冒険者クリア、境界線に立つ。
いま。
オレとテラは、狼十番の部屋番号が振られた扉を開いて、部屋の境界線を挟んだこっちとむこうで、向かい合って立っている。
オレは外、テラは内。
なんとなく別れづらい雰囲気だけど、テラも眠いし、オレも眠い。
だからなんとなく離れづらいからって、いつまでもダラダラしてても仕方ねえ。
「じゃ、テラ、また明日な! 豚の蹄亭に迎えに来るからよ!」
オレはその場の雰囲気を無理やり切り替えるように喉の奥から声を出し、テラに別れを告げて教会へと戻ろうと踵を返した。
だけど、そんなオレの袖が何かに引っかかって、そこからオレは離れられなかった。なんだ? と、振り向いて見れば、テラの指が袖を摘んでいた。指先一つでオレの動きを止めるとかすげえ。
「ん? テラ、どうした? なんか忘れもんか?」
聞いてみるが、テラは答えない。
俯いている。よく見ればその指先は小さく震えていた。
「どうした? なんかあったんかよ? ちゃんと聞くから言ってみ」
オレはテラに向き直って、震える手をとり、それを両手で包んだ。教会に来たてのチビどもが怯えている時にはこうやってやると少しばっかり落ち着くのをオレは知ってる。
その手を見たテラの目が驚いたように見開かれ、そのままオレを見つめる。
普段は少し眠たげにすら見えるタレ気味の目がでっかくまんまるになってこっちを見てる。
なんか照れるな。オレはちょっと恥ずかしくなって視線を包み込んだ手に落とした。
「まだ……帰らない、で」
テラが小さく呟く。
「いや、男が女の部屋に泊まるのはダメだって。さっき言っただろう?」
「泊まらなくていいから。もう少しだけ、そばにいて……」
普段の強気なテラの発言とは違う。細々とした声だった。
「んー」
でもなー。よくねえと思うんだよなー。教会育ちなせいかも知んねえけど、そういうんはダメだと思うんだ。とは言っても、こんな様子のテラを一人で置いて戻るのもちげえと思うのも確かだし。
「それに……まだ明日の冒険でなにをするか決めてない。その話、してよ」
言葉に詰まり、どうしたもんかと悩んでいるオレに、テラがそう言った。
あーそっか。
「確かに、それを決めとかねえとギルドで手間取るかもなー」
オレの肯定に似た言葉に、不安に曇っていたテラの顔に一気に花が咲く。
「でしょ? じゃあさ、さっさと部屋に入って! こっちこっち!」
顔に華を咲かせて、オレの手を引くテラに、オレはそこからぐだぐだと断るのもできねえで、その力に逆らえず大人しく部屋に入った。何より引っ張る力が強えんだって。さすがダンジョンボスだよ。




