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冒険者クリア、無自覚に口説く。

 夜。

 暖かいランプの光に照らされて。オレとテラは椅子に隣り合って座っていて、二人とも視線は木の温もりがあるダイニングテーブルの木目に落ちている。


「マックのテストまであと一週間ね」


 ポツリとテラがこぼした言葉にオレは一言で返す。


「おう」


 お互い視線を合わさずに、交わすのは言葉だけ。


 ゆっくりと息を吐き出してから。ここまでを思い返す。三週間。長かったような。あっという間だったような。なんとも言えねえな。とりあえずプルガダンジョンの名に恥じない地獄の日々だったのは確かだぜ。

 あのお利口わんこたちも容赦がねえしよ。

 両手と口から炎やら毒やら雷やらを放ってくる。そこに近接攻撃も加えてくんだからやべえ。

 それに何よりテラがやばかった。どうやばかったって……そうだな、とりあえず、規則正しい系のダンジョンボスだったとしか言えねえな。

 大光線、避けた所に拡散光線、そこから距離を詰められて打撃ラッシュ、距離を取ったら火炎……ああ自分の髪の毛が焦げた匂いがする気がする。おっと……やべえ思考が飛んじまう。


 こんな感じで、プルガダンジョンでの三週間ぶっ続けの戦闘訓練を終えて、オレとテラはバーバラ婆さんの家にやっかいになってる。プルガダンジョンに籠る前、バーバラ婆さんの家に挨拶によって軽く事情を話した時に、とりあえず訓練が終わったら来いって言われていたからだ。

 これは実際すげえ助かった。

 三週間ダンジョンにこもりっぱなしで水浴びもしてねえのは流石に十四歳のガキだと色々と薫っちまう。さっき近くの川で水浴びできてすげえさっぱりしたぜ。もう臭わねえかな?

 オレが確認でクンクンと鼻を鳴らしてると。


「大丈夫、臭わないわよ、クリア」


 横からテラが保証してくれた。


「いやーすまんかったなー。孤児の頃もそう変わらん感じに臭かったんだったんだけどよ。やっぱ冒険者になったからにはちゃんとしてえからなー」


「ん、だいじょぶ。むしろクリアのは男らしくて悪くないわ」


 オレの謝罪にかぶせるように小声でテラがなんか言ってる。


「ん? よく聞こえなかったけど何だって?」


「何でもないわよ!」


 おお、急に怒ったな。女子はよくわからん。


「おお、そうか? でもよ、テラはオレと違って、全く変わんなかったのな? ずっと綺麗だった」


 ずっと良い匂いしてたぞ。うらやまし。


「あー……そう、ね……」


 オレの言葉で、テラの表情にスッと陰がさした。


「どうした?」


「ん……いや……ダンジョンの中で私が変わんないのって……私がダンジョンボスだからなのよね……ダンジョンの恒常性保持機能が私も対象にしてるって事だからさ。普通の女の子じゃないって事の証拠なのよ……こんなの普通じゃない。こんな女の子、クリアも嫌でしょ?」


 恒常性とか対象とか、ちょっとテラがなに言ってるかわかんねえな。

 でもな。なんか傷ついてるのはよくわかる。


「テラの事が嫌かって聞かれたら、オレは全く嫌じゃねえな。だから気にしなくていいぜ」


「なんで? 普通の女の子じゃないのよ? 気持ち悪くないの?」


 普通か。


「気持ち悪くなんてねえよ。そもそもよ、普通ってなんだ? てか、普通じゃなきゃダメなんか? オレは捨て子で孤児で教会のお荷物だったけどさ、街のみんなにちょっとずつ助けてもらってここまで生きてきたんだぜ。オレだって普通か普通じゃないかでいやあ普通じゃねえよ?」


「え……でもそれは……ちょっと、さ……違う、じゃん」


「なんも違わねえよ。オレにとってテラはずっと良い匂いがしてて、すっげえ可愛くて、くっそ強くて、いっぱい優しくて、いきなり怒り出したりするけど、コロコロ表情が変わる、ただの可愛い女の子だぞ」


「は……はあ」


 息のような声を吐き出したっきり、テラはオレの言葉に対してもうなにも言わないで、ただ下を見続けている。まだダメだったのかな? バカなオレなりに言葉を尽くしてみたけどよ。

 確認するように、チラリと横を見てみれば、テラは耳まで真っ赤にして小さく震えてる。

 あーこれはー泣き出すのを我慢してるんかな? て事は、オレの足りねえ言葉は伝わんなかったか。そっかダメかー。でもよーそれでもオレは伝える事を諦めたくねえな。


 オレはテラの肩に手を軽く置いた。


 ぴくりとテラの肩が揺れたのがわかった。あ、失敗だったかも。女に気安く触ったらダメだって言うもんな。でもなにも言って来ねえしな、テラは嫌だったらぜってえ言ってくるだろ。

 ま、やっちまったものは仕方ねえ。


「テラが望むならよ。オレはずっとテラの側にいるから、普通とか普通じゃないとか、もう気にすんなよ」


「は、ふぁあ」


 テラの口から息が漏れる。

 これでもきっとダメかもな。テラは自分が普通の女の子かどうかってのがすげえ気になってるっぽいもんな。でも今は伝わんなくても良いからよ。覚えておいてくれると嬉しいぜ。


 そんな事を考えながらテラを見つめていると。

 キッチンから戻ったバーバラ婆さんが呆れた顔でこっちを見ている。


「お、ばーさん、おかえり」


「おかえりってなんだい、ここはあたしの家だよ。それよりも、ちょい、クリア坊、あんた。くさい話はそんくらいにしてやんな。お嬢ちゃんが熱出してひっくり返って死んじまうよ」


「は? やっぱりオレ、まだ臭えか?」


 オレが臭くてテラがひっくり返って死ぬんか?

 やべえ。


「違うよ。ほんとにあんたはバカだね」


「は? いきなりひでえな。確かにバカだけどよう。バカなりに頑張ってテラを励ましてんだよ」


「だからそれがやりすぎだってんだよ。バカだね。お嬢ちゃんも、ちょっと外行って川で顔でも洗っといで」


「うん!」


 バーバラ婆さんの言葉にテラはガッと椅子から立ち上がってバビュンっと外へ出ていった。

 はやー。


 オレは半開きになってる扉をポカンと眺めた。


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