清掃員クリア、少女に名前をつける。
「お前、すっげえな」
「でしょう? でもさっきのはこのダンジョン限定ね。外に出たら普通の人間の女子と変わんないんだから」
「へー」
ダンジョンの入り口。
女の能力であっさりとダンジョンを脱出したオレたちは二人並んで座っている。
ギルドによって整えられたダンジョン入り口の階段に座り、二人でとりとめのない会話をして、それがおさまると、自然と無言で星空を見上げる形になった。
九死に一生を得て見る星空は格別に綺麗だな。
生きてるって実感する。
死ぬ事なくダンジョンを脱出できた事で、何だか急にオレは力が抜けちまった。
女も無言で星空を見つめている。
女の方は、わかんねえけど。多分、ずっと囚われてたダンジョンから出られた感動で、オレと同じようになってんだろうな。黙って座ってる。
女の中の感情がどれくらいの、どんなモンかはわかんねえけど、オレなんかよりよっぽど色々あんだろうな。
とりあえず満天の星空を見てると生き残った実感がすげえぜ。
そんな風に生の味を噛み締めているオレに、急に女が怒った口調で話しかけてきた。
「ねえ! そういえば!」
「お、おう。なんだよ」
ついでみたいに背中を叩かれてちょっと痛い。
「女子に向かってお前って言うのは良くないと思うんだけど!」
「お、おう」
何だいまさら。
ダンジョンに長年囚われて記憶がまったく残ってねえってのにそういうとこはしっかり残ってんだな。
「でも、オレはおまえ、じゃない、君の名前を知らんぜ」
「ふふ、私も知らないわ。記憶がないから」
女はイタズラっぽい顔で笑った。
それは記憶を失うほどの長い時間をダンジョンに囚われていた事の証拠だろうに。
「そのダンジョンボスジョーク、オレには笑えねえって」
「ふふ、笑いなさいよ。覚えてないものはしょうがないでしょ? あ! そうだ! じゃあ、さ、貴方が私の名前をつけてよ!」
「え!? オレが? 責任重大じゃね?」
「いいじゃないのよ! 貴方が私を拾ったんだから最後まで責任取りなさいよ!」
「ば、拾ったって! 犬猫じゃねんだからよ」
「いいのよ。私は貴方に拾われたの。そんな貴方だからいいのよ。わかった? さっさとつけて!」
そう言われてもわかんねえよ。
こっちはここまで生きるのに必死で、犬猫だって拾った事ねえっての。
「あ、あー? 女はワケがわかんねえな。しゃーねえなーどんなんでも文句言うなよ」
「いや、ダメだったら文句は言うわよ」
当然でしょ?
みたいな顔でこっちを睨むタレ気味の目がこっちを見て笑ってる。
「うっざ」
「いいから! 早く早く!」
「そうだなあ」
オレは女の顔をジッと見つめた。
月明かりに照らされた白く透き通った顔が白磁のように艶めいている。
タレ気味な目の中の澄んだ瞳の中にはもう一つ月が浮かんでて。
可愛いなあ。これが人間じゃない? 全然ダンジョンモンスターには見えねえよ。
むしろ女神か?
でも世界に神は一柱、ガノウ神だけだってんだよな。クソ神め。二度と祈らん。
はー。地の底で出会ったこの女の名前か。
「早くしなさいよー!」
無言でじっと自分を見つめるオレの視線に照れたように女が唇を尖らせた。
「テラ」
「え?」
「テラってのはどうだ? 地面の底で出会ったからさ、大地を表すテラってのがいいんじゃないか?」
「テラ……」
「おう、ダメか? 地の底はやっぱ嫌な思い出だったか?」
「ううん、ダメ、じゃない。むしろ懐かしい気がする。なんでだろ」
「そっか! よかった! じゃあよろしくなテラ! オレの名前はクリアだ!」
「うん! よろしくね、クリア!」
自然とお互いに手を差し出し。
自然にその手を握った。
その瞬間。
『地族テラとの契約が成立しました』
『パワーウォッシュがグランドウォッシュに進化しました』
聞き覚えのない声がオレの頭の中に響いた。
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