表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

ミレイおばあちゃんの配下 続1

ミレイおばあちゃんの配下 続1



「お婆ちゃん、おはよう!!昨日のお話の続きをお願い。」

「はい、おはよう。カーラーはもう朝ごはんは?」

「もう食べたー。早く早くー。」

「えーと、昨日はどこまで話したっけねぇ?」

「えーと、グリンマ将軍を呼びに行くところまでだった。」

「ああ、そうかい。じゃ、続き、始めるかね。」

 まずは緑茶を一口。


---------------------------------------------------------------------



「よーう!来たぜー!!」

 言って現れたのはロバに乗ってやって来たウーヴェ。

「いらっしゃい。」

「悪いね、わざわざ来てもらって。」

 ドアを開けて、繭華とフレイ様がそれぞれ挨拶をする。

「で、異国のお姫様ってなどこでい?」

 出されたお茶を飲みながら聞くウーヴェ。

「あー、まだ寝てるんだ。何百キロも逃避行の末、殺される寸前だったんだから、グッスリ。そりゃもう。」

「ほーん。……こいつは?」

 ウーヴェの視線が半死半生の男を捉える。

「捕虜。ミイが捕まえた。」

「捕虜…尋問は?」

「そんな事出来ないってば。尋問のノウハウを知ってる人間がここにはいないからね。」

「そうか。」

 言ってウーヴェは捕虜の頭を杖で持ち上げる。

「おい、お前、…っつうかひでえな……。」

 男の状態は顎が砕けて涎と血ででろでろだ。

「ね?これ以上酷いことして喋らせたら捕虜虐待になるじゃん。」

「良いんだよ。人ん家で悪さしてた野郎に人権なんてねぇんだからよ。」

 杖で暗殺者の頭を上げさせるウーヴェ。

「さて、と。おめぇ、ちょろっとでも話す気はあるかぃ?」

 何を…とは聞かない。

「……………。」

 ウーヴェを睨みながら首を振る暗殺者。

「そうか。じゃあしょうがねえ。

 ま、安心しな。俺ぁ苦しむのを楽しむような悪趣味じゃねえ。サクッとやってやる。」

 何だか随分あっさり。

「恐らく身内を人質に取られてんだろう。殺してやった方がこいつのタメだ。」

 その辺にあった斧を数回素振りすると、高く振り上げるウーヴェ。

 いや、ここで殺すなよと思って斧の柄に手を伸ばした時。

「あーっ、お爺様、そいつ、まだ殺しちゃダメです。」

 斧がビタッと止まる。

 声を上げたのは処置室から出てきた琴音。服も手も血まみれだ。

「おー、お疲れ様。患者は?」

「はい。傷跡は残っちゃうけど、神経系も繋いだから不自由なく動かせるようにはなると思います。」

 さすが……。

「ところでこいつを殺しちゃダメって、お琴ちゃんはこんな畜生にも慈悲を与えるのかい?」 

 暴れ出した男の頸動脈を強く抑え、あっさり気絶させるウーヴェ。さすが元軍人。

「あ、そうではありません。こいつ、血液型O型Rh+。お爺様と同じです。背丈もほぼ同じ。」

「ん?同じだと何だってんだい?」

「健康な目と、足と、手があるじゃないですか。」

「「「………え?」」」

 えーと………。

「悪い人でも、悪い人だからこそ、その一部だけでも人の役にたたなくちゃ。」

「………あー……うん。」

 つまり、こいつの手足目をウーヴェに移植するって…。

「血に汚れた手足を移植するのが嫌なら無理にとは言いませんが……。私、5時間程仮眠と食事しますから、それまでに決めてください。」

 最も柔和で温厚な琴音だけど、学者だからか合理的に考えるところがあるんだよね……。

 琴音と繭華はシャワー室で血を洗い落とすと、ベッドルームへ消えて行った。

 ……………。


 おっかね。


 フウと大きく息を吐くウーヴェ。そして隣の部屋を伺う。

「まあ、それはそれとして…。どこのお姫様って?」

「マハバラタ王国だって。」

 端的に答えるフレイ様。

「……あーー。火種だ。めんどくせぇ。」

 頭で整理し、理解が及ぶと徐々に渋面になっていくウーヴェ。

「だよねー。あの娘の性格とか立ち居振る舞い、人望は抜群なんだ。彼女が一般人だったら引く手数多だろうけど……。」

「ああ。人望のある王族ってのは逆に厄介だ。人が集まってきやがる。それこそ呼んでもねえのがな。」

「あの、身元を隠して匿うくらいなら……。」

「うーん……。そうしてやりてぇのはやまやまなんだが……。」

 私の提案に渋い顔を隠さないウーヴェ。

「マハバラタ王族は金色の耳と尻尾があるんだろ?目立つ。ぜってえバレる。」

「バレたら王様とかに怒られる?」

「あんにゃろう等が何を言おうがどうってこたねぇが……。奴等ルメニア工作員だろ?」

「うん。そう言ってた。」

「じゃあ間違いなくこの辺で消息を絶った事が本国に伝わっているはずだ。商人や旅人諸々に化けて大量のスパイが入り込んでくるぁ。」

「そこに火種があれば……。」

「戦争の口実になる。10年前なら願ったり叶ったりだが…今の軍じゃなぁ…。」

 北と東から攻め込まれたら今度はどこまで削られるだろう?

 ガリガリ頭を掻くウーヴェ。


「ご心配には及びません、グリンマ男爵閣下。」

 と、奥の部屋から声がかかった。

 そっと扉が開けられるとマハバラタ王国流の挨拶をするマヤ姫。

「内分の話を耳にしたこと、そして壁を隔ててのお声がけ失礼いたしました。」

 それは仕方ない。何せ狭い家な上、壁も2cm厚の木板。軍人のような通る声なら壁なんてあってないようなもの。全て筒抜けだから。

「おう。アンタがマヤ姫さんかい。俺がグリンマ男爵だ。俺の事ぁおじさまと呼ぶがよい。」

「はい。おじさま。」

「「おいこらヒヒジジイ!!」」

 思わずデュオでツッコミを入れてしまった。心根素直な娘に何言わせてんだ?!

「お、おう、おいらもびっくり。見て、鳥肌。」

 見せんな!オヤジの鳥肌なんぞ!!

「いや、マジでええ娘や……。俺も20、いや、10年前だったらクラリスでウハウハ……。」

「いや、あんたルパンじゃないから。銭形警部の方だから!」

「バーロゥ、おめぇ…………、

 おじさんだって分かってんだよぉ!夢位くらい見たっていいじゃないのよぅ!」

 時折このひととてつもなく情けなくなるんだよね………。

「これ以上皆様にご迷惑をおかけするわけには参りません。わたくしは直ぐに旅立ちます。」

「そうか。………十中八九、死ぬぜ。」

「はい。例え野垂れ死ぬことになっても。」

「………。」

 しばしウーヴェは顎の無精髭を撫でる。

「マハバラタは最後まで他国には迷惑をかけて来ませんでした。私の所為でその誇りが穢されるのは耐えられません。」

「色んな奴等に聞かせてぇ言葉だな。それにおじさんも耳がイテテテ……。」

 と、他国を侵略しまくったウーヴェ。

「いえ。国ごとに必要に迫られる事は理解していますわ。わたくし達の考えを押し付けるのは間違っています。」

 侵略しなければ飢える、侵略しなければ凍える、侵略しなければされる。

 欲望で侵略する、信教で侵略する、猜疑で侵略する、慢心で侵略する。

 為政者は考え、用意しなければならない。

 される方はどんな理由であれ迷惑千万だけれども……。

「何より、結局滅ぼされてしまった我々はお題目だけは立派な…、国を失う事になったお馬鹿さんです。」

 ほう。カリスマだけの姫様ってわけでもなさそうだ。

「まあ高尚なお題目としても、それを貫いたんは褒められることでぃ。支配者の偽善でもあるがな。

 ただ!!

 アンタ等の最大の失敗はあいつ等を甘く見た事だ。」

「あいつ等……。」

「カカラ族さぁ。多分世界最悪の奴等だ。

 呼吸するようにウソを吐く。約束した次の日には反故にする。盗む騙す犯すは当たり前。強い者には頭を床にこすりつけて膝まづき、弱い者は食い物にする。プライドが無駄にたけぇくせに実が伴ってねぇ。これだけでもまだ氷山の一角さ。」

 私の疑問に即座に答えてくれるウーヴェ。

「そのカカラ族を……って?」

「アンタ等、カカラ難民の流入を許したろ。」

 ウーヴェの言葉に俯くマヤ姫。ピンと張っていた耳もへにゃっとなっている。

「隣国でもないのに……、ご存じでしたか…。」

 どうやらウーヴェは退役しても国際情勢については調べていたようだ。

「今でも分からないんです。どうしたら良かったか……。貴族達も反対した方が多かった…。

 結果的に見れば彼等がルメニア軍に内通して、侵攻を促しました。突然急所を突かれて、我が軍は為すすべなく瓦解しました。

 それでも、こうなる事が分かっていても……我々は入国を拒むことはしなかったと思います。いえ、我が国のポリシーとして、拒めなかった……。」

「だからだな。まあ、きゃつ等は人の優しさにつけ込んできやがるからよ。

 以前、あるカカラ族に恩を仇で返すのを糾弾した時『それが何か?』とかぬけぬけとぬかしやがったんだ。あんときゃ怒りとか呆れる前に、あ、こりゃ俺等とは根本から違うイキモノなんだと思ったぜ。

 以来、俺ぁ奴等とは同じ土俵にゃ上がらん事にした。それでも奴等、居るだけで迷惑かけてくるからなぁ、…イキモノ扱いも止めた。バイキンだ。」

 一呼吸おいてからウーヴェは話し始める。

「お前さんを保護すると、多分難民がお前さんを目指して集まって来る。」

 コクンと頷くマヤ姫。

「この土地は見た通り人が居なくてよ、人材は喉から手が出るほど欲しい。」

 だが、と続けるウーヴェ。

「奴等は必ず紛れ込んでくるだろうよ。テメェ達のせいで国が滅ぼされたってのに奴等は悪びれもせず、被害者ヅラして来る。自分達は関係ない、罪はない、巻き込まれただけだっつってよ。ヘタしたら王族のクセにちゃんと守ってくれなかった姫さんが悪いとか言い出すかもな。」

「……………………。」

 どうやら想像に難くないようだ。

「俺は奴等の入植だけはぜってえ認めねえ。許さねえ。駄々ったらぶっ殺す。

 そん時姫さん、アンタぁ腹決まってるかい?」

「……………………。」

 泣きそうな顔で、耳を倒し、固まっているマヤ姫。

「爺ちゃん……。」

 そんなマヤ姫に助け舟を出そうと声を上げるフレイ様。でもどう続けて良いか分からない。

「わーってるよ。姫さんを責めてるわけじゃねぇ。ま、これぁ念押しだぁな。」

 ぱしんと膝を叩くウーヴェ。音にびっくりするマヤ姫。尻尾がぶわってなった。

「お前さんと家臣、俺がまとめて面倒みてやるぁ!」

「「爺ちゃん…。」」

「難民も……、300人までだ。

 俺の土地もそんな広くねぇし、元からいた連中に肩身の狭い思いをさせられねぇからな。備蓄も次の収穫までギリ、300人だ。

 お前さんがしっかり目を光らせてくんな。独立とか自治がどうのとか言い出したら、誰だろうと叩きだすからな。」

「……はい。はい!必ず!恩に着ます。おじさま。」

 ニッと笑うが、次の瞬間、ウーヴェは頭を抱える。勢いで生きている人だから……。

「そしたら、仕方ねぇな。フランツだけには挨拶しとくか。

 フローリアちゃんにワイロ持ってかねぇとな。」

 先王妃は先王が唯一頭が上がらない人らしい。先王妃はかなり頻繁にウチのドレスを高く買ってくれているので、根回しに使うようだ。

 ウーヴェもなんだかんだ貴族だ。

「あ、だったらマティアス爺ちゃんの蒸気船に便乗して行った方が良いよ。新しい物好きの先王陛下も喜ぶんじゃない?」

 去年竣工した570t、全長70m、最高速度12k'tの高速蒸気船がそろそろ完成しそうらしい。

 フレイ様が考案したボイラーを船の動力として積み込んだ蒸気船。小人族が熱膨張を抑える金属を鋳造出来るようになってから、高圧タービンが作れるようになっていた。マティアス曰く、計算通りに完成すれば急流ゲルプマン峡谷をさかのぼれ、物流革命をもたらす船だそうだ。

「お?もう出来そうなのか?確か先週ボイラーがぶっ飛んだって言ってたが。」

「ぶっ飛んだんじゃないよ。ちゃんと安全弁が噴いたんだけど、近くに居た機関士が蒸気で吹っ飛ばされて、ついでに大火傷で入院したんだよ。」

 琴音が呼び出された程の大怪我だった。

「そんな船に乗って沈没したりしねえだろうな。」

「大丈夫だって!仮に転覆しても救命いかだが積み込まれてるから、安心。」

「ま、俺ならエーベ河ぐらい泳いで渡れるから問題ねぇけどな。」

「行く前に先触れ出すんでしょ?」

「ああ。隠居たぁいえ、『きちゃった♡』とか冗談じゃなくぶっ飛ばされるからな。

 嬢ちゃんの話も暗号文書で伝えとかねぇと。」

「あの、王家の方にご挨拶されるなら、わたくしも行く必要が……。」

 心配そうに言うマヤ姫。

「止めとけ。クソ坊主に見つかったら何されるか分かったもんじゃねぇ。」

 クソ…、王子、現王の事ね。敵国に熨し付けて送られるかもしれない。

「お前さんはまずマティアスに会って今後の身の振り方を相談しとけ。」

「マティアス……、リッテン将軍ですか?」

「ああ。隣町に住んでる。でっけぇ時計塔のある館に住んでる。俺からの紹介状もってけば……。」

 ここで悩むウーヴェ。

「ま、大丈夫のはずだ。」

 凄く不安そうな表情になるマヤ姫。


 ウーヴェはすぐさまフランツ先王とマティアスに宛てて手紙をしたためる。

 何時間かかけて送付の準備が出来て程なく、琴音が起きてきた。

「お爺様、どうするか決めましたか?」

「ん?何だっけ?」

「再生手術。」

「それなんだけどさー、おじさん、お注射嫌いなの。」

 そうそう、毎年予防接種の時泣き叫んでる。

「そうですか。覚悟は決まったようですね。では手術、しましょう。」

 あ、琴音の目のハイライトがオフになってる。

「あれ?聞き違い?勘違いしちゃったのかな?琴ちゃん、おじさん、手術しないって暗に……。」

「大丈夫です。痛いのは手術が終わった後の2週間くらいですから。」

「や、待って、結構長い間痛いのね。」

「さ、行きましょう。神様の仰るチタン合金はまだ作れてませんがステンレスボルトが完成してます。」

 口が三日月になってる。

「え゛?!あのぶっといのをどう使うの?」

「骨にドリルで穴を開けて骨接ぎに。」

「あ、おじさんちょっと用事思い出した。ちょっ、まっ、いやーーー!!お家、帰るーー!!」

 ウーヴェは手術室へ引きずられて行った。




 今やこの国だけでなく近隣諸国に有名になった時計塔の館(クリンクトゥーム)

「おう、ミレイ嬢ちゃん。どうした急に会いたいって。」

 その館の主、マティアスが執事に伴われて現れた。

「えーと、先ずこの書状を……。」

「んー、ウーヴェから?あいつが書状ってヤバイ匂いしかしないんだけど…。」

「まあ、私達じゃ、手に余るので来たのは、そうです。」

 手紙に目を通し、途中で後ろのマヤ姫に何度か視線を送るマティアス。

「……………。」

 マヤ姫は居心地悪そうにソワソワしている。大きな耳もあっち向いたりこっち向いたり。

 なんか、ちょっとかわいい。

「ふむ……。」

「彼女がマヤ=マハバラタ、姫。私達の村、で預かる事になりました。」

「………ウーヴェはカカラ族に関しては…?」

 頭の回転が速い人の会話は私には突拍子が無さすぎる。まあウーヴェが気付くならマティアスなら真っ先に懸念するところだろうけれど。

「はい。彼女が泣きそうになるくらい釘を刺してました。」

「そうか。…なるほど。奴が良いというらなら、まあ、反対しても意味なかろう。

 で、居住地は何処にするのかな?」

 意図が分からず首を傾げる。

「ウーヴェの館近くにするのか、森の中に住むのか。」

「多分爺ちゃんのあばら家。」

「それは止めた方が良いな。多分、彼女を旗印に、必ず難民が押し寄せてくる。恐らく万単位で。あの割と広い平原を見たら我も我もと押し寄せて来るぞ。

 受け入れるにしても徐々にでないと、飢えに苦しむことになる。そうなると必ず治安が悪化する。」

「「そんなに?!」」

「ああ。今、マハバラタ王国のあった地域はルメニアに組み込まれて相当酷い圧政を強いられている。底辺の連中から逃げ出して来るだろう。いや、既に色んな国に逃げ出してるな。そして逃げ出した先でさらに酷い、いじめを受けている。」

「…そんな……。」

 膝から崩れ落ちるマヤ姫。

「君にとっては悪い話じゃないんじゃないか?国民を守れなかった王族は普通さらし首だ。そうなっても仕方のない事だ。例え高尚な国是がどうあれ、国を守れないのではな……。」

「……………………。」

 マヤ姫は顔を覆って、声を失う。

「悲しむとか嘆くのは帰ってからにしてくれ。私も暇ではないのでね。」

「爺ちゃん、言い方。」

 さすがにマヤ姫がかわいそうになってきた。

「言い方?私の、マユに対する言い方と比べるとどうかな?」

「そりゃ、マユは爺ちゃんの弟子なんだから言い方はきついけど……。この娘は最近まで姫様だったわけで……。」

「それ。」

 ビシッと私の額を指差すマティアス。

「ここではそんな肩書に意味はない。むしろここでは隠さないといけないものだ。

 端的に言えば、王族だとて他国では優遇などされない。むしろその身分は邪魔になる事を理解しておかなければならない。」

「うーん…。」

 確かに私はお姫様だからかわいそうと思ってたのかな?もし村娘が泣いてたらかわいそうとは思ってもここまで心を砕くだろうか?

「さて、ミレイ嬢。先王には面会の連絡は送ったのだったね?」

「うん。さっき出した。」

「すると返事が返ってくるのが2週間後くらいか…。蒸気船の試験航行がちょうど終わる頃か…。

 私も王都に行くとしよう。準備を……。」

 言うとマティアスはベルを鳴らす。執事が直ぐに現れた。

「パステフカ、トライデンとフラスマイヤーの腕時計は完成しているか?」

「は。トライデン、つまり先王妃の婦人用腕時計は完成までにあと5日程かかるとの事ですが、フラスマイヤーは3本程完成品が届いております。」

 言って金時計を差し出してくる執事パステフカ。

「ここまで小さくなったか…。さすがクリハシ親方だな。しかしそれでも純金だけあって重いな…。まあいい。一本、先王への献上品として貰っていくぞ。」

「製造番号A0001はウアツァイト博物館へ納品でよろしいですね?」

「ああ。」

「旦那様。先王陛下へはNo.2を献上して頂けますよう。」

「うーん。フランツの死後アイツへ相続されたら業腹なんだけど。」

「旦那様。」

 ちょっとたしなめる様な執事の声。

「分かったよ。せめて奴の手には渡らないよう手を打っておく。」

 と、いつの間にかマヤ姫が腕時計をジーと見つめていた。興味ある時のクセか、シッポがユラユラしている。

「興味あるのかな?」

「はい!」

 苦笑してマティアスは腕時計をケースに入れてマヤ姫に渡した。

「一本2500万マルクするものだ。気を付けて扱ってくれ。」

「は、はい!」

「君はこういうカラクリに興味があるのかな?それとも産業の方?」

「産業の方です。」

 即答するマヤ姫。

 産業……。お家再興をあきらめていない?とか、普通思ってしまうけど…。

「ほう。では工場見学とかしてみたいかね?」

「よろしいのですか!!?是非!」

「まあ、一朝一夕で盗める技術じゃないしね。

 色々なところからスパイを送り込もうとしてるが工員は全員が小人族だ。彼等はとても義理堅い民族だから絶対裏切らない。いくら潜り込もうが問題は無い。」

 今いる小人族は400人弱だが年々増えて行っている。長い間虐げられてきた彼等が安住の地としてここに来たのだけれど、マティアスは彼等に天職を与えてくれた。

 しかも最近は造船に関しても高い開発能力を発揮し始めている。今、全世界の小人族達が続々とこの地、小人族の楽園ハンドルフを目指して集まっている。

 マティアスとしては金の卵を産む鶏が濡れ手に粟状態。

 先行投資はしておくものだと繭華に事ある毎に自慢しまくっている。まあ繭華はうぜぇとばかりに『偶然の産物だろ。』それに『そもそもフレイ様のお力添えあっての事だろ。』といつもケンカしてる。

「ただし、だ…。」

「?」

 首を傾げるマヤ姫。

「彼等小人族はとても嫌っている、というか憎んでいる民族が居る事を知っているかね?」

「っ…。」

 思い当たるふしがあったのかヒュッと息が鳴る。

「ここでも出てくるカカラ族だ。奴等は小人族を食い物にしていた時期があって、助けた恩を仇で返すだけでなく、小人族の安住の地を奪わせておこぼれに預かるってクズな所業をしている。挙句、色々な地で小人族のネガティブキャンペーンを振りまいた。当時の小人族の苦労は並大抵ではなかったはずだ。

 君の国がカカラ族を保護した事を彼等は知っているという事は伝えて置くぞ。

 小人族達の感性は鋭いから君の容姿から、直ぐにマハバラタ王族と看破されるだろう。ケンカになっても私は関与しない。」

「……わかりました。」

「心配しなくても大丈夫だよ。私が止めるから。」

 血気盛んな職人も多少いるけれど、根が良心的な小人族だから武器を使う事は無いだろう。それであればかすり傷位で済む。

「恐れ入ります。」



 時計工場、造船所、火力発電所と見て回るとマヤ姫は相当衝撃的だったのか黙り込んでしまっていた。

 小人族達に白い目で見られて、恐縮はしていたがあまり気にはしていないようだった。耳や尻尾も最後まで王族らしくピンと張っていた。


 マティアスは目に付いたカフェに入る。

「マスター、ケーキセットを3人分、お願いするよ。」

「これは子爵様、いらっしゃい。」

 外套を衣紋掛けに掛け、4人掛けのテーブルに着く。

「さて、どうだったかね?我が領は。」

「これを子爵様が全てご自身で?」

「……ああ。この隠居と弟子達で計画、設計し、軌道に乗せてきたものだ。」

 本当は発電所も造船所もフレイ様の発案だけど、フレイ様がマティアスが設計したものとしてくれと頼むので、誰かに聞かれた時はいつもこう答えている。

「最近まで戦争で各地を転戦していたと聞いていましたが…。何年の月日でここまで?」

「そうだな、この地に隠遁生活を始めてからだから5~6年で、かな。」

 ………………。

 考え事をすると癖なのか、耳がピコピコあっち向いたりこっち向いたりする。

「こんな異次元の都市をわたくしは見たことがありません。貴方様は戦争だけではなく施政も鬼才だったのですね。」

 …………………。

 しばらくの後、ケーキセットが運ばれてきた。私達がそれを食べるのを見てからマティアスが話し始める。

「実はな…。この街をたくさんの友人や視察に来た貴族達に見せたが…、君のように深刻に考え込む者はほぼ居なかった。彼等にはまだ農産物の方が重要らしい。」

「今のまま生産が続くなら、他の誰もが何もしなければ…この国…、いえ、世界中の金銀がこの都市へ集中するでしょう…。」

「フフッ。私を鬼才というなら、君も十分優秀な人材だ。有象無象の貴族より世界が見えている。

 しかし、金銀などあっても飾るわけにもいかんし、富が集中すると経済が滞る。……銀行の設立を真剣に考える時期かな?」

「銀行、ですか?」

「両替商と言えば分かりやすいかな?為替取引の他に、貯蓄、運用とかも考えている。」

 これも日本の知識。フレイ様によると成功するかどうか、軌道に乗るかどうかが不明との事。工業ならまだしも、政治経済は専門外だから断言できないと言っていた。

 でもマティアスと繭華が言うにはまず失敗しないだろうとの事。

「そして、まだまだ工場も、銀行も、商店も、学校も、役所も、何もかもが足りない。人口が少なすぎるんだ。」

「そんな…。万を超える人が住んでいるのに……。」

「まだまだ!まだまだなのだよ。この大きさの街なら、100万都市を目指せる。農業が主体の街ではそうはいかんがね。」

「ひゃく……。あっ!でもそれなら…。」

「ああ。」

「……………………。」

 頷くマティアスを見て、口を抑えて涙ぐむマヤ姫。

「ミレイ嬢、ウーヴェの土地で小麦、米、ジャガイモを作るとどのくらいの口が賄えるかな?」

「うーんと、今のままなら年1~3万人かな?平原とか森を切り拓いて行けば…、最終的には100万人、がギリだね。」

「結構。

 と、いう事だ。積極的に旧マハバラタ王国から入れるわけにはいかんが、君の所の難民も今の我が街であれば年、2千~3千位までなら、受け入れられる。」

「あ、ありがとうございます!」

「先も言ったが、一斉に来られるとさすがの我が領も食糧難になる。慎重に、秘密裏に、優先順位を付けて明日の命も知れぬ者から引っ張って来ると良い。」

「はい!そのように。心より、感謝いたします。」

「爺ちゃん、初めから助けるつもりなら、わざわざ憎まれるような事、言わなきゃいいのに…。付き添いの私も、ちょっと、居たたまれなかったよ。」

 との私の苦言に―

「いや、気軽に考えられても困るしな。それに王女の為人ひととなりを知る意味もある。そして旧マハバラタ王国の常識を我が国に当てはめられては困る事を釘刺しておかないといけないからね。

 それに、崩壊前のマハバラタ王国の人口は6百万人。彼等全てを我々だけで救う事は不可能だ。」

「はい……。」

「働かずに楽をしていいとこどりしようとする者は何処にでもいる。そんな人間には来てほしくない。特に元貴族や元御用商人等だ。」

「はい。」

「君は賢い。全てを救おうとして一人も救えないという愚を起こさない事を願おう。」

「肝に命じて。絶対に、子爵様、男爵様に迷惑をかけるような事は致しません。

 我が命に懸けましても。」

 命を懸ける。この時の私達は言葉の綾と軽く考えていた……。

「最後に念の為、言っておく!カカラ族。きゃつ等はダメだ。絶対。」

「は、はい。わたくしとしましても………………。」

 恨みが無いわけでもない。けれど、一時的であっても国民であった……。その葛藤が表情や耳尻尾に現れている。

「でも、彼等は本当に、いつの間にか…。」

 いつの間にか居るとか、ヤだな…。カビか蚊か?

「ああ。だから、我々は戸籍制度というものを準備してある。」

「戸籍?」

「氏名、住所、家族構成、出身地、勤務先等を記したものを役所で一人残らず徹底的に管理する。

 入植審査で怠惰な者、好戦的な者、不穏分子を徹底的に排除する。公文書を偽った者は領追放。

 それでも連中は紛れ込んでくるだろう。それに対する準備も万全にしておくが、君も気を付けて欲しい。問題が発生したら、元からの住人はカカラ族の問題ではなく旧マハバラタ王国の問題としてとらえる。

 最悪、住民抗争とかが始まるだろう。」

「必ず、そのような事が起きないようにします。」

「うむ。」

 既にぬるくなったお茶のおかわりをマスターに頼むマティアス。


「そう言えばミレイさまはミノタウロス族なのですよね?マハバラタ王国ではミノタウロス族は身分の高い……。」

「違うけど。」

「……一族でして、神聖視………って、ええ?」

「私、牛頭鬼から進化して今は牛頭大王。」

「ごず大王?聞いたことありませんけど……。」

「あ、ゴメン、今の無し。他人に言っちゃいけないんだった。」

「ミレイ嬢ちゃん……。」

 頭を抱えているマティアス。

「どうしよ……。」

「あー、マヤ姫、ミレイ嬢ちゃんは今14歳でな……。」

 いや、15歳だけど……。

「え?10歳位かと……。それにしても小さい…。」

 余計なお世話じゃ!

「でも、おっぱ……。」

 と、自分の胸をペタペタ……。

「だろう。見た通り歳のわりに小さい。だからミノタウロス族と別種として扱おうとね。じゃないと他のミノタウロス族と同じ仕事が割り当てられてしまうからな。」

「な、なるほど…、そうなのですね……。で、でもその容姿ならマハバラタの民なら優遇……。」

「あ、そう言うの必要ないし、関係ないし。私、元、奴隷だし。」

「え?あの…、え?」

「まあ、早い話、そちらのミノタウロス族が来てもミレイ嬢ちゃんは嬉しくもなんとも思わないという事を理解しておいてほしい。という事だ。」

「あ、はい。承知しました。」

 これ、興味はなかったんだけど、この時もう少し聞いとくべきだった。



---------------------------------------------------------------------


 

「おばあ様、お昼になりましたのでサロンへお願いします。」

「おやおや、もうそんな時間か…。カーラー、続きはまたで良いかい?」

「むーー。」

 カーラーのむくれ声に続いてパシーーンと大きな音。

「バカたれ!おばあ様は午前中ずっと話しっぱなしでお疲れなんだよ!」

「分かったよー。俺、カレー!!」

「すみません、すみません。ウチのバカ息子がすみません。」

「良いよ良いよ。話すのは楽しいし、カーラーにも、アニタやマヤ姫の話、色々な人に語り継いでもらいたいし。」


 彼等の生きた証、マヤ姫の血は残っていないけど、志はマーヒやカーラーには息づいている。


「どうか、風化させないでおくれ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ