冒険者クリア、マックの秘密を聞く。
「ただいまー」
「おう、テラおかえりー、すまんな、オレの臭いのせいでー」
「だからクリアは臭くないって」
「あたしも何回も違うって言ってんのに聞かないんだよ。本当にバカだねクリア坊は。三週間で少し成長してでっかくなっててびっくりしたけど、中身は変わんないね」
「お、おう? そうかな?」
ダメだな、なんと言われても心底信じられん。ガキの頃からくせえくせえ言われる、文字通りの鼻つまみ者だったからしゃーないっちゃしゃーないよなー。
「まあ、クリア坊のそれはおいおい慣れてくんでいいよ。それよりお嬢ちゃんも席に座んな。今からゴッドブレスについて説明するよ」
軽い声音に反して、真剣な表情のバーバラ婆さん。
その雰囲気にのまれるようにテラは無言で席についた。それを確認して婆さんは口を開く。
「そうだね……何から語ったらいいかね……前にゴッドブレスが街の権力を持っていて貴族になろうとしてるってのは話したね?」
婆さんの問いかけにオレとテラは首肯する。
「その原因から話そうかね……あいつらがあそこまで強大になれたのは全部教会の力さね」
「教会……って、オレの育った?」
「ああ、そこもそうだけどね。繋がってるのはあんな末端の貧乏教会じゃなくて、もっと上の方さね」
婆さんが萎れた人差し指で天を指し示す。
「上って? 偉い人って事?」
「ああ、そうさ。お嬢ちゃんはクリア坊と違って察しがいいね」
「へえへえ、どうせオレはバカだよ。でも今回のヤツはオレでもわかったぜ」
「カカ、冗談だよ。クリア坊は地頭は良いんだけどね。いかんせん知らん事が多いからね。これから勉強するんだね。んでね、話を戻すと、だね。テラ嬢ちゃんの言うように、ゴッドブレスはこの大陸の国教であるガノウ教の上層部と繋がってるんだよ」
ーーだからクリア坊が教会に帰らなかったのは正解だったと思うよ。
婆さんはそう言ってため息で言葉を締めた。
「教会かー。ここまで育ててもらってアレだけどよ。正直、オレはあいつらに恩は感じてねえぜ。あいつらは正直孤児のガキどもを人間だと思ってねえし、孤児を生かして育てるってよりはゆっくりと殺そうとしてるとしか思えねえからな。あいつらはマジでクソだぜ」
そうだ。ヤツらはクソだ。
オレの目の前で何人もガキどもが死んでった。
パン一つしか与えられないんだから何もしなきゃそりゃ死ぬ。死なないためには犯罪に手を染めるガキもいる。そんなガキは神の慈悲を蔑ろにしたとかで説教部屋に行ったきりそのまま帰ってこねえ。オレみてえに街の慈悲で命を繋げるヤツは基本的にはいねえ。だからオレは少ねえ金で自分の命を繋ぎながら、残った金でちっせえガキどもにパンをくれてやってたんだけどよ。
足りるわけねんだよな。ちくしょう。あそこにいた頃は感情を殺してたけどよ。自分の生活に余裕ができるとダメだな。考えれば考えるほどに蓋をしてた感情が溢れてきちまう。
テーブルの下。
膝の上。
握り拳が熱い。
その上にサッとテラの手が重なる。すっと熱が解ける。
やっぱテラは優しいな。
「ああ、クリア坊の言うとおりさね。教会が孤児やらを集めてるのは保護っていうよりは、天のスキルを持った人間がいないかどうかをチェックしているんだよ。それを見つけたら別の場所に移動させて、不要なガキどもは緩慢に殺していく。クリア坊みたいな生き残りは特例さね」
「スキルをチェック?」
「そんな事が出来るの?」
「ああ、教会はできるみたいさね。なんせスキル授与の儀式は教会がやってんだ。与えられる予定のスキルが分かっても不思議じゃないだろうよ。クリア坊は不思議だと思わなかったかい? なんでゴッドブレスが天の称号付きのスキル持ちだけで構成できるのか?」
「そりゃ、この街では天の称号持ちはゴッドブレスに行くのが常識だからじゃねえのか?」
「そりゃ今はそうだろうけどね。あんたが生まれる前、あたしが若い頃にはそんな常識はなかったよ。それでもその頃からマックは天の称号持ちに囲まれていたね。その頃から教会が見つけた天のスキル持ちを斡旋されてるのさ」
「婆さんの若い頃? そんな頃からゴッドブレスってあったんだな」
「えっと……それっていつ頃の話なんですか?」
「女に年齢を聞くもんじゃないよと言いたいとこだけどね。そうさね……軽く四十年以上は昔かねえ」
「四、十年以上?」
「待ってください、バーバラさん! マックはどう見ても三十歳手前くらいでした。四十年前って生まれてないんじゃないですか?」
「んなこたないよ、ヤツはね若く見えるけど年齢で言えば六十手前だよ」
「いや六十って。婆さん……流石に認知歪んでね?」
「……バーバラさん、そろそろ寝ましょうか」
そう言ってテラは椅子から少し腰を浮かせた。
「クリア坊だけならまだしも嬢ちゃんまでかい!? あたしゃーボケちゃいないんだよ!」
「大丈夫、だいたいみんなそう言うんだぜ」
「ちょっと! ちゃんと聞かないなら話はやめるよ!」
憤慨するバーバラ婆さんの顔を見て、オレはついププっと吹き出しちまった。
これ位にしとかねえと婆さんが本格的にヘソを曲げちまうぜ。
「すまねえな、ちょっと悪ふざけが過ぎたぜ。オレをバカ扱いするからだぜ」
「まったく! クリア坊のそのイジリは好きじゃないよ!」
オレと婆さんのいつもの掛け合いに、それを知らないテラ一人だけが驚いた顔をしている。
「え? 冗談だったの? て事はマックが六十歳手前ってのも嘘?」
「いや、それは本当さね」
「六十ってのはオレも初耳だけどよ、マックが見た目通りの年齢じゃねえってのは割と有名な話だぜ。本人は天の加護だとか嘯いてやがるけどよ、なんか胡散くせえ裏があんだろうな。婆さんはそれを知ってんのか?」
「……ああ、そうさね。マックをそうさせちまったのがあたしがこの森に籠る事になった原因さ」
バーバラ婆さんは静かに俯いて。
マックの秘密とそれに連なる自分とマックの過去を語り始めた。




