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冒険者クリア、うめえ食事はまた今度。

「ここは料理もすっげえうまいんだぜ!」


 オレとテラは豚の蹄亭の一階にある食堂部分、その一席に、向かい合って座っている。

 まずは部屋にテラを案内して行って、とりあえずかさばる荷物を部屋に置いて。そこでオレとテラは気づいた。一日中飯を食ってないって事に。今日は朝にバーバラ婆さんちを出て、街に入って、そっから冒険者ギルドに行って、アルゴス屋で防具を買って、豚の蹄亭で宿泊の手続きをした。

 てんこ盛りだった。

 それらをやっているうちに当然時間は経っていて、そうすると自然と陽は傾き、時刻はとっくに夕刻を過ぎて夜に差し掛かっている。そしてそれに気づかせてくれたのは部屋の中でクウと鳴ったテラの可愛い腹の虫だった。

 オレは孤児だから別に一日中飯を食ってないのも普通だけど。テラはそうじゃない。ダンジョンボスだけど、ダンジョンから出たら普通の女の子だ。腹が減らないわけない。忘れてた。

 そんなわけで、腹の虫の音を聞かれて顔を真っ赤にしているテラに、なんでかオレが必死で謝ってこの食堂にやって来たってわけだ。


「クリア、あれは忘れてよね」


「なにを?」


「あの、お腹の、その、あれよ」


「ああ、あの可愛いやつ」


「だから忘れてって!」


 怒って頬が膨れる。

 別にテラの腹の音なんて可愛いだけだと思うんだけどな。だけど女がよくわからない事を気にするのは教会のチビどもで知ってるつもりだったから理解はできないが飲み込みはする。


「わかったわかった。忘れるって。ほら飯が運ばれてきたぞ」


 テーブルの上には運ばれてきた料理が並ぶ。

 ダンジョン産のブルーボアの腹肉煮込み。ロックバイソンのチーズとトマトにビネガーソースをかけたサラダ。じゃがものポタージュスープと柔らかなパン。

 どれもずっと憧れていた料理たち。冒険者になって自分の稼いだ金を払ってこの席で飯を食うのもオレの憧れだった。お姉さんに奢ってもらった時も裏庭の石の上に腰掛けて慌てて掻き込んだし。


 でもなー。


「なあ、テラ、これはテラだけで食ってくれるか?」


「え? なんで? クリアもお腹空いてるでしょう?」


 言ってる意味がわからんといった顔で、テラはオレに問いかけてくる。


 オレはオレが今思っている事をテラに説明した。

 憧れの席に座って、うまそうな飯を目の前にして思っちまった。

 今じゃねえな、って。

 確かにオレは冒険者になって、金もあって、ここの料理を食う事ができる。でも、まだ冒険者として金を稼いでない。オレがここで食いたい飯は冒険者として自分が稼いだ金で食う飯だ。確かにオレは冒険者になって、ある程度の金を持ってる。でもそれは冒険で稼いだ金じゃない。


 だからオレは今日はここの飯は食べない。

 そうテラに説明した。


「う、うん。言ってる意味はわからないけど、言ってる事はわかった。なにがなんでも今日はここの料理は食べないって事よね」


「おう」


 オレは力強く頷いた。テラが腹の虫の音を嫌がるように。オレにもこだわりがあるんだ。男と女では分かり合えない事もあるってどっかから来た生臭親父が言っていた。

 これがそれか。オレも飲み込むから、テラも飲み込んでくれな。


「まあ、わかったわ。じゃあ、私はお腹すいたから食べるわよ?」


「おう! いっぱい食ってくれ! マジでうめえぞ」


「じゃあ、いただきます!」


 そう言ってテラは目の前のまだ湯気が立っている料理たちに舌鼓をうちはじめた。

 一口、口に含むたびに、テラの表情が目まぐるしく変わる。わかる。ここの料理はそれだけうまい。知ってる。あんま食った事はねえけど、お姉さんに食わせてもらった時には感動した記憶がある。


 ぐう。


 オレの腹が不満を訴える。

 うるさい腹だ。男のプライドだぞ。空腹くらい我慢するのが筋だろうが。そんなオレの意思とは裏腹に口の中には涎があふれてきて飲み込むのに忙しい。まったく主人の心に逆らうとは不便な体だな。明日になったらギルドで仕事を受けて金をもらってここの飯を食わせてやるから少し黙ってろ。

 そんな風に体を騙していると。


 目の前には肉が一切れ浮いていた。あまりの空腹に幻まで見たかと目をこすると、なんて事はない、テラがフォークに刺した煮込み肉を差し出している。


「ダメだよ。さっき言っただろう?」


 オレは拒否するように首を横にふる。


「これはお裾分けよ。受付のミー姉さんには奢ってもらって食べたんでしょ? それと同じよ?」


 そう言ってテラはにっこりと笑った。

 オレはそのあまりにもかわいい笑顔と、湯気が立ち上る肉の誘惑に逆らえず、そのままパクリとその肉を口に含んだ。そのあまりのうまさにオレの頬は落ちそうなほどに痛んだ。


「クソ! 痛え! けど! うめえ!」


 なんだこの旨味の暴力は! 

 オレは思わず自分の頬を押さえてバタバタと足を動かし、それを見たテラはふふふと笑っていた。


 そうやってゆっくりと二人で食事と会話を楽しんでいると。

 時間はいつの間にか経っていて。テラの口から小さなあくびが漏れ始めた。

 それを見て、オレがそろそろ部屋に戻って解散にしようぜという提案をすると、テラも小さくうなずき、今日は寝て、明日の冒険に備えそうという話になった。

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