ミレイおばあちゃんと来訪者
ミレイおばあちゃんと来訪者
「ねえ!お婆ちゃん、身長いくつ?」
聞いたのは外孫の子、ひ孫のカーラー。…だったよね?
「身長ねぇ。私は13歳でぴったり止まってねぇ。以来ずっと158㎝だよ。」
「あはは!ちっちゃい!僕よりも!」
ベシン!!!
「バカたれーーー!!!」
母親で孫のマーヒ。
「申し訳ございません。お婆様!何分、甘やかしすぎたバカたれ息子なもので、今後、良く言い聞かせますので…………。」
真っ青な顔でカーラーの頭を下げさせている。………そんな怯えなくても…。
この子には一度も怒ったり怒鳴ったりしたこと無いんだけどねぇ……。
「ああ、良いよ良いよ。実際小さいしね。」
「いえ、それはお婆様がミノタウロス種ではなく……。」
「いや、私が小さいのは成長期の頃に栄養失調だったからだってさ。でも、良かったよ。私の子供達は私程小さくなくて。」
それでも私の子、いわゆる第一世代は平均を超える子は一人も居なかったけど。
「私の血を引いても皆が大きくなれるようになったのは………。」
………………。
言葉に詰まった私に先を促すカーラー。
「身長だけじゃなく、あらゆる呪縛を祓ってくれた………マヤ姫とアニタ。」
「あ!アニタって、シン家の祖でしょ?僕の家だー。」
カーラーの言葉に頭をペシと叩くマーヒ。
「アニタ様、な!!」
まあカーラーにとってアニタは既に歴史上の人物だから呼び捨ても普通か。
「ねえお婆ちゃん、何でマヤ姫の家って残って無いの?」
「ああ、うん…………………。」
「お、お婆様、この話は……。」
マーヒには確か話した事がある。マヤ姫の悲劇を。だからか、少し居たたまれない表情になる。
「そうねぇ。マヤ姫は…救われず、報われず…。アニタも如何かな?結局最期まで心から笑えたことは無かったんじゃないかねぇ。
この話は楽しい話じゃないし…、ちょっと聞くのには覚悟が必要かもね。」
子供の頃残酷なおとぎ話をフレイ様から聞かされた。私はそれが苦手だった。
「いずれは知らないといけない話だけど…。どうするかいね?」
「聞くー。」
「そう……。…マヤ姫の話は少し長くなるんでねぇ。いくつかに分けて話してあげようかね。」
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「フレイ様、私のも大きくしてください!!」
いつもの冷静沈着さを失った繭華の声。その人差し指が私をびしっと指差している。
「マユのは完成されてるんだよ。黄金比?それは神の奇跡。いじったりしちゃダメだ。」
「だったら何でミイのはあんなにボリューム満点なので?小さい娘なら小さくないと不自然でしょ!」
再度私を指差す。
「…………ミイのは夢。」
「………………。」
ジト目の繭華。
「だってだよ、元々ミノタウロス種は振れ幅が大きいうえに、最小にしてもDカップからなんだよ。ホントだよ。するとだよ、どこまで許されるか、試してみたくなるだろ?だろ!?」
「で?その振れ幅がどの辺になるとこんな巨大になるの?」
巨大て……。
「不自然と調和、ロリ顔にナイスバディ、絶妙のラインを攻めてみました!!」
拳を突き上げるフレイ様。我が人生に一片の悔いなし?
「ここ。ここが俺のこだわり。」
言って私の尻尾あたりを指差すフレイ様。
ともあれ、11歳頃から身長の代わりみたいに大きくなり始めたんだけど……。どうやらフレイ様はその頃から気長に成長させていたみたい…。
私達の身体をある程度伸縮できると聞いて、私は身長を大きくして欲しいって頼んだんだけど、『それで最大。』って言われて諦めたのに。
「何なのそのムダなこだわりは?そんなもの掃いて捨てなさい!」
「…それを捨てるなんてとんでもない。」
「……………………は?」
「それを捨てるなんてとんでもない。」
……………………。
何か、デジャヴュが……。これを言われたら何回何時間を費やしてもいっさい前に進まない気がする。
「フレ様のだらぶちーーー!!」
繭華は叫んで家から飛び出して行った。
と思ったらすごい勢いで帰って来た。
「森の西北西の入り口付近で、戦闘!二人と十人!!」
突然のことで皆反応できなかった。
「武蔵、ユリ!すぐ助けに行きなさい!」
武蔵とユリが影からすうっと部屋に現れる。
「は。直ちに。」
と、頭を下げて言う武蔵。
「えー?何でー?めんどー。いつも降りかかる火の粉以外は無視してんじゃん。」
ユリが口をとがらせて言う。
それぞれ彼等らしい反応を示す。
「ユリ!貴様…。」
「お?何だ?やるか?ゼニゴケ!」
ゼニゴケ…、武蔵のいくつかある蔑称だ。何でそう言うかは知らない。杉苔じゃないんだ、とかは皆思ってるんだけど……。
「何故貴様は親より上位のお方に口ごたえできるんだ!?」
「親以上だからだよ!盲従するだけが親愛表現じゃねーだろ。」
ケンカを始めた二人を背に私はナタを手に取る。
「先行ってるよ。」
「ミイさま、私も参ります。」
琴音が文机からてちてち歩いて来る。
「ああ、うん。危険は覚悟してね。」
「はい。」
しかし彼女の足でついてこれるか……。
私は琴音を肩車し、走り出した。
「道案内します。アッチです!」
どうやら繭華の思念から情報を受け取っているようだ。
「ナタと、大鎌、持っておいて。」
昨日草刈りしたから鎌にはまだ草の破片と泥が付いてる。
「はい。」
「じゃ、走るよ!」
「はい。」
大鎌で方向を差す琴音。私は鎌の指す方向へ走る。
「距離大体8㎞です。」
「じゃあ、大体30分位かな?」
私は足が遅いから……。
時速15km位かな?
「えいほ、えいほ、えいほ………………。」
割と深い森だから根っこに足を取られないように走る。
しばらくすると………。
武蔵とユリの言い争う声。
「だから貴様はアホなのだ!」
「うっせーわ、ダボハゼ!くびれ死ね!!」
言い争う武蔵とユリの声と共に私の頭の上、森の木の枝をひょいひょいと跳んで行った。
あっという間に豆粒大になってしまう。
……………………。
うん。速さの勝負してないし……。
と、程なくして武蔵の良く通る声が響いて来た。
「武器を捨てよ。この森での乱暴狼藉は許さん。」
「……………………。」
武蔵の警告にしかし、不審者は一切の反応を示さない。
私からはまだ150m位離れている。
「もう一度言う。武器を捨てぬ方を攻撃する。」
「……………。」
状況は……。
先ずは12~3の女の子と、17~8の女性の二人組。
小さい娘は汚れてはいるがどこぞの貴人のような恰好。女性はその護衛か?大怪我をしている。女の子は妖狐種だろうか、そして女性はウェアウルフ種か?特徴的なケモ耳とケモ尻尾だ。
対して、顔を隠した村人風の服装の男女。しかし身のこなしとかが常人ではない。どこぞの暗殺者と見るのが自然だろう。
二人組の方は既に戦う力を失い、倒れ伏している。
「ぬっ!!」
10人の一人が倒れている女の子に向けて剣を振り下ろそうと振りかぶる。
武蔵とユリが矢を放つが二本とも別の人間に切り落とされた。
しかし剣は振り下ろされなかった。
ドガッ!!
剣を振り下ろそうとした不審者の頭にナタが生え、ナタの重さで首が持って行かれ、剣はあらぬ方向へ飛んで行ったから。
「…が…がが…。」
倒れた男は痙攣している。
「琴、鎌。」
「はい。」
琴音は鎌を私に託すと、肩の上から飛び下り、着地する。
同時に私は突然の事態に固まった不審者の一人にライダーキックをかました。
吹っ飛ぶ不審者。
「武器を捨てなさい。降参するまで殺すの止めない。」
警告と同時に大鎌を一閃。男の首が落ちる。
私が招いた混乱に、ユリが不審者2人のこめかみと眉間に矢を突き立てる。
「……………。」
一気に4人が屠られたと言うのに他の連中に動揺はなかった。直ぐに立て直すと、私達に剣を向ける。
一人がナイフを3本、私に向けて投げてきた。
木を盾にして反転。一気に接近、鎌を再度一閃。首を刈り落とす。
こういう戦い方はウーヴェに叩きこまれている。普通の兵位ならそう簡単に遅れは取らないと太鼓判を頂いている。
こういうタイプは話し合いは通じないとの事。最初の警告に従わないなら壊滅させろと教えを受けている。だから後は掃討戦。向こうが白旗を上げ、武器を捨てるまでお仕置きは終わらない。
ナイフを投げてきた女が居たから私は石で応戦。
ひょいひょい避けるので、
ボウッ!!
火を奴の前に吐く。逃げ場を失わせて石を投擲。
ドカッ!!
「ギャッ!」
目の上辺りに当たった。当たり所が良かったか、それで女は動かなくなった。
戦いの間に琴音がケガ人の様子を診る。
武蔵が不審者と彼等の間に入り、攻撃が及ばないように警戒する。
「どなたか存じませんがお願いします!アニタを助けられる人を呼んできて!!」
まあ普通なら10歳位の幼女がケガを診れるとは思えんよな。
でもこの辺りで琴音を超える医者はいない。
今もチアノーゼ反応がどうとかぶつぶつ言ってる。
「大丈夫ですよ。落ち着いて。えと、右上腕部から……。貴女、この手を押さえておいて。ここではまともな治療が出来ないので、まず出血を止めます。」
右上腕と左足の膝から下、がほとんど皮一枚で繋がっているような状況。背中にナイフが2か所突き立っている。
「ま、待て、私はどうなっても良い。姫様を…ガフッ…。」
手のひらが真っ赤になるほど血を吐くアニタと呼ばれた女。
「大丈夫。あの三人にまかせておけば10人位直ぐですよ。」
「くあああ!!」
腕をきつく縛ると激痛に悲鳴を上げる。
「嗅いでください。強い麻酔効果があります。」
言ってハンカチを口元に近づける琴音。
「要らん!寝ているわけにはいかんのだ!」
それを振り払うアニタ。
「今の貴女では起きていても何も出来ませんよ。ハッキリ言うと邪魔です。」
琴音に冷静に言われて悔しそうに顔を歪めるアニタ。
「この手足では私はもう侍の任にはもどれぬ。死んだも同然だ!だから……。」
「壊死する前にくっ付けます。無駄口叩いてないで大人しくしていて下さい。」
……………………。
痛みと状況を忘れて呆然と琴音を見る二人。
「次、足の処置を行います。……貴女は早くそれを嗅いで寝てください。」
「アニタ、お願い。嗅いで。」
姫様がハンカチを受け取ると、アニタの口元に近づける。
「姫様……。」
3~4回位の呼吸でアニタは意識を失った。
「ミイさま、なるべく急いでください。かなり、危険な状況です。」
「分かった。」
言って私の目の前に居た男に鎌を突き立てようと振る。
ガキン!!
男がナイフと剣で鎌を止めた。
がら空きのみぞおちに私は肘打ちをお見舞いする。身長差でちょうどいいところに急所があるもんだから。
「ごふっ!」
くの字に折れた身体。私の頭の上辺りにちょうど顎が…。
掌底をそのアゴめがけて振り上げる。
ゴキッ!!
顎の骨に加え、かなりの数の歯が折れてぶちまけられた。
弓なりになった腹めがけて再度掌底。
「おごぶぶろろ………。」
男の胃の中にあった物が全てマスクの中へ吐き出される。
危なかった…。マスクが無かったら反吐を被るところだった…。
この時、奥歯に隠してあった自決用の毒が体外に排出された。
「せっかくだから確保しようか…。」
私はポケットに入れてあった紐で頸動脈をキュッと……。
「お、落ちた。ユリ!ふん縛ばっといて。」
「りょー解。」
ユリが枝の上から飛び降りてくる。
私は次の不審者の討伐にかかる。
と、残り二人になったところで不審者は逃走を始めた。
敵わないならせめて依頼人へ報告しようという事だろう……。
「ユリ、どうしたら良い?」
「追加で暗殺者を送られてもめんどいし、殺しといた方が良いんじゃない?」
「そう。」
私は死体の頭をカチ割っているナタを引っこ抜くと、100m位先の男の背に向けて投げる。
逃走者が飛来音に気付いて振り返った時にはナタは目の前に迫っていた。
「あがががが……。」
ナタは顔面を真っ二つにした。
「イェーイ!!」
ユリの称賛とハイタッチ。
「武蔵は?」
「残りの一人を追ってる。あのバカでも相手が一人なら普通に仕留めるでしょ。」
森の中だし、と、付け加えるように言うユリ。
「…んー、琴、終わったよ。」
「この人、一刻を争います。担架を作って運んでください。」
担架って言ったって……。
周りを見ても材料になりそうなのは……。
「はい。」
ユリが厚手の布と近くにあったツタを引っこ抜いて来た。
「おお、さんきゅ。」
後は大鎌の柄と、ユリの弓と、太い枝を……。
「えい!」
バキッ!!
「えー、ソレを折る?」
「…? いけなかった?」
「いや、折れるものなのかねって、ね?」
『私の首くらいあるんデスけど。』と戦々恐々としているユリ。
担架を手早く作ると、武蔵が帰ってきた。
「仕留めました。死体は今晩あたり、狼の腹に収まるでしょう。」
「お疲れ。」
簡易担架の太い枝の方に不審者を括り付け、ケガ人を横たえる。
「じゃ、私が前を受け持つから二人は後ろをお願い。」
「はっ。」
「りょ。」
「えと、姫さん?」
「え?あ、はい、わたくしでしょうか?」
我に返ったかのように言う姫さん。
「私の背に登れる?」
「え?え?」
「早く。アニタを死なせたいの?」
「あ、はい、すみません。」
私の膝に足をかけて、肩によじ登る姫。
「OK。武蔵は琴をお願い。」
「はっ。既に。」
さすが武蔵、手際が良い。
「じゃ、行くよ。」
「えい!」
ゆっくり呼吸を合わせて走り出す。
のだが………。
「……。」
ほ!の、掛け声が聞こえてこない。
「いや、掛け声。」
「他の掛け声ではいけませんか?」
「こいつと意見が合うのは業腹だけど同意。」
と、武蔵とユリ。
「え?どうして?」
「「ドロンボーみたいで嫌!」」
これからお仕置きが待っていそうで嫌だとか。
「良いから、ほらほら、えい!」
「ほ!」
言ったのは琴音だった。
やっぱええコや。
「えい!」
「ほ!」
「えい!」
「ほ!」
……………………。
家の近くまで来ると、繭華が扉を開けて待っていた。
「琴、念話で聞いた通りあらかた準備しておいたわ。刃物の熱湯消毒もアルコール消毒も済んでる。」
「ありがとうございます、繭様。」
家にたどり着くと、すぐさま琴音の小屋へアニタを運び込む。
そして手術が始まる。
その間に私は……。
「ただいま戻りました、フレイ様。」
フレイ様に報告。
「うん、お疲れ様。ごめんよ、俺、弱くってさ。」
ウーヴェにもフレイ様と繭華は戦場に出るなと言われている。
「あのケガ人と、この娘が、不審者に襲われているところを、助けました。」
言って娘にお茶をだす。お礼を言ってお茶を手に取る娘。
煮え湯ではないけれど…、熱いだろうに、ごくごく飲み干した。
「ああ、ありがとう。皆大丈夫だった?」
「暗殺者は、弱かった、です。」
言いながらお代わりのお茶を差し出す。
「え?!」
お茶を取る手を止め、驚きの声を上げる姫。
「彼等は37-8部隊と言ってルメニア帝国最強の精鋭なんですよ!」
「へー。」
「へー、って……。」
「あんなのが精鋭?」
言って担架に縛り付けられたまま伸びてる男を見る。
「……………。」
「まあ、彼女は鬼軍曹に鍛えられているからね。で、君は?」
「…、申し遅れました。」
言って正座し、三つ指。
「わたくし、マヤ・バラタと申します。」
「さっき、アニタってお姉さんが、姫って……。」
「姫?」
私の言葉を聞きとがめるフレイ様。
姫とか厄介事の匂いがプンプン。しかも大怪我の従者を連れてとか……。
「……………。」
しばし何事かを考えるマヤ姫。
「迷惑をかけたくは無いのですが…、はい、その通りでした。」
「でした?」
「わたくしの国は先日、滅ぼされました。もはや姫ではありません。」
「あー、何か、読めてきた…。先日滅ぼされた、というとマハバラタ王国?」
苦虫を噛み潰した様な表情になるフレイ様。
「……ご存じでしたか…。」
「王家は……王と王妃、第一王子から第三王子までが…。」
「はい。殺されました。他にも捕らえられたり、……逃亡先で落ち武者狩りにあった者もいたと聞きます。」
淡々と無表情で事実だけ語るように言うマヤ姫。
「参ったな………。匿ってあげたいけど……。ウーヴェ爺ちゃんに迷惑かかりそうだし………。」
「ご迷惑をおかけするわけには参りません。わたくしは直ぐに出立致します。
出来ればアニタはここで預かって頂いて、何か役目を与えてあげてもらえませんか?彼女を狙う不埒者はいませんし、優秀な娘です。きっとお役に立つはずです。
差し上げられる物はもうこれしか残っていなくて…。どうかお願いします。」
言ってマヤ姫は宝石の付いた指輪を差し出す。
「彼女の事は良いとして…、君は行く当て、あるの?」
指輪は受け取らないとジェスチャーで伝えるが、困った表情のままのフレイ様。
「南東に遠い親戚が経営する商会があります。彼等を頼ろうかと……。」
遠い、親戚、か…。
「……………。」
表情から見るに、どうやらあまりかんばしい結果は出ない可能性が高そうだ。
私に分かるんだからフレイ様が気付かないはずがない……。
「………。
まあ、分かった。いずれにせよ今日は疲れたでしょ?今日くらいはこんなあばら家で良ければ泊まっていくと良い。」
「………………。」
人の優しさが身に染みるのか、はらはらと涙を流すマヤ姫。
「御恩は生涯忘れません。」
「ミィ、俺のベッドを彼女用に用意して。」
「いえ、私のベッドを彼女に、貸します。男性のベッドを女性、しかも貴婦人に貸すのは、いささか……。」
「ああ。うん、そうだね。じゃ、ミィは俺と寝る?」
「はい。」
はい。こうなる事を狙ってました。
「いえ、わたくしはアニタの処置を見届ける義務が有ります。」
だまりゃ!!せっかくうまい具合にフレイ様と添い寝が出来るチャンスなのに……。
気持ちは分かるけど、全く、めんどくさい姫様だ。
「それは琴に任せておきなよ。あの状態じゃ8時間位はかかるよ。」
「それでも待ちます。」
フレイ様の言葉にしかし頑ななマヤ姫。
「それってさ、大体君が寝ちゃった頃手術が終わって、皆が喜んでる輪に入れないってオチになると思うよ。」
「手術が終わったら、起こしてあげるから、先に休んでおきなさいな。」
私の勧めにしばらく考えてから彼女はコクンと頷いた。
寝床を用意している間に軽くお茶漬けを出してやる。深々と頭を下げるマヤ姫。
彼女はスプーンで、素早く、それでも姫らしく、サラサラとお茶漬けを平らげた。
何だか慣れたものだ。食べたことあるんだろうか?まあ似たような食べ物はマハバラタ王国にもあるとは思うけど…。
「重ね重ね、御礼申し上げます。ごちそうさまでした。」
「はい、おそまつさま。こちらへどうぞ。」
マヤ姫を隣の部屋のベッドに誘導する。
毛布を掛けて燭台に水を置く。
目を離した一瞬の間にマヤ姫は寝息をたて始めた。
「はやっ……。」
相当疲れていたのだろう。
「寝た?」
「はい。毛布をかぶったらすぐ落ちました。」
「……さて、どうしたもんかね……。」
どうしたもんでしょうね?
「やっぱりウーヴェ爺ちゃんには話しておいた方が良いだろうね?」
「そうですね。呼んできます?」
まあウーヴェ爺ちゃんは私に毛が生えた程度の判断力なんだけどね。でもまあ直ぐにマティアス爺ちゃんに話が行くだろうから。
「うん。頼むよ。」
「では、ひとっ走り、行って参ります。」
「あ、ちょっと待って、事のあらましを書いた手紙を書くから。」
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「何と言うか、アニタ様はとてつもなく綱渡りの人生を送って来られたのですね。」
多少なりとも話を聞いていたマーヒだが、出会いからの凄まじさに声を失う。
「マヤ姫の貧乏くじを引き継いだ感じだね。」
「えー、でもアニタも元老の一人でしょ?」
「だからお前は……。」
またカーラーの頭をひっぱたきそうだったマーヒの手をやんわり止める。
「そうだね。アニタは高潔で、大きい、大きい人だった。
そんな人はね、偉くなること自体に何の価値も見出さない。」
「えー、でも父ちゃんは正三位引き継いだ時物凄く喜んでたよ。ほっぺたがぴくぴくしてた。」
「ギャー!お前ー、父ちゃんに恥かかせんじゃないよー!」
ベシ!!
あ、間に合わなかった…。
「イテー。」
「まあ、アニタの直系を認められたのだから、喜んで良いんだよ。
そして、お前さんもその位を受け継ぐ立場なんだから、しっかりしないとね。」
「うん。あ、でもそうするとお婆ちゃんがアニタ助けてくれなかったら僕、生まれてこなかったんだね。
お婆ちゃん、ありがとー。」
言って抱き着いて来るカーラー。
微笑してその頭を撫でる。
「不遇の人生を送ったアニタには王家、宰相家、三政家、五官家からの謝儀が与えられた。今まで、全家から謝儀が与えられたのはアニタだけ。」
マヤ姫に対しては…、判断が割れて……。結局棚上げで、これから先も与えられることは無いだろう。
「あ、勲章とか感状がウチの正面玄関に飾ってある。」
「ああ。今後も全家から謝儀が与えられるなんて事はまずないだろうから、多いに誇ると良い。」
「「はい!!」」
「さて、私も少し話し疲れたよ。続きはまた後で良いかい?」
「うん。んじゃ、またお話してねー。」
手を振って二人を送り出す。
何だか思い出してしまった。
でも、と、ふと思う事がある。
もし、マヤ姫が家を残していたなら、もっと良い国になっていただろう。
繭華が予言してる、これから生まれる政治腐敗もずっと遅くなる。あるいは自浄機能が良く働く政府が出来ただろう、と。
「…マヤ姫との時は、長い時間じゃ、無いんだけれど、ね。」