冒険者クリア、マックと相対す。
ボス部屋前の大広間。
ここはセーフゾーンになっててダンジョンモンスターは出現しない。
本来なら色んなパーティがここで準備を整えるんだろうが、ここ最近はここまで潜れるパーティがおらず、ほぼゴッドブレスが占有している形になっているらしい。
いわばここは奴らのホームグラウンド。
マックと、その背後にメンバーが一列に並んでいる。
その大人数に対してオレは一人。テラとケルベルスウたちにはボス部屋で待機してもらってる。
これはきっとオレが一人でつけなきゃいけねえ始末だと思うから。
「や、よくここまで来られたね、えっと……」
目の前には立っている全ての元凶、マックは実に余裕な顔をしてやがる。
ムカつく顔だ。こんな男に憧れてたってのがよう。マジでバカなだけじゃなくて目も節穴すぎるだろ。
てかよ! まだオレの名前を覚えてねえのかよ。こうなってくるといい加減こいつの頭になんかの問題があんじゃねえかと思うわ。バーバラ婆さんの言うマックの年齢もまじなのかも知んねえな。
ま、どっちにしてもよ。
今日こいつとオレの縁は切れんだ。
ここでオレの名前をわざわざ教えてやる必要なんてねえよな。
「ま、余裕だったっすよ。これでテスト合格にしてくれねえっすか?」
軽口で答える。
「ははは、それは無理だな。君は絶対にこのテストには合格できないんだよ」
そう言って笑ったのは、マックただ一人。
その背後にいるメンバーは全員、無表情で、微動だにせず、声も出さない。
カッ、まるで来たくもねえオレの葬式に並ばされてんみてえじゃねえか。
全員が全員、直立不動で中空を見つめたままだしよう。そこに何があんだよ。こええよ。
オレのスキルを看破したウーピーとかいう女も、オレを孤児だと嘲笑ってバカにしたトーイも、エルフもドワーフも人間も獣人も、誰も彼も何も言わねえ。
気持ちわりい。
せめてお前はなんか反応しろよ、トーイ。
「おい! トーイ! お前がオレを大穴に突き落としたのは忘れてねえからな! ボコボコにしてやんよ!」
足元にあった石ころを投げつけながら悪態をついてやる。
プライドが高くて激情的なヤツだ。こんな事をされたら我慢できねえでくってかかってくるだろ。
と思ってとった行動だったけど。
残念ながらトーイは全くの無反応だった。投げた石ころはトーイの頭にコツンと当たって地面に落ちた。避ける事すらしねえのかよ。ゴッドブレスやっば。
「はは、我らゴッドブレスに揺さぶりをかけようとしても無駄だよ。今の彼らは完全に戦闘モードだからね」
「やっべえな、ゴッドブレス」
「そうだね、君はそんなゴッドブレスに喧嘩を売ったんだよ」
「は、何言ってんだよ。先に手を出してきたのはそっちだろ。残念ながら殺されてはやらなかったけどよ」
「ああ、あれは失敗だったよ。大穴に落としてみるのも面白いかと思って試してみたんだが、まさか生き残るとはね。普段通りにちゃんとモンスターに殺させておくべきだった。飽きてきたからってルーティンを変えるもんじゃないね。トーイ君は君が生きていた事実に救われたような顔をするしね。ゴッドブレスの自覚が足りないよ。困りものだ」
「いやー殺しに飽きたって……クズすぎんだろ」
てかトーイのやつもやっぱ殺したくはなかったんだな。
でもきっとそのトーイはここにはいねんだろうな。
「天に届く事のない人間が無謀な夢を見るのが悪いのさ。憧れは身を灼くよ」
「オレは確かに天に憧れたけどよ。あんたに殺されかけて、それが身を焼くってのはわかったから、おとなしく地べたで生きてくって言ってんのに。それすら許さねえで殺そうとしてきてんのはおめえだろうが」
「それは仕方ない事さ。君は天の神への奉仕を知ってしまった人間だ。そして教会はそんな君が死ななければならないと判断した。それだけだよ」
教会。
そうかゴッドブレスの独断じゃなくて、教会がオレを殺すと判断したのか。オレを育てた場所がオレを殺そうとしている。あーわかってたけどよ。でも死んでやれねえ。
「いやいやいや、そりゃ無理だぜ。死ねって言われて死ぬんなら、オレはもうとっくに死んでんだよ。オレはよ、多分だけど、生まれた時から死ななきゃなんなかったんだろうぜ。でもよ、どうしてもそれが出来なかった。周りのガキどもが日に一つのパンだけで飢えて死んでくのを見てよ。無理だと思ったんだよ。生きてえと思っちまったんだよ。そっから色んな人に助けられてここまで生き残った。オレはその恩を返しながら幸せになってかなきゃいけねえんだ」
だからよ! まだ死ねねんだよ!
ここまで一息で言い切った。
うええ、こんな自分の事喋った事ねえや。自分でも口から出るまでまでわかんなかったけど、オレってこんなん思ってたんだな。すげえ、なんか息が切れるわ。
オレの魂の叫び。だけどそれを聞いたマックの表情は変わらない。
「そちらこそ無理な話だな。誰しもが天のガノウ神が定めた運命を生きて死ぬんだ。少年はここで死ぬし、私は天の意志に従って力を行使する」
神の話をしている時のマックは微笑んでる。
すっげえ幸せそうな顔をしてる。でもそこに感情があんま感じられねえ。すっげえ変な顔だ。どこまでも幸福で、どこまでもからっぽな顔してんだよな。どんな情緒だよ。
こんなになるほどガノウ神ってのはありがてえ神なんかな?
教会に保護されなかったら多分オレは死んでたんだろうけどよ。
でもここまで生き残れたのは神の加護なんかじゃ絶対ねえ。この街の優しい人たちのお陰だ。
むしろ逆に神ってのはずっと殺そうとしてきた気さえする。
そんな神にここまで心酔してるのっては、やっぱ婆さんから聞いた話が真実って事か。
「なあ、あんた……マジで婆さんの言う通りなんだな」
婆さんと聞いて誰の事かわからないような顔をしているマック。
オレはバーバラ婆さんだよ、と補足した。
「ああ、そうか。バーバラか……なるほど、君は本当に余計な事を聞いたんだね。そうならばなおさらここで死んでもらわないと困るね」
婆さんの名前を聞いて。
マックの顔からは中身のない微笑は消えた。
そして腰の剣が音もなく引き抜かれる。
それは薄暗いダンジョンの中で自ら光を放つようにきらめいた。
「おいおい、婆さんの名前が出た途端にキレすぎだって」
やっべ。急変しすぎだぜ。どんだけ婆さんに思い入れがあんだよ。
慌ててパワーウォッシュを発動させて手にノズルを構える。
「他人の墓を無闇に暴くものじゃないって事さ……」
オレの準備完了を確認したタイミングで、マックの姿勢がゆらり崩れたように見えた。そしてその次の瞬間にはオレの目の前にマックがいて、触れずとも人を斬れそうな剣がオレの首筋に迫ってた。
ぎゃあ、いっきなり戦闘開始だぜ!




