 それはさっきまでの話で……!と言い返そうとしたが、少しからかうような口調にそういえばと記憶が蘇る。


 幼い頃に聞いたおとぎ話では勇気の出る方法として、かかとをトントンと二回蹴る【魔女のおまじない】があった。

 幼い頃の私とローマンは何かあるとよくおまじないを掛け合っていたのだ。


 勇気が出ない時、元気がない時、悲しい時。励ましたい時。


 それは私が細く華奢なヒールの靴を履くようになったら自然と終わった”おまじない”だけれど。


 当時のローマンは『そんな華奢な靴は蹴れない』と大げさに言っていた。

 それを寂しいと思った自分がひどく幼く感じて、平気なふりをしたものだ。


 久しぶりにおまじないをかけられた足元を見れば、今は折れそうにもない丈夫な編み上げブーツで。本当に靴の種類だけの問題だったのだろうか。まったく。変なところにこだわって強がることが、まさに幼さだったのだとくすぐったい気持ちがわいてくる。


 ローマンが私におまじないをかけたのは、きっと私を励ましたかったのだろう。


 ほら。さっきリュヒテ殿下とミュリア王女が寄り添う姿を見た時と同じ顔で、私を見ているもの。


 心配そうに。


「いつまでも子ども扱いしないで。それに、なんとも思ってないわ」


 なんだか、ローマン相手だと口調が戻ってしまうのが気恥ずかしい。

 誤魔化すように顔を背け、生徒会室へ足を向ける。ローマンも一応ついてくるようで、私のすぐ斜め後ろをゆっくりと歩いている。


「マリエッテ、辛くないか?」

「全く」


「強がっているわけでもなさそうだ」

「疑り深いわね」


「いいや、臆病なだけだよ。ありえ無いと思っていた幸運が未だに信じられない臆病者だ」

「なにそれ。ローマンたら変なの」


 ポンポンと言い合いながら、足を前へ前へと進めていく。

 頬の熱が落ち着いてくる頃合いで、私の足音に重なっていた重い靴の音が止まる。


 あれ?と、振り返れば想定より近くにローマンはいた。

 私を見下ろしている幼馴染は、なんだか知らない男性のようで胸が緊張でぎゅっと縮んだ。


「──本当に忘れてしまったのなら、俺のことも考えてくれないか」


 は、と声にならない息が漏れる。

 

 何を急に、だとか。

 そんな真剣な顔をしてどうしたの?だとか。


 そう浮かんでは消えていく。

 消えてしまうほど、ローマンの目が私を逃がさないと言っているように感じた。


 陽に当たって火照っていたのか、頬が熱い。これはきっと、太陽のせいだ。

 ドクドクと耳の奥で聞こえるのも、太陽のせい。


 ローマンが知らない男性に見えるのも、きっと。


「またまた……ローマンまでランドルフ王子と一緒になってからかうなんて」

「冗談にしておきたい?」


 知らない人間に見えたローマンが恐ろしかったのか、幼馴染との関係が変わりそうな予感がして無意識に避けようとしたのか。

 軽く笑いながら逃げを打とうとしたことを指摘され、視線を戻す。


 ライトブラウンの髪の中から新緑の瞳が、強い意志をもって私を見ていた。


「俺は王位が欲しくて言ってるんじゃない。鍵が見つかったのなら、そのままリュヒテに渡すつもりでいる」


 鍵、と聞いて混乱していた頭の中がぴたりと止まる。

 

「だから、辛いなら──」


「……ローマンは優しいね。そんなに私、可哀想に見えてた?」

「いや、そういうわけじゃない」


 記憶より高い位置にある金茶の髪がゆるりと揺れた。

 彼はいつもそうだ。兄に泣かされた時も、リュヒテ様と言い合いになった時も、こうして助けてくれた。それは私以外にもそう。ローマンは困っている人を放っておけないのだ。


「ローマンがこんな面倒なことを引き受ける必要はないのよ」

「面倒なわけない」


「だって、私ってずっと恋に乗っ取られてたわけじゃない?」


 いつからあんな恋愛小説の登場人物かのように陶酔していたのか記憶に無いが、ローマンは私が恋に狂った姿を知っている。そして、手を放した瞬間も。

 

「またあんな風に自分が自分で無くなるのは、少し。怖いもの」


 変な空気にならないように明るく言ったのに、ローマンの反応は悪い。それが居心地が悪くて徐々に笑顔が作れなくなっていく。


 彼の目に映る、今の私はどう見えているのだろう。

 魔女の秘薬を飲んで、恋心や鍵を忘れてしまった私はどんな人間なのだろう。


「空っぽになった今の私は、ローマンが知ってる私と同じ?わからないの。それが今はただ怖い」


 

 素直な気持ちがポロポロと零れていく。

 怖いと口にするたび、自分の弱さを見なくてはいけない気になって視線が落ちていく。


 自然と落ちていく頭を上から大きな手に、ぽふりと撫でられた。


 懐かしい感触に驚き、見上げた先のローマンが悲しそうな目をしていたところを見てしまった。だけど、その目は瞬きの間に消えてしまう。そこにはいつも通り、仕方ないと眉を下げた彼がいた。


「……ここで伝えても困らせるだけだな。すまない」


 さあ、行こうと今度は私の前を歩こうとするローマンのジャケットを、思わずチョンと引いてしまう。


 ほんの少しだけ引いたのに、ローマンはピタリと足を止めてくれる。

 それだけで彼が立ち止まってくれると覚えているからだろう。それは、幼馴染に対する信頼感や安心感だ。

 

 昔から、誰よりも優しい幼馴染の靴を優しく二度小突く。


「おまじないのお返し」


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