冒険者クリア、勝利する。うちへ帰ろう。
落ちた剣と一緒に膝をついてその場に崩れ落ちたマック。
「……殺せ」
痩せて落ち窪んだ眼窩の中から光る瞳でオレを見てる。
すっかりとおじいちゃんになっちまったマックだけど目だけはこっちの方がいい気がするぜ。
でも言ってる事が身勝手すぎる。
「いやいや、なにっ言ってんだ? 殺さねえよ!」
「なぜ、だ。私は君を殺そうとしたんだぞ」
「オレはあんたじゃねえんだよ、気に入らねえから殺すとかしねえから。ずっと言ってんだろうが、オレはあんたに合格もらって、底辺でもいいから冒険者になりたかっただけなんだよ。殺す殺さねえはあんたの事情だろうが、オレには関係ねえよ」
混乱した瞳がオレの本意を探るように見てくる。
嘘なんてついてねえよ。
「そんなわけ……いや……本気なのか?」
やっとわかったか。
「おう、本気も本気だよ。オレらの命ってのはよ、吹けば飛ぶように軽いけどよ。それでもそんなに簡単に奪っていいもんでも、諦めていいもんでも、ねえからよ」
「そうか……」
言ったきり、マックは黙って下を向いちまった。
「いやいや! そうか……で、自分勝手に終わんねえでくれよ。まだ結果を貰ってねえよ。オレは合格なんか? まだ不合格なんか? まだ不合格なら、爺さんをいたぶるのは好きじゃねえけどよ、やるだけやってやんよ」
シュッシュとファイティングポーズをとる。
「ぎゃあ、痛え」
肩口の深い傷がすげえ痛え。忘れてた。
マックが呆れた顔をしてる。
「……君は本当にバカなんだな」
「へえへえ、バカですんませんね。バーバラ婆さんみてえな事言うんじゃねえよ」
「はは、バーバラなら言いそうだ」
「あんたらお似合いのパーティだったんだろうな」
「そうだな。お似合いだったよ」
「自分で言うなよ」
「そう、だな。うん、君は合格だ」
「え゛?」
知ってるぞ。これぜってー嘘のやつだろ。
何回騙されたと思ってんだ。さあ、最終試験だよ、とか言って魔物に変身とかしてくる気だろ!
「そんな顔をするな。今度は本当だ。今の私には何もできない。君を試験するような人間でもないよ」
オレの怪訝な顔を見て、マック老人はすっかり悟ったような顔で言う。
うーん。婆さんは六十前って言ってたけど、今の状態だともっとお爺ちゃんに見えるな。
そんな事よりも! 今回は嘘じゃないって! やったぜ!
「お、マジ!? やった! じゃあよ、ちゃんとギルドの人らに説明して、オレの受注禁止を解いてくれよ!」
ちゃんと言っておいてくれねえと意味ないよ!
「ああ、私は全ての罪を償おう……」
そう言ったタイミングで、マックはいきなり意識を失って倒れた。
「え? 死んだ? ここに来て老衰? やべえやべえ生きて、オレの合格をみんなに言うまでは生きて?」
慌ててオレは倒れたマックのそばに駆け寄った。
よかった。息してる。生きてる。お爺ちゃん疲れて寝ちゃっただけだった。びっくりさせるなよー。
変な姿勢で倒れちゃってるマックを地面にちゃんと寝かせた。
うっし、じゃあこの爺ちゃん連れて帰るとすっか。
「テラー、聞こえてるー? 終わったぜー、合格もらったぞー!」
ボス部屋にいるであろうテラに声をかける。
それに応えるようにボス部屋の扉が重い音を立てながら開き、その中からテラ、ケルベルスウが駆け出てきた。
「クリアー! よかった!」
地面に寝転んでる爺ちゃんマックを軽く飛び越してオレにクリアが抱きついてきた。
「ぎゃ、あいてええ」
「あいてえ、なんて! 嬉しい! 私はもうここにいるわよ。クリア! 本当に無事でよかった!」
さらにオレをギュウと抱きしめる。顔をオレの胸にコスコスと擦り付ける。
その動きがちょうどオレの肩の傷を締め付けながら摩擦する。
いってえええ。けどテラがオレの無事を喜んでくれてるんだしと我慢してると。
なんだか痛みが薄れてきた気がする。
え? 痛いの好きになった感じ?
バーバラ婆さんに言ったら、またバカだねって言われそうだななんて思いながら肩口の傷を見る。
「あれ? 傷が浅くなってる」
マックに突き刺された時より明らかに傷口が狭く浅くなってる。
「クーン」
ケルがオレの傷に気づいてペロペロと舐めてきた。
もしかしてこれのお陰で傷が治ったんかな? ま、治ってんだしなんでも良いか。
「ケル、ありがとう。ケルのお陰で痛みがなくなってきたよ」
ケルの眉間を指先で軽く掻いてあげると幸せそうに目を細めた。
「クリア! ケルばっかりずるい! 私は!? 一番心配してたんだからね!」
胸の中のテラが膨れ顔の上目遣いでオレを睨んでくる。
垂れた目が赤くなって潤んでる。
それだけで心配してくれてたのがわかる。
「ありがと。テラのお陰でオレちゃんと合格できたよ」
軽く銀色の髪を撫でる。
さらりとした手触りがすげえ心地いい。触った事もねえけど絹糸とかってこんな感じなんかな? ずっと触りたくなってくる。形の良い頭のアーチが自然に手を動かす。
テラは途端に大人しくなって額をオレの胸に当てて黙ってしまった。
ゆっくりとした時間が。
改めてオレの成長を教えてくれる気がする。
オレはマックの試練を乗り越えた。
これで本当に冒険者として進んでいける。
夢だった。
ずっと夢だった。
冒険者。
オレはテラの髪を撫でながら言う。
「帰ろう」
オレたちの街に。
「うん」
テラと一緒に。
「ワン!」
自分たちも忘れるなとばかりにケルベルスウの鳴き声が広間に響いた。




