冒険者クリア、テストを受ける事になる。
笑顔のマックは自信満々に言う。
「ああ、それはとてもいい事だよ。だがね、どうにしてもダンジョンから逃げ出すような君は冒険者失格だ。受注禁止は私の親切心なんだよ。冒険者の道は諦めて、冒険の最前線たるこの街以外のどこかで静かに暮らしていくんだね」
は?
くっそが、なんも理解してねえのかよ。
それとも理解した上で、宣伝効果だけ受け取って、オレの命はぜってえ刈り取るってのか? ふざけんな。てめえの目的だけ達成すれば世の中回るってわけじゃねえんだよ。
「マジっすか! それは勘弁してください。そんな事されたら、オレは食っていけなくなっちまう。そしたら元凶の、ゴッドブレスの皆さんに逆恨みしちまいかねないっす。オレはそんな事したくないんっすよ。マックさんは憧れの冒険者なんっすよ。お願いします、受注禁止は勘弁してください。助けてくださいっすよ」
てめえが理解しねえってんならオレもちょっと踏み込むぞ。
要は、禁止を解除しねえなら、こっちも捨て身で真実をぶちまけてやっからな、ってこった。昨日の感じだとギルドだってお前らを全部信用してねえんだ。本気でやってやりゃあ相打ちくらいには持ってける算段があんだぜ。
「そんな事したら、君は無駄死にだよ?」
視線の殺気が増す。
残念、そんなもんにビビる段階は過ぎちまってんだよ。
「ま、この街の冒険者になれなきゃ、死ぬも生きるも、オレにとっちゃどっちもおんなじなんで」
こっちはとっくに腹を括ってんだぜって睨みつける。
そうだ。こっちははじめっから捨て身だよ。この世の捨て子な上に、てめえらにも穴に捨てられた身だ。どんだけオレは捨てられればいいんだよ。でもよ、どんだけ捨てられてもよ。そっから這い上がりてえんだよ。冒険者になりてえんだよ。金持ちになって世話になったみんなに恩返しすんだよ。夢を諦められねんだよ。
オレは冒険者になって成り上がるんだよ。
決意と一緒に握る手に力がこもる。
そんなオレの手を力強く握り返してくれるテラの手が勇気をくれる。
マックの殺意のこもった眼を睨み返す。
これはオレの生存競争なんだ。
無言で睨み合う。平行線となった話と無言の睨み合いはどこまでも続くかと思ったが、マックの意外な言葉により終わりを告げる。
「うん。そうだね。じゃあ、いいよ」
あっさり。
マックが急に意見を翻して言ったのだった。
「え? いいんっすか?」
問いかけながら。同時にオレは感じていた。
あっけなく折れたマックの言動は、まるであの日みたいだなと。
それはつまりきっとそのままの意味の言葉じゃない。あの時はオレを殺すと決めた時だった。今回も同じ臭いがする。大人の虚偽というか、ガキを騙して喰い物にしようとしている大人の独特の感情の臭いだ。
最初の時は与えられたスキルへのショックと、そこから浮き上がれるビッグチャンスに、そういった疑いを忘れてたけど、今回は違う。ハナからマックが悪人で人殺しだってのはわかってる。テラが握るオレの手から伝わる感情からもそれをビシビシと感じている。
ああ、わかってる。こいつはオレをもっかい殺す気だ。
「ああ、ただしそれには条件があるよ」
ま、そうなるわな。そしてその条件ってのがオレをまたダンジョンの大穴に突き落とすんだよな。知ってる。
「条件ってなんすか?」
「なに、簡単だよ。私たちのテストに合格したらいいだけだ」
「テストっすか? オレ、頭良くねえっすよ」
「うん、この会話で君の頭が悪い事はわかったけれど、冒険者のテストってのはこっちのテストじゃない。ここ、のテストだよ」
マックは自分の頭を指し示して否定した後、続けて自分の逞しい腕を叩きながら、爽やかに笑った。他人に頭悪いとかひでえ事言いやがるけど、爽やかな笑顔のせいか怒る気にもならんな。オレよりもテラの方が怒ってて、隣でふうふう言ってるから怒れないのかも知れねえけど。
「つまりは、戦闘力っすか?」
「ああ、通じたみたいだね。良かったよ。そう、冒険者といえば戦闘力だ。ダンジョンに潜るにも、地上で魔物を狩るにも、素材を採取するにも、全てにおいて戦闘力が不可欠だ。そしてその戦闘力が君にあるかどうかを私たちが試して、合格であれば依頼の受注を認めよう」
一メリも認める気配のない笑顔でマックは笑った。
「うっす。わかったっす」
お前らの全てを理解してんぞ。そういう意思をこめてオレはうなずいた。
「じゃあ一ヶ月後の今日、プルガダンジョンのボス部屋前の大広間に来たまえ。もちろんその間はギルドの依頼は受注禁止だからね。それまで頑張るといい」
とんでもねえとこ指定して来やがるな。
普通のルーキーだったら、んなとこに行く前に死ぬわ。しかも一ヶ月依頼を受けられなくてルーキー冒険者がどうやって生きてくってんだよ。こちとら孤児だぞ。貯えなんて普通ならねーよ。オレはボルドギルド長様のおかげである程度はあるけどよ。
「ちょっとマックさん! クリアくんは冒険者に成り立てなんですよ! プルガダンジョンの最下層まで行けるわけがないじゃないですか!」
どうやらオレの背後、受付カウンターの中にいたライラさんも同じ事を思ったようで、静観する姿勢を崩して、怒ったような口調でマックに抗議してくれた。
「だから一ヶ月の期間を与えているんだ。その間に修行して踏破したらいいよ。それにね、私たちが先に行って待っているんだ。もちろんある程度モンスターを狩っておくさ。残ったモンスターを狩ってたどり着けるかどうかもテストだからね。辿り着けないようではそもそも実力を試す必要すらないよ」
もっともらしい事を言いやがる。
ぜってーそんな事をする気なんてないのが表情から透けて見えるぜ。
どうやってもこいつはオレを始末する気だ。一ヶ月の受注禁止で飢えさせて、そこからプルガダンジョンのアタックで弱らせて、そこで死ねばよし。仮に指定の場所まで辿り着いても自分らが始末して、いくら待ってもオレは来なかった。逃げたか死んだか、残念だ、とでも言うつもりだろう。
「でも!」
それでもマックにくってかかってくれるライラさん。
「ライラさん、大丈夫っす。オレ、やるっす。マックさん、テストよろしくお願いするっす」
オレはマックに対して頭を下げた。
「はは、いい心がけだ……えっと……ああ……少年、精々頑張るといい。今度こそは君がダンジョンから逃げ出さないようにガノウ神に祈っているよ」
マックはそう言ってそのまま冒険者ギルドを出ていった。
オレはヤツが出てった後のギルドの扉を睨みつける。
ぜってー負けねえ。




