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冒険者クリア、とりあえず土下座する。

「やわらか」


 オレは自分の顔に人生史上感じた事のないやわらかさを感じた。

 多分、豚の蹄亭の柔らかいパンですらこんなにやわらかくはないだろう。まるで神が与える至上の喜びのように感じた。あ、もしかして、オレ死んだ? 冒険者になったのも防具を揃えたのもなにもかもが死ぬ間際の夢だった? 今際の際のマボロシってヤツだった? マジか!

 慌ててオレは目を開き、体を動かそうとした。


「ッが」


 目は開けられたが真っ暗でなにも見えない。しかも首から上が全く動かせない。身体は動く。頭だけが柔らかい何かに挟まっているような状態か? 必死でそこから逃げ出そうとするたびに柔らかい何かに当たってその意思が折られかける。でもオレは冒険者だ。もしかしたら夢だったかも知れねえが、それでも冒険者の気概は持ってる!

 なんとか捕らえられた頭を引っこ抜こうと手で突っ張る。


「ぬおおお!」


 オレの気合いのこもった声が響いた少し後。


 すぽ。


 そんな間抜けな音が耳元で鳴った次の瞬間、オレはすごい勢いで後ろにひっくり返って、そのままごろごろと二回転ほどしてから壁にぶつかって止まった。


「いってえー」


 全身がいろんな所にぶつかって凄え痛え。さっきまでのやわらか天国からの反動が凄すぎて、オレは目を白黒させる。そしてその白黒チカチカした視界の先にはでっかいベッドが二つ並んでる。


 そしてその上にはすやすや眠るテラがいた。


 良かった。テラをダンジョンから解放したのも、オレが冒険者になったのは夢じゃなかった。と安堵する気持ちの一方で、オレはこの状況を正しく理解した。あれだけ自分で部屋には泊まれねえとか偉そうな事をぶった挙句に、どうやらオレはこの部屋に一泊しちまったらしい。


 どうしたらいい?


 オレは女性の眠る部屋に一泊した不埒もんだ。貧民街の奴らはそれくらいどうしたって言いやがるだろう、オレも頭じゃわかっちゃいる。けど、オレは捨て子で、貧民で、汚ねえクソガキだ。教会の奴らがいうには天のガノウ神に見捨てられ、それでもなお深い慈悲で生かされてる人間だ。そんなオレがあんなにも強くて可愛いテラを汚しちゃいけねえと思う。


 謝罪で済むだろうか?


 わからん。

 だけどオレにできるのは謝罪しかない。

 せめてテラが目覚めるまで地に伏して謝り続けるしかねえだろう。


 ◇ ◇ ◇


「ふわあー! よっく寝たー!」


 しばらくオレが土下座で待っていると。

 ベッドの上から、自称規則正しい系のダンジョンボスの目覚めた声がした。女の寝起きを見るのは罪だと教会で聞いている。だからオレは頭を下げたまま、テラが気づくのを待つしかない。


「あ、あれ? ここは……あ、宿屋か……て事は夢じゃなかった」


 どうやらテラも目の前の景色が夢じゃないと認識して幸せを噛み締めているらしい。土下座してるから全く見えねえけど。


「そっか……私、クリアに救われて、ダンジョンから出られて……ふ、っく、夢じゃ、な……ずず……い、すびい」


 あ、なんか聞いちゃいけない系の音がしてる気がするんだぜ。

 腹の虫の音を聞いてただけであれだけ言われるんだ。泣いて、鼻水垂らして、それを吸い込んでる音を聞いていたなんてバレたらどうなる? どうなるんだオレ?


「クリア、いない……帰ったのかな?」


 かけ布団の衣擦れの音と、トンと地面についたテラの足の音と振動が、土下座しているオレの元まで届いてきた。どうやら寝起きのテラは土下座した状態のオレに気づいていないようだ。ダンジョンボスから身を隠してるのってこんなんなんかな? てかまさにこんな状況じゃねえか? ダンジョンこええ。


「夢の中でぎゅってしてたの、幸せだったなあ」


 あ。

 ギュッて? オレの頭を捕まえてたのはテラだったのか。あれがギュ? 微動だにできなかったが? てか、これも聞いてたのがバレたら怒られる奴じゃね? 黙ってれば黙ってるだけなんか状況が悪化している気がするぜ。

 そろそろ潮時っていうか。覚悟のし時っていうか。なんというかね。


「あ、あのテラさん?」


 オレは覚悟をキメて、土下座のままでテラに声をかける。


「ん? クリア? 声? って! え!? きゃあ!」


 その声に反応したテラが自分の足元で土下座しているオレに気づいて、そのあまりの驚きに飛び上がってベッドの上まで逃げて行った音がする。まるでゴキブリを見つけた時の女子みてえだ。


「て、え? クリア? そこにいるのはクリア? クリアなの!?」


 ベッドの上の安全地帯に逃げ込んだテラは少しだけ余裕が出たようで、オレをオレだと認識できたみてえだ。何より何より。ここがスタートラインでデッドラインだ。なに言ってんだオレ。


「おう、オレ。クリアだよ」


「なに、なになになに? なんでなん? なんでここにいるの? 帰ったんじゃなかったの?」


「それはだな。とりあえず聞いてください。オレの言い訳……」


 土下座したまま、オレはここに至った経緯を説明した。

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