クヴィヒ研究論文 禁図書資料手記 グリンマ侯爵
クヴィヒ研究論文 禁図書資料手記 グリンマ侯爵
「ベルトルト=クヴィヒ殿。貴君に禁書閲覧許可を与える。王国歴422年、3月10日、禁書館館長、桑原白妙。」
書状が渡されて、私は震える。
18年申請し続けていた禁書館に立ち入れる許可がついに下りた。
王立杉大学の学部長室へ呼び出され、何事かと思って居たのだが…。
「分かっていると思うが、図書館に持ち込める物は着ている衣服だけだ。あらゆる記録媒体、電子デバイス、筆記用具に至るまで、持ち込み不可だ。」
この女性も桑原家の人なんだろうか?一言で表現するならきつめの美人秘書。
「はい。」
「不正があったと認められた場合、即時退去の上、医学的記憶消去処理がなされる。心するように。」
淡々と怖い事を告げる秘書さん。
私がここまでして見たい本とは3~400年前に実在した桐生家の祖、琴音様の日記。
「何度も繰り返し聞いているだろうが、貴殿が閲覧を望む桐琴日記は特に禁書中の禁書だ。」
この時代、信ぴょう性の高い文献は特に桐琴日記と言われている。
学術的価値は歴史、医学、文学、音楽、等々多岐に渡る。
とにかく下手な論文より正確で分かりやすく、本来なら教科書にしたいくらいなのだが……。困ったことに、正確すぎて、例えば読めば誰もが無差別大量破壊兵器が作れてしまうと言う禁書。
「分かっています。何年も繰り返し告げていますが私の知りたいことは歴史。物理化学には興味ありません。」
「よろしい。明日、14時34分34秒から正面02ゲートが開く。47分後、閉鎖。明後日は11時51分03秒から正面14ゲート…。」
「え……。」
「…何か?」
「えと、時計は持ち込めないんですよね?館内放送とかで時間を教えてもらえたり…。」
「無い。ゼンマイ式腕時計、あるいは砂時計の持ち込みは可能だ。」
ゼンマイ…。今時そんなの売ってるか?
「あの、閉鎖時間に間に退場が合わないと、どうなります?」
「閉じ込められる。」
「緊急避難扉とか…。」
「無い。さらに次の開閉機会まで待たなければならない。大丈夫だ。これで死んだ人間は2人しかいない。また、それに対して禁書館は責任を負わない。
…大丈夫じゃないと思います。
「ちなみに館内の感知器が火を感知したら酸素濃度がゼロになる。防火隔壁には1㎡の緊急避難口があるから、そこから非難しろ。ただ、30秒で鍵がかかる。気を付けるように。」
…命の時間が30秒て………。
でも文句は言わない。じゃあ止めとけと言われたら最悪だ。
「閉鎖後、館内は一斉に消灯される。採光窓も無いし、光源は避難誘導灯のみだ。全本棚は一斉にシャッターが下り、以降の取り出しは出来ないが返却だけは出来る。ここまで良いか?」
「はい。」
「空調は気温5℃、湿度が20%以下に設定される。」
これは紙魚対策なのだろう。本の天敵だ。
「当然宿泊設備はない。椅子も無いので、冷たい床で寝ることになる。かなり寒いがまあ死にはしない。多分。時々閉館に間に合わない人間は何人かいるしな。」
「あの、水は……。」
「喉が我慢ならん位乾いたら……。ト……、コホン。まあ、なんだ…、死にはしない。」
あ、分かっちゃった。私は平気な方じゃないけど、やむにやまれぬ時、何度かそこで飲んだ経験はある。
この後も色々シャレにならない注意事項を告げられたが、何度も何度も聞いたことだし、何とか、念願の禁書庫へ入ることが出来た。
翌日、禁書庫に来ると大きなロッカールームに入れられた。
「身に着けている衣服以外、全てこのロッカーに入れなさい。」
言われた通り、全てをロッカーに預ける。
ここに来て名前を告げたら、何故かフルフェイスの仮面をつけた女性司書が案内してくれている。
次いで、金属探知機みたいなもので身体中スキャンされる。
「よろしい。入りなさい。」
ガタン!スゥー……。
近代的な扉では発生しないような音が鳴る。
……………………。
扉が開くと、ひんやりした空気と紙の匂い。
まるで戦艦の隔壁のような扉をくぐると、巨大な空間が現れた。
奥は………、300m位あるだろうか?左右も100mはある。
その中に広めの等間隔で書棚がきっちり並んでいる。
ガタン!
扉が閉められた。分かっていてもすっげえビビった!
たった今閉められたのに継ぎ目もキレイに消えている。こちらからはもう出口はどこか分からない。
……………………。
ああ、圧倒されてしまっていた…。
まあ国の全ての禁書が集まっているのだからこんな大きさは普通なのか?
ここでは一人の命は本に劣る。
さて、目的の本は…。
「あった。」
……というか…。桐琴日記って………。
高さ2m、長さ25m位の書棚3個分もある…………。
「300年以上前の手記……。」
感慨深い。
「うわ…。綺麗な字だ…。」
…………………。
一冊目から目を通していたら時刻は既に30分を過ぎていた。
「分かりやすい……。」
その時の心情まで手に取るように読み取れる。
しかし……。
「こんなに時間をかけていたら目的が果たせなくなる………。」
フ……。
「あー、…消灯された。」
窓が無いので外界の光は無い。
でも非常灯の下から漏れる光で何とか本は読めそうだ。
さて、目星をつけた日記を10冊、非常灯の下へGO。
「あった……。」
グリンマ男爵の記述……。
読み進めると、情景が目に浮かんでくる……。
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「殿下ちゃんよぉ、アンタァ今自分が何やってんか分かってんのかぃ?」
「いくらかつての忠臣と言えど陛下に対し奉り、不敬であろうが!」
「あぁ?!」
ウーヴェのひとにらみで全員が黙り込んでしまった。
王子にしても死線をくぐった男の迫力にビビりまくっている。
「はやり病で3日寝込んだ隙を縫って陛下を軟禁、貴族院、教会を掌握の根回しまでは及第点だ。まあ、アイツなら0点と言うだろうがな。」
のちにリッテン侯爵も止められなかったのだから及第点ではあると評価されている。
ただし、その次の手からがもうお粗末この上なかった。それもそのはず、外国の手が回った入れ知恵だったのだから……。
「何か勘違いしておらぬかグリンマ侯爵。いや、もう隠居してビュールンのグリンマ男爵になったのだったな。」
もともと政治には興味が無かったウーヴェではあるが、正門をくぐる前に制止を受けたことから分かっていた。
「そなたももう歳だ。後の事は優秀な子息が継いでくれておる。安心して任せるがよいぞ。」
「勘違いねぇ。勘違い、ああ、しましたともさ!
陛下の血を御引きの御子だ!さぞや優秀な世継ぎになるだろうと思ってたんだがよぉ、こんな唐変木だったたぁ……。おじさん呆れを通り越してでんぐり返ったショイスだコンチクショウめ!」
そう唾棄するように言い捨てるとウーヴェは身を翻した。
そもそも、ウーヴェに他人を言い負かすなんて芸当はできない。話し合いでダメなら殴り合いの人種なのだから。
『不敬罪で逮捕?』『お前から行け!』のような顔で兵士達が目配せあっているが……。
「おおっとぉ。最後に隠居からの忠告だぁ。」
とびかかろうとしていた兵士が一斉にストップ。起き上がれなくなってジタジタしている。何かコメディ舞台を見ているようで数か所から笑いがこぼれた。
「聴こう。」
「殿下ちゃんの治世を民が認めるまで3年は絶対他国には攻め込まず、防御に徹するこった。」
そう言えばと思う。今までは平和で良いと言っていた王子が突然東進論を説きだしたのは。
きな臭い…。きな臭いが、自分にはもうどうしようもない。
「分かった。新しい軍務卿に伝えておく。」
帰りの道すがら、さて、どれだけ辛抱できるだろうかと思うウーヴェであった。
「さて、俺の荷物は残ってるかなぁ~あ?今戻ったぜぇ!」
この館も住んだ時間は5年も無いだろう。ほとんど戦場の毎日だったから。
州都に戻ったウーヴェを待っていたのは次男のアドリアーノ8歳であった。
「おかえりなさいませ父上。」
母親が他界して乳母に育てられたようだが…。信用ならねぇ目をしてやがる。
「おう。」
「今までお疲れさまでした。これ、兄上からのお手紙です。」
「ああ。」
思った通りの事が書かれていた。
明日にでもビュールンに行けとグリンマ侯爵印が捺されていた。
「ま、事務なんて俺にゃ無理だからな。まさかあいつが代官のアーノルトを殺してまで手に入れるとはな……。」
アーノルトの親族には慰労金を払っといてやらんとな…………。クソが…。
「…………。」
「何か?」
と、アドリアーノ。
8歳の子供だ。見どころは……、見いだせなかった。
遊んであげたこともない、教育なんて一切ほっぽらかしだ。会うのだってまれだ。
そんなものかと思うウーヴェ。
「いーや。少ぉし寝かせてくれや。」
「はい。ロジナンテ。」
アドリアーノが後ろに控えている執事に顎で命令する。
「は。」
執事のロジナンテがすまなそうに頭を下げる。頭を上げる前に肩に手を置く。
「今までよく尽くしてくれた。ありがとよ。皆も、本当よくやってくれた。」
最後の言葉を館全員に聞かせるように声を張ると、色々なところからすすり泣く声。
翌日、ウーヴェは馬小屋に残っていたロバを荷車に繋いで荷車に飛び乗る。
ペシンとお尻を叩くと、いやいやロバは歩き始めた。
「おいおい。1週間で着くかね?」
まあ今は軍務に追われるでもないし、それでもいいかと荷台に大の字になるウーヴェ。
途中、盗賊を50人位とっちめながら隠居先へ向かうのであった。
「ほう。隠居にゃ悪くねえ。」
隠居先のビュールンは人口50人位の寒村だった。
丘の上からは2~3km先に海が見えた。釣りとか面白そうだ。
「おーい、ここの村長はいるかぃ?」
「……はい。村長のヤーコプです。」
年の頃は50中盤くらいか、覇気のなさそうな男だ。
「俺ぁウーヴェ=マーク…じゃねえ、ウーヴェ=バル・グリンマって新しいここの領主だ。まあ、よろしく頼むわ。」
「おお、それはそれは……。」
「まあ、しがない隠居の身だ、明日からも今まで通りやってくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
「で、空き家なんかあるかい?」
「ええ。領主様の館には少し小さいですが、あちらに……。」
「…………おお。」
家に蔦がびっしり覆いかぶさっていた。
「村の者総出で掃除をしますので、それまで我が家でお寛ぎください。」
「すまねえな。頼むわ。」
「あの!」
と、少し若い男が声をかけてきた。
「んー?」
「グリンマ様って、もしかして、かの英雄様では?」
「英雄なんかじゃねえよぉ。息子共に家を乗っ取られた間抜けさぁ。」
「「「……………。」」」
周りにいた村民が気まずそうに視線をさまよわせる。
「失礼しました。おい!」
頭を下げさせる村長だったが…。
「ああ、構わん構わん。まあそんなわけで統治能力は期待しないでくんな。だがこの近辺に盗賊がいるんだったら……。」
「居ます!」
40半くらいのおばちゃんが叫ぶ。
「ほう。人数は?根城は?」
「人数は30人位で、あの山の麓辺りに洞窟を掘ってたむろしてます。」
「今までの被害は?」
「こちらは寒村だから畑とか山羊とか持っていかれるくらいですけど、川向こうの大きな町が……。」
「ほう。殺しとかやってるかい?」
「はい。今まで数十人が……。国に訴えても……。」
そうか、まさかこういうところから腐り始めていたのかと思わずにはいられない。
「よっしゃ。ちょっくら根切りにしてこようかね。掃除が終わるころには終わってるといいなーっとくらぁ。」
と、鼻歌交じりに言う。
「お、ちょっくらこれ借りるぜ。」
言って、ツルハシとスコップを担ぐ。
「おーい、そんな離れたところ居ねえでこっち来い。」
ウーヴェの後を追ってきたのはさっき英雄か聞いてきた男だ。
「あの…。」
「おめえさん、名前は?」
「ハイコ。」
「よっしゃ、ハイコ。盗賊のねぐら、正確にわかるかい?」
「はい。案内できます。」
「結構。」
言って男にツルハシとスコップを持たせると、先導させる。
程なくして…。
「あの穴です。」
「あー、こりゃ楽だ。」
「え?楽って?」
「盗賊退治は殲滅が基本だ。一人も逃がしちゃなんねえ。」
ウーヴェは先ず少し丘の上に上り、枯れ木を拾ってきて井桁に組み始めた。
「あの、何を?」
枯れ木に火をつけ……。
「お前さんの役目だ。これをあの洞穴の中へ投げ込め。それから飛び出てきそうな盗賊はスコップでひっぱたいて中へ押し戻してやればいい。」
「ぁ……。」
「覚悟を決めな。盗賊に良い盗賊なんていねえのよ。悪魔を地獄へ送還してやんのさぁ。それって天使の所業じゃね?」
「そ、そう、ですね?」
ウーヴェは少し場所を変えると入口正面の方から近付き、短弓を構える。
「がっ…。」
「?ぐが……。」
見張りを一気に二人、眉間に穴をあけ絶命させた。
ハイコが井桁の下の方、火のついていないところを持って穴の上までやってくる。
「まず、見張りが倒れたら通風孔を全て埋める。」
スコップで通風孔に土をかぶせる。
「騒ぎ始めたら火の強い枯れ木からスコップで放り込む。」
大きな騒ぎになってきた飛び出そうとした一人をスコップでぶっ叩くと、盗賊は悲鳴を上げて穴の中へもんどりうって行った。
「よっしゃよっしゃ。やるじゃねえかハイコ。」
もう一人飛び出そうとしてきたのをやはりハイコがスコップでぶっ叩いて穴の中へと返した。
「ほふーん。こりゃ楽だねー。おうおう、無粋すんじゃねえよぉ。」
ウーヴェのツルハシの一撃が盗賊の脳天へ振り下ろされた。
一瞬で絶命する盗賊。そして死体は再度穴の中へ蹴り込まれた。
その間にハイコがどんどん井桁の燃料を穴へと放り込んでいく。
たまりかねた盗賊が火に水をかけたのだが
「「「ゲホゲホゲホゲホ!!!」」」
まあ、換気口が無いのに火に水を掛ければそうなる。
構わずハイコは火を放り込む。
「こ、降参、降参する。助けてくれ!」
「うーん?こうさんってなーにー?おじさん突撃と進軍しか学校で教わってこなかったんだぁ。」
ついで手にしていた鋭く削った木を槍のようにして目の前の男に突き刺す。
最後の方では命乞いまでしていた盗賊だが、ウーヴェは一顧だにしなかった。
「終わったみてぇだ。おい、ハイコ、村から男衆数人呼んで来い。お宝山分けするぞ。」
「は、はい!!」
通風孔の一つを生き返らせると、ウーヴェはゆっくり穴倉へ降りていく。
うめき声が上がっている男の心臓へツルハシを突き立てる。
「が…。」
「た、たすけ……。」
「…ません、とくらぁ。」
再度ツルハシ。
「悪魔……。」
「はぁ?こんな天使みたいな悪魔がいるかよぉ。」
一回りして生存者がいなくなったことを確認したのち、ウーヴェは穴倉から出てきた。
「領主様!連れてきました。」
「おう、ちょっと中確認したがあまり金目のもんは無かったぜ。」
と、中にあった金貨を一枚見せる。
効果は絶大だった。全員が我先にと穴倉に入っていき、飛び出してきてゲロを吐いて、決心して再度穴倉へ突入して行った。
穴倉からは金貨200枚、金の盃や銀のさら等大量に出てきた。ここの半分は町の被害者への見舞金とすると村の寄り合いで決定された。
「さて、ガキどもが遊び場にしたら危険だ。それに死体ははやり病が発生すると聞いたことがある。ここは埋め立ててくれ。」
「「「はい。」」」
「おう、頼んだぜぇ。」
ツルハシを杖代わりに鼻歌交じりに現場を後にするウーヴェであった。
「領主様、盗賊を討伐頂き、ありがとうございました。」
戦場から帰ってくると村長が腰をかがめて出迎えた。
「おう。このくらいなら朝飯前よ。ハイコって奴もほめてやんな、大活躍だったぜ。」
「ありがとうございます。それから館ですが…。」
夏だから陽が傾いているという事はこの辺りでは午後9時位だ。ずいぶん長いこと掛かったものだ。
「おお、すまねえな。全員ありがとうよ。」
言って村長に先程の金貨を渡す。
「礼だ。」
「金貨!!もらい過ぎです。」
「いいから取っときな。こんな時くらいパーッとやろうぜ。」
「は、はぁ、ちょうだいいたします。」
「おう。」
ウーヴェは上機嫌で館に入り、ベッドの感覚を確かめる。
「んむ。戦地のベッドに比べりゃ逸品よぉ。」
「では村、総出で歓迎会を………。」
と、その時。
「そ、村長!早馬が!!」
早馬?
外へ出ると騎馬武者が一人とから馬が一頭。
「おう、マティアスじゃねえか。お前がいなかったから俺ぁ色々やり組められちまったよぉ。悔しいよぉ!」
騎馬は謀将マティアス=マーク・リッテンであった。
「冗談を言ってる場合ではないウーヴェ!大変だ、新王が隣国フェヒライヒへ宣戦布告した!」
「まったく。3年はなにもすんなって言っといた…。」
「お前も分かっていただろう!?この乗っ取り劇は全てフェヒライヒとペトルラントの差し金だ。」
「あー、そういう事か。まあ踊らされてるだろうなとは思っていたんだが…。」
「全て踊らされて進軍して10万の軍が壊滅。生存は5万いるかどうかの歴史的大敗だ……。」
さすがのウーヴェも蒼くなった。
「とにかく乗れ!急いで近くの陣屋へ向かう。」
「村長、わりぃが歓迎会は中止だ。俺は戦場に戻る。後の事は頼んだ。」
「は、はい。ご無事のお帰りを……。」
ウーヴェは馬へ飛び乗ると、一路、最初の陣屋へ向かう。
「それで、軍の再編は?」
「現場が混乱している。生存した5万は田舎へ帰ってしまっているようだ。」
そうすると完全にこの辺りは狩場になっていると見て良いだろう。
「フェヒライヒとペトルラントの動きは?」
「早いぞ。もうすでにリンダ―ハウゼンまで落とされた。」
10年かけて浸食していった土地が3日でとか……。さすがのウーヴェも泣きたくなる。
「おいおい、勘弁してくれよ……。」
「これに対抗するために先王フランツ陛下が3万の軍を指揮、今、我々が向かっている陣屋へ急行中だ。」
その間にも次々砦は落とされていくだろう……。
「おい、マティアス。最終防衛ラインをドコに計算してる?」
「シュトラスだ。」
「…………俺達の30年が水の泡か?」
「そういう事だ。どころかここが陥落してしまうと我が国は終わるな。」
「殿下ちゃんはすげえな。俺達が30年を一瞬で水泡にしてくれたぞ。」
約40kmの道のりを1時間半程で到着すると会議室に入る。
「何だこりゃ……。」
この辺りの貴族や将が集まっているはずのそこは下士官しかいなかった。
「フェヒライヒ方面軍の元帥は誰だ?」
「来ていません。」
下士官が踵を鳴らして返答する。
「来ていない?」
「ユーメッツ伯はこの戦いには遅れると申されまして……。」
実際は埃臭い戦場になど出たくないと全てが終わってから悠々と出かける手はずだったようだ。おかげで壊滅の軍から逃亡するという辛酸を舐めなくて済んでいるというのは皮肉だ。
「報告!フランツ先王陛下がシュトラス近郊の村にてペトルラント軍と交戦を開始しました。」
「事態が早い!行くぞ、マティアス。」
「ああ。代わりの馬を2頭用意しろ!それから付いてこれる騎兵は我らに続け!」
時は真夜中だが、この時期、日が暮れていても真っ暗にはならない。その中を慎重に馬を走らせる。
前線までは20km。そこでは避難民の先導をしている先王の姿があった。
「フランツ!無事か!!?」
先王を名前呼びして馬を横付けするウーヴェ。
「おう、ウーヴェ、すまぬな。楽隠居させてやれなくなったようだ。」
「まったくよぉ……。それより今はここを乗り切るぜ。ここの混乱を収拾すれば兵1万あればシュトラスは落ちない。後は撤退するだろうさ。
俺が前線で立て直す。マティアスとフランツは事態を収めてくれ。」
「分かった。」
「フフ。若いころを思い出す。」
「おいおい、俺ぁまだぴちぴちだぜ。あんなバカ息子共ではない新しい息子を作って英才教育してやるんだからよ。」
「酒場のアンナちゃんか?先月結婚したぞ。」
「何だとぉ!!!」
叫び声が戦場に消えていった。
「おい、前線の隊長は誰だ、交代するぞ。」
「は、中佐・エンデです。現在戦況は完全に劣勢。この状況になるまで1時間経過中です。敵将の名前も把握できておりません。」
「よし、疲れ切った連中を率いてマティアスのいる後方へ下がれ。」
「は。」
エンデ中佐が敬礼して下がる。
「ったくめんどくせえなぁ……。」
言ってウーヴェは大きなハウルバードを担いだ。
「門を閉めるぞ!2大隊続け!」
ウーヴェは戦いには目もくれず橋の昇降機を制圧すると、敵味方混乱しているにかかわらず橋を上げ始めた。
「よし、お前!」
「ラインバーン大尉です。」
「ラインバーン、お前は橋を越えている敵を殲滅しろ。」
「は!」
「俺は、ちょこっと行ってくるぁ。」
「は?」
ウーヴェは馬にまたがると、橋を少し下げさせ、向こう側に飛び降りた。
完全に孤立した形となってしまった。
だが……。
ウーヴェがハウルバードを振り回すたびに首が飛び始める。
今まで孤立して混乱していた味方達がその雄姿に再び落ち着きを取り戻す。
「お前、ウーヴェ=マーク・グリンマか?」
年の頃は20代前半の青年が現れた。
「ん?俺を知ってるか?まあ今やただの男爵だがな。」
「俺はアストラ=ミュルダー。」
「ミュルダー。フォルカノ=ミュルダーのせがれか?」
「そうだ。父の仇、覚悟しろ。」
「おう。てめぇの親父はそりゃぁ強かったぜ。3度も土を付けられたのはあいつが初めてだった。マティアスの罠も正面から食い破ってくるしよ。」
アストラの斧がウーヴェのハウルバードと交わる。
「おう、悪くはない。だが……。まだまだだ!」
ウーヴェは一気に押し戻すと蹴り飛ばしてアストラを落馬させる。
「兄上!」
とどめとばかりに振り上げたハウルバードは飛んできた矢に対応する形になった。
「んー?」
「アトロス=ミュルダー。フォルカノの次男だ!」
「アストラにアトロス……。おいおいおじさん最近めっきり人の名前を覚えるの苦手になってきたんだよぉ。人の記憶力試すような名前を付けるのやめてくれよぉ。」
その間に兄弟は態勢を整えなおす。
「本当なら父上のように一騎打ちにて決着を付けたかったが、今回の作戦の達成目標の一つがウーヴェ=グリンマの殺害!卑怯と思われるな!!」
アストラの斧がウーヴェのハウルバードと何度も交錯する。
「おめぇさんの親父はよう、一回目はまだ青二才だった俺を一蹴してよ、悔しがる俺に向かって尻出して言ったんだ。おしめ変えて出直せってな。」
「ふざけるな!父はそんな下品なことはしない!」
「んー?周りの老将に聞いてみな、知ってるやつもいるみたいだぜ。」
ガンガンとハウルバードを打ち付けると間合いを開かせる。
周りを見ると年嵩の戦士達は一斉に視線を反らした。
「まあ、そんなこんなな因縁だったんだが、10年前か、マティアスの策でもあったんだが、お前等の親父は味方に背を刺された。
一騎打ちと言うと聞こえはいいがあいつは疲労困憊でな。ついに力尽きて、地に落ちた。敵ながら見事な漢だったぜ。
それが何だお前等!俺を二人掛ででも止められんか!!」
「クッ…。」
悔しそうな表情のアストラ。
飛んできた弓矢をハウルバードの一閃ではじく。
「うわぁぁぁ!!」
突然、横合いから老将がぶちかましをかけてきた。元フォルカノの側近らしい。兄弟の育て、武術の師でもある。
バランスを崩した瞬間を後ろからアトロスがとびかかって馬から引きずり下ろす。
「兄上!!!」
このまま一閃すれば弟ごとやってしまう。
それに逡巡するアストラ。
「やるんだ。兄上!」
「すまん!!」
ガッ!
斧はウーヴェの目と手をひとつづつ奪った。
そして弟は……。
「何のつもりだウーヴェ=グリンマ!」
「っつー、あぁ、いってぇなぁ、おい。」
弟の命は……ウーヴェの片足を代償に生きていた。
「俺ぁよ、ここに来る前に息子達にゴミくずみたいに捨てられたのは知ってるだろ。
だから、お前等見てたらな、なんか、ほら、わかるだろ。
…………。
おい、何時までしがみついてやがんだ。」
ハウルバードを振り回すと二人とも吹き飛んだ。そして再度馬に飛び乗る。
「こんななりじゃもう俺は戦争は続けられん。お前らの目的はほぼ叶ったと言って良いんじゃねぇか?城壁を見てみな。」
「…………。」
シュトラスの城壁が完全掌握されたと見るや、ミュルダー兄弟は部隊を再編、去って行った。
直後、ウーヴェの身体が馬から落ちた。
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歴史的に何故この国がシュトラス手前まで失ったかは知られてない……。
「これ、発表して、良いんだろうか?」
本来の目的はウーヴェ=グリンマの前半生を知りたかっただけなんだけど…