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冒険者クリア、境界を越えて。

 部屋に入って明日の話をするのは構わない。


 だけど、とりあえずテラは寝るためにベッドに入れって事で。

 現状、テラはベッドの中、オレはそのベッド脇の椅子に腰掛けている。

 掛け布団からちょこんと出ている両手の先と鼻の頭くらいまで隠れて、目だけでこっちを見てる顔があまりに可愛すぎて、オレはちょっと部屋を出ていきたくなった。


「クリア、話、して」


 布団を通して少しこもった声が甘えるように響く。


「お、おう。明日の話でいいんだよな?」


 それはまるで寝物語をねだる教会のチビどものような言い草で。

 オレは思わず、話の内容を確認してしまうと、当たり前でしょ、との返答だった。そりゃそうだよな。


「そだな、とりあえず、明日は朝からギルドに行って仕事を貰うとっからだなー。朝イチで行かねえとみんな依頼をとってっちまうから、朝、はえーぞー。寝坊すんなよー」


「ふふ、大丈夫よ、寝起きはいい方だし、私って規則正しい系のダンジョンボスだったんだから」


「ぷはっ、なんだよ、規則正しい系のダンジョンボスって」


 聞きなれない単語にオレは思わず笑ってしまった。

 しかしテラにとっては当たり前の概念だったらしく真面目に説明を始める。


「えー、ほら、ダンジョンボスにもランダム攻撃系とか色々あったのよ。その中でも私は決まった順番で攻撃する系だったのよー。ま、大体は高火力の光線で一撃で倒せちゃうから規則もなにもなかったんだけどね」


「こわ! こんな可愛い女が出てきたとこに油断してたら一撃かよ。それはやべえな」


「あ、でもそれは、ダンジョンの中だけなんだからね! 外に出たら光線も出なさそうだし、今は普通の女の子になれたみたい。ね、私って普通の女の子よね?」


 すこし慌てたようにぴょこんと布団から頭が伸びる。慌てているのか少し頬に赤みがさしてる。テラにとって普通の女子になれたってのはだいぶ大事な事らしい。わかるぜ、オレも冒険者になれたのは凄えでけえ事だからよ。


「ああ、大丈夫だって、テラは普通で、すげえ可愛い女子だよ」


 オレは安心させるように答える。


「うん、わかってればいいのよ」


 満足げにむふうと鼻からの息で布団を揺らしたテラは満足そうにして布団の中に顔半分を潜らせた。その様子を見たオレには、ただ普通の女子よりもちょっと力が強えけどな、という感想は言葉にできず。とりあえず腹の中に飲み込んでおいた。


「で、明日はどんな仕事をするの?」


「おー、そうだなーまずはやっぱ薬草採取とかかな?」


 オレの言葉にテラは薬草採取? と聞き返してきた。だからオレは、そうだぜ、冒険者といえば薬草採取じゃね? と返した。その言葉にテラは布団の中でんー、と軽く唸ってから言葉を継いだ。


「えっと……なんというか……地味じゃない? 私のダンジョンへ行って、下層にワープして、適当に強そうなモンスター狩って、その素材を売ったらよくない?」


 私がいたら余裕よ?

 そう言った時のテラはダンジョンボスの貫禄が凄まじかった。確かにテラに頼れば簡単なのかも知れねえ。

 でもそうじゃない。オレが知ってる冒険者は地道に一歩一歩積み上げていく存在だった。たまに自分の身の丈に合わない依頼を受けていく奴もいたが、そういうのは大概帰ってこなかった。あのゴッドブレスだってはじめはそうやってた。さすがに天のスキルを得て薬草採取ってのはしてなかったけど。オレは彼らとは違う。スキルも凄えとは思っているけど生活系のスキルだし。なおさら地道にやっていかなきゃならねえ。

 つまりはオレの考える冒険者像ってのは一歩一歩全部を積んで成り上がっていくモンなんだ。

 それをそのままテラに伝えると。


「ふーん。そういうモンなのねー」


「そういうモンだぜ。テラだって普通の女子っぽくやってきたいんだろ? いきなりテラがべへモスとか担いできたらぜってー普通じゃねえ、完全にやべえ奴だぜ?」


 テラはオレの言葉を想像するように視線を上に投げてから、ちょっとしてこっちを見てきた。


「それは確かにそう! 危なかったークリアありがと!」


「だろ? テラがダンジョンボスだってバレたりしたら困るから、なるべく大人しく普通にしてた方がいいぜ。ただでさえオレがゴッドブレスに睨まれてる可能性がたけえし」


「くわあ……そうねぇ」


 オレの言葉にテラのあくびが応える。


「だろぅ……ふわあ」


 あくびがうつっちまった。

 お互いで大口開けた状態で目が合って、なんか面白くなっちまったオレとテラは二人で笑い合った。

 その笑いがおさまった頃合い。


「さて、そろそろオレは教会に帰るぜ」


 ある程度明日の方針も決まって、お互いが眠くなってきた所で、ここらでそろそろ、と考えたオレが帰ろうとすると、やっぱりというかなんというか、テラの手がオレの腕をがっしり掴んで止めていた。


「ダメ、行かないで」


 真っ直ぐにオレを見つめるテラの目は怯えたように潤んでいる。


「どうしたんだよ、テラ。さすがにオレはここには泊まれねえって。なんかあんのか?」


 帰ってはいけない理由を問うと、テラは素直に答えた。


「……怖い、の」


 それはとても小さな声だった。


「そうか」


 その一言で、なんとなく理解できた。ダンジョンから解放されてまだ一日程度。一人になるのが怖い。そうか。そうだよな。テラがあんまりにも元気だから。あまりにも元気に見えてるから。何も考えてなかったけど。そんなわけはないんだよな。記憶を無くす程の長い時間を経て、いきなり知らない環境にやってきたんだ。

 そりゃ不安だよな。きっと教会に来たばかりの捨て子のチビどもと同じなんだ。


「わかった」


「え! いいの!?」


「ああ、さすがに泊まってくわけにはいかねえけどよ、テラが眠るまでオレがずっとそばにいるよ」


 オレはそう言って、かわいいテラが寝付くまでそばにいるために、椅子から軽く身を乗り出し、教会のチビどもにやってやるように、額にやわらかく手を当てた。オレの手の熱とテラの額の熱がゆっくり混ざり合うのを感じながら。静かに目を閉じてゆっくりと眠りに落ちていくテラの顔を、オレはただただ無言で見つめていた。

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