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 忠告、のつもりだった。

 まるで恋や嫉妬に溺れた昔の自分を見ているようで、冷静になれと言いたくなったのだ。


 でも、すぐそれが余計なお世話だったと羞恥心が襲ってくる。

 いったい私は何様のつもりだろうか。

 そういうところが”生意気”なのだ。


 ……そんな生意気なところも私なのだから、いいのだけれど。


「私に資格が無いといいたいの!?」

「そうとは言っておりません。とにかく、詳しいことはリュヒテ様が御存知ですので……」


 ここでは話せないと続けようとしたが、違和感から言葉が続かない。


 目の前では王女の笑みがストンと落ちた。

 木陰の中で王女の瞳だけがやけに目立って見える。


「私のリュヒテの名を呼ぶなんて、あなた何様なのかしら」

「……失礼いたしました、つい」


 先日までは幼い頃からの婚約者だったもので、つい……という言葉は寸でのところで飲み込んだが、どうやら伝わってしまったようだ。


 王女の瞳がどんどんと濁っていくように感じるのは日影のせいだろうか。あと一歩、あと一滴でもきっかけさえあれば決壊してしまいそうだ。


 いや、決壊させるタイミングを待っているのか────


「あ、あのっ、ミュリア様!談話室のご用意がございますのでそちらで紅茶をご紹介させてくださいませ」


 上級生の伯爵令嬢がミュリア王女と私の間合いに立ち入った。

 その紅茶色の巻き毛に優し気に垂れた目元の伯爵令嬢には見覚えがあった。学園入学前からお茶会で顔を合わせれば何かと気にかけてくれていた令嬢だ。


 後ろから見る彼女の折れそうな肩は小刻みに震えている。どうやら助けに入ってくれたらしい。


 彼女の計らいで、先ほどまであった視線を逸らせないほどの緊張感から抜け出せた。

 有り難い助け舟に、ここで一旦終了かと私も周囲の人たちもきっとそう思っていたはずだ。


 キャァアッ!と引き攣った声を上げてしまったのは周囲の令嬢の誰かだった。


 先ほどミュリア王女を諫めようとした彼女が、私の方へ倒れてくる。それを思わず支えようと手を伸ばし、止められず共に倒れていく。


 倒れた伯爵令嬢の紅茶色の髪が日差しの下に広がった。

 何が起きたのか理解していない令嬢の背を支えながら、ミュリア王女を見上げれば王女の扇がひらりと揺れた。


 王女はこの勇敢な令嬢の顔を、その扇で打ったのか。


 私の視線に非難の色を感じたのか、王女はつまらなそうに顎をツンと持ち上げた。


「私は愚かな侍女をこうして躾ているの。何か悪い?」

「躾などと……っ」

「マリエッテ様っ私は大丈夫ですから……御前に立ち失礼いたしました」


 伯爵令嬢は打たれた頬を押さえ、王女へ頭を下げた。支える背はまだ震えている。


 確かに、他国の王女が伯爵令嬢の頬を打ったとして。分が悪いのは伯爵令嬢の方だ。傷が残ろうと残るまいと、事件があったと認められてしまえば”傷者の伯爵令嬢”となってしまう。


 彼女には事件は”起こらなかった”ことが一番最善なのだ。


 押し黙った私の反応に気を良くしたのか、王女の目が愉快そうに弧を描いた。


「ふふふ。これからはどちらが主人なのか、ちゃんと覚えなさいね」


 その言葉を受けて、私の背からぐわりと湧き上がる気持ちに戸惑う。

 やや遅れて、久しぶりの感情に気付く。


 あぁ、悔しいのだ。

 王女におもねるしかない自分の立場が。


 優しさを分けてくれた彼女も守れない今の自分が。


 私が進む道は、誰も守れないのだろうか。


 瞼を閉じ、開ける。

 いつの間にか強く噛みしめていたらしい顎と肩の力を、意識して抜く。


 私の雰囲気が変わったことに気付いたのか、伯爵令嬢の肩がびくりと大きく揺れたのが手に伝わった。


 スイと視線を流し、周囲の令嬢たちの目を見ていく。


「──そこのあなた、彼女を連れて行って差し上げてくださらない?服が汚れてしまったわ」

「私ですか!?」


 目があった令嬢はびくりと唇を震わせた。


「やだ、私のお友だちに命令なんてやめてくれない?」

「命令だなんて……どなたでも良いわ。どちらのお願いを聞いてくださるのか、興味があるの」


 ゆっくりと周囲にいる令嬢方に視線を投げるが、見てくれるなと俯く者、私と王女を見比べる者、私を見ながら怯えて足がすくんでいる者。さまざまだった。


「私の声が聞こえなかった?」


 わざと尊大な声色で投げれば、王女を囲む輪の端にいた侯爵令嬢はゴクリと息をのむと足早に伯爵令嬢を連れ出した。


「──賢い子は好きよ」


 逃げる二人の背中を追う人々はいない。

 だって私と王女の視線は絡んだままだったからだ。


 王女の視線が彼女たちに向かわないように。あなたの敵はここだと主張するように。

 

 挑戦的にほほえんだ。


「本性が出たわね」


 なんのことだか、と躱せば王女はおもしろそうに腕を組んだ。


「おおかた、鍵をもっていればそのまま王妃になれると勘違いしているでしょう」

「いいえ、まさか」


「そうよね。愛し合う私達を引き離そうだなんて、そんなひどいことをなさるはずがないわよね」


 興奮した声は周囲に聞かせようとしているのかと疑うほど響いている。

 もちろんです、という私の返事は風の音にでもなったかのように、流れて消えた。


 ミュリア王女は勘違いをしている。

 私はリュヒテ殿下とミュリア王女の間に割って入ろうとは全く思っていないのだから。


 私が頭を垂れないのは、恋に溺れ己が見えなくなっているミュリア王女が、”王妃の鍵”を受け取るに相応しいとは思えなかったからだ。


 だが、今はそんなことをつまびらかにする場所ではない。

 そして、私は王女に忠告する立場でもない。

 

 早く王女の目が覚めるといいなと願うばかりだ。


「では、そろそろ生徒会のお手伝いをせねばなりませんので失礼いたします」


 半歩下がろうとして違和感に気付く。


 この場を切り上げようとするのになぜか足が動かない。

 ぐっ、ぐっと足に力を入れるが、足が持ち上がらないのだ。


 理由のわからない謎に気を取られていると、風の匂いがかき消えむせ返るほどの甘い香りが近くに立ったことに遅れて気づく。


 手が触れてしまいそうなほど近くに立つミュリア王女は、私よりも背が低いはずなのにどこか巨大な存在感があった。


「いやな人。私が他国の人間だからと当てつけるなんて」

「ただのお手伝いですわ」


 一応、学園の生徒会に関して留学生は認められない規定がある。

 それをあてこすられたと言いたいのだろう。


 ミュリア王女の言葉はだんだんと直接的になっていき、怒りで激昂していることが伺える。


 不思議と、ミュリア王女が持つ扇に視線が向く。


「学園に顔を出すより、早く鍵を見つけるのが先なのではなくて?お休みする理由をあげましょうか」


 王女の扇は頭上に振り上げられ、日の光りをきらりと反射させる。扇が私の目に吸い寄せられるように近づいて来る。



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