冒険クリア、肉を切らせて骨まで切られそう。
婆さんの話を聞いたマックは明らかに動揺している。
「嘘を言うな。バーバラが言うわけがない。それだけは言うわけがないんだ」
その気持ちはわかるぜ。
バーバラ婆さんはあんたに残った唯一の人間性だ。
ダンジョンであんたたちを散々からかって、最後にはバーバラ婆さんに手を出そうとした、ごろつき冒険者を殺したあの日から、あんたが失い続けた人間性の残り滓だ。
「嘘じゃねえよ。嘘だとしてもよ。じゃあなんでオレがあんたの秘密を知ってるってんだよ。教会が言うわけねえだろ? じゃあ誰が言う?」
「いや……嘘だ……バーバラが……ああ嘘さ」
動揺したマックの視線がオレから少しズレる。
その隙にこっそりと発動したグランドウォッシュを手の中に握る。
握ってんのはいつものノズルじゃない。
テラの解析でわかったグランドウォッシュの隠れた能力。手のひらにおさまる位の、ちいさなちいさな砲だ。テラが言うにはおもちゃのみずてっぽうって言うらしい。なんだそれ。おもちゃってのは金持ちのガキが与えられるもんだろ。トーイがよく見せびらかして来たけどよ。
その中でもこんなおもちゃ見た事もねえ。しかもその能力が冗談じゃ済まねえくらい凶悪だ。
このスキルはスキルを掃除するんだよ!
解析で見てくれたテラが興奮しながらオレにそう言った。
掃除するというのはつまりスキルを消すって事だという。
いや、そんなん聞いた事ねえよ。テラに説明を聞いた時にオレは憤慨した。
冗談だと思った。オレにとってスキルってのは人生を決める命の次に大事なもんだ。そんなもんがこんなちゃちいてっぽうとやらで消されてたまるか。
じゃあ試してみようよ。
テラの提案だった。確かに本番でいきなり使うのもアレだしと、テラがスキルを試す用に作ってくれたダンジョンモンスター、超速というスキル持ちで文字通りにすげえ速さで走り回るネズミ型モンスターに使ってみたら、いきなり走る速度がゆっくりになっちまった。
テラが解析でそのモンスターを確認すると確かにスキルが消えてるらしい。
その後も何度もおもちゃのみずてっぽうを試してみた。
どうやらこいつは発動中のスキルを掃除するらしく、発動してないスキルは掃除できないらしい。ま、確かにない汚れは落とせねえもんな。
「嘘じゃねえさ。婆さんはあんたを止められなかったのをずっと悔いてたよ」
「私は彼女を守りたかっただけだ」
「そうだろうな。婆さんを守るためにガノウ神にご奉仕してたら、婆さんは婆さんになっちまって、あんたの腹の中にはスキルがパンパンに詰まっちまったわけだ。その影響なんか? その若い見た目は? 婆さん曰く、あんたのその姿、あの日のままらしいぜ」
まるで時間が止まってるようだろ? あたしはマックだけをあの日に置き去りにしてきちまったんだ。
そう、婆さんは言っていた。
森に引っ込んだのも教会の迫害だけじゃなく、外見が全く変わらないまま、ただただ中がドロドロと変わっていくマックを見ているのが辛くなったからだと言ってた。
「あの日の、まま」
「ああ、あんたが奪う側に回ったあの日、そのままだ」
「あの日、奪った。奪う。そうだ。奪えばいい。どうせ全員奪ってこようとするのだから」
目から光が消える。
やば。
「おい、待って待って、マックさんよ。オレは奪う側じゃねえよ? 奪われてる側だぜ?」
言葉は届かない。
目は虚で。口は洞のようだ。
「奪え奪え奪う奪う」
洞窟から噴き出す風のごとく呟いているマックから表情が完全に消えている。
やべえ、これぜってー、神様に心奪われちまってるやつだぜ。
てことはだ、次に来るのは。
「ハンドインザスター」
やっぱりー! 狙い通りだけど、今じゃねえ! もちっと時間が欲しかったー!
スキル発動と同時に、少し離れた場所にいるマックの姿が揺らいだ。
「あ、やば」
言ってる刹那に。
マックの姿が消えた。
これあれじゃん。
次の瞬間に剣が目の前に現れるやつじゃん。
消えたこの段階で多分カウンターは無理。てかそもそも身体がまだ自由に動かねえし。
一か八かだ!
覚悟を決めた瞬間、オレの胸元に剣先が出現した。
うし! 読み通りに心臓狙いだ! 婆さんの事件の時にごろつき冒険者の心臓を一突きしたって話からスキルを奪うには心臓を突く必要があると仮定した。それがドンピシャ!
オレの狙いは、剣が見えた瞬間! 身体を少しだけよじる! これだけ! そうすれば心臓を狙った剣は肩に当たって心臓には届かない! 大丈夫! オレ冷静!
剣先はオレの心臓にまっすぐ向かってくる。
スローモーションにも感じる世界の中で、オレは狙い通りに左肩を差し出すように身体を捩った。
肩に先端が触れ。
スウっと。
音もなく。
オレの左肩の筋肉に吸い込まれる。
冷たい金属の感触。
その直後、冷気が熱に転変する。
あちい。
痛いとかじゃねえ、熱っちい。
火魔法でもかけられてんのかと思うくらいに傷が熱い。
さらに押し込まれる。
ぎゅっと固めた、筋を裂き、肉を穿ちながら。
それは肩を突き抜けて心臓を目指しているのがわかった。
コツンと。
骨に剣が当たった音が、体の中を通って耳に響いた。
やべえ! このままじゃ骨ごと切られて心臓ブッ刺されちまう。
「ぐううううう」
歯を食いしばって痛みに耐えながら。
オレはおもちゃのみずてっぽうをマックに向ける。
マックにはこんなもん見えちゃいない。
いや、見えてはいるが、攻撃だとは認識しない。
ただ無表情に剣を心臓に突き刺そうとしてる。
でもな。
これはあんたを殺すぜ。
「おもちゃのみずてっぽう」
ちゃっちい引き金を指で引くと。
勢いなく。
水が飛び出して。
その水がマックにまっすぐに届く。
ぺしゃ。
なんとも情けない音。
でもこれはマックにとってギロチンの落ちる音にも相当するんだぜ。
それを証明するように、剣を押し込む力が霧散したのを感じる。
オレの肩に集中していた力が一瞬でほどけたような感覚。
マックの顔色が変わる。
いや。
顔色どころじゃねえ、顔が変わった。
「何を、した」
オレを睨んで問いかけてくる。
そこにはもう若々しいマックはいない。
オレを見ているのは肉体に年齢が刻まれた老冒険者。バーバラ婆さんと同年代の男だった。
顔には深い年輪、髪は白く、剣を握っている手は萎れている。
さっきまで神に心酔していた端麗な男の顔はどこにもない。
「何したって? オレがあんたの長年の汚れをお掃除してやったんだよ。こちとらギルドの掃除屋だからよう」
おどけながら肩をすくめて答えたら、肩に刺さった剣が動いてクソ痛え。
そう。
ふざけちゃいるが、言葉自体はそのままの意味だ。
オレのグランドウィッシュの力で発動中のハンドインザスターは綺麗に掃除された。同時に天の器の中にあった大量のスキルたちは行き場をなくして消え去ったんだろう。
婆さんからマックの話を聞いた時に、あの若い見た目は吸収した大量のスキルが影響してるんじゃないか。という推論を立ててたけど、今の姿を見る限りどうやら正しかったみてえだ。
マックはオレの言葉を聞いて、剣を握っている自分の左手を見た。
「消え……て……る」
自分の手の中にあった天の星々が消え去っている。
それを悟ったように呟いたマックの手から剣が落ちて。
大広間の中にカランと空虚な音がした。




