ミレイおばあちゃんの火
おばあちゃんの火
「おばあちゃま。じょうずに火がふけるよう、おしえてくださいませ。」
多分ここに来るまでに用意して来たおねだりをするのはひ孫のマイ。
あぁ、そう言えば3歳になったら火を吹けるようにしてあげると約束したっけ。
「そうだったねぇ。3歳になったか。じゃあお誕生日プレゼントだ。」
言ってマイのおへその辺りを少し強く押す。
「げふっ。」
大きなゲップをして顔を真っ赤にするマイ。
「えぶ…、おばあちゃま……。」
さらに押す。
ぷ…。
マイが真っ赤になるが気にしない。そうなるようにしているのだから。
「はい、大きく息吐いてー。」
「えぅ…、ふーーー…。」
爪で火花を散らす。
ボン!!
1m位の火球が出た。
「ひゃっ!!」
マイが悲鳴を上げ吐息が途切れた事で火球は直ぐに燃え尽きた。
「び、びっくり……。」
目を白黒させているマイ。
「はい、息吸ってー。」
「すーーー。」
「吐いてー。火が出るけど止めないでー。」
カカッ!
再度、火花を散らす。
ボボボ……。
30㎝位の長さの火。まだ威力は然程強くない。
「吐いてー。……止めない止めない。……」
ボボボ……。
真っ赤になるマイ。
ボン!
「はー、はー、はー………。」
マイは息を切らせ、ひっくり返る。
「ほら。陽炎が使えるようになったよ。」
「…かげ、ろう?」
「私が初めてフレイ様に教えてもらった火の息だよ。もっとも私の時は色々ひと悶着あった末なんだけどね。」
「ひとも…?」
「聞きたいかな?ちょっと恥ずかしい話なんだけど……。」
「おばあちゃまのおはなし!はい。ききたいです。」
さ、今日も至福の時間が始まる。
「あれは私が11歳になった頃……。」
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「お腹が痛い?」
急な差し込みでうずくまっていたら、フレイ様が心配そうに私の顔をのぞき込んできた。
「ええと…、はい。」
うう、脂汗が止まらない。
最近は特に頻繁に…。
「ちょっと仰向けに寝て。」
言われた通り、仰向けに寝転がる。
「………って、ちょっと!…メタン…ガスが……凄い事になってる………。」
「ガ、ス?」
「うん。常人の300倍くらい溜まってる。何でこんな大量に……。」
「あうー。」
キリキリ痛むお腹。いや、キリキリって言うかお腹割けそう……。
「ガスを出さないと……、あ!……えーと、……もしかしてゲップとかオナラとか、我慢してる?」
「……………。」
はい。してます。
「出して。」
「嫌です。」
「阿吽、ならぬ、あいや??中国人もびっくりだ。ってか何で?!出さないと体に良くないんだよ。」
「だって…。」
先々週……。
この年は春に植えたサツマイモが大豊作になった。
両爺の所へ値崩れするくらい売っても余った。村の人々に10本づつ位おすそ分けした。それでも大量に余った。
で、しばらくサツマイモが食卓に並んで…。となるとまあ古来よりおやくそくがあるわけで…。
その日の夕食後、皿洗いが終わって暖炉の前に座った。瞬間、ゲップとオナラが同時に出た。
「げぷぷ…。」
ぷ…。
ボン!!
暖炉の火によってメタンガスがオレンジ色の火の玉になった。
爆発の勢いでちょっと身体が浮いた。決して、断じて、アレの威力で浮いたわけではない!
「「……………………。」」
しばらく何が起こったか整理するフレイ様と繭華。
「……………………。」
真っ赤になる私。
あ、前髪がチリチリ………。髪が燃えた時の独特の悪臭が…。
「く…。」
何が起こったか理解したフレイ様が肩を震わせて笑いをこらえる。
「ブハハハ……。」
無遠慮に笑い出す繭華。
はい。
11歳の女の子にあの事件は軽くないトラウマになりました。
なので………。
「出すのを我慢している、と…。」
「……………………。」
「だから、ゴメンねって。怒らないでよーー。」
「………。」
いや、お腹痛くて返事できないだけなんですけど。
「あっ!!」
叫んだフレイ様が突然私を押し倒した。
「あっ!ぶぷっ!!」
ちょっと出てしま……。…ゲップだよ?!
「ガスを……メタンハイドレートに変換できる?」
言いながらお腹をさわさわし続けるフレイ様。あー、これはいつもの……。また何か新しい能力を付与されるんだなーー。
「とりあえずメタンハイドレートに変換…。」
…あ、ちょっと楽になってきた。ゲップとかしてないのに……。
「楽にはなってきたんですけど、でもあの、お腹冷えてきたんですけど……。」
「冷え……。あ、そうか、マイナス6度…。ミノ…胃が凍っちゃうな……。」
「胃が凍る!?」
私の胃に何をした?ってか、ミノって何?
「だったら微量で熱反応させておいて……。お?」
言って私のおへその辺りをさわさわ……。
「げふっ!」
ボゥン!!
「あぶねっ!」
口から火の玉が出た。間一髪避けるフレイ様。
「何さらす…、じゃない、何させるんですか、もう。」
「あー、びっくりした。反応が強すぎたか……。あ、狐火の能力付いた。」
「ちょ、何したんです!?」
喋る度に火がボボボって…。
あ、木製の天井がチリチリって…。
「あ、ッちょと!」
ゴォォォ……。
「天井!天井!!」
お胸を強く押されて息が吐きだされる。その息はオレンジ色の炎に。
「学習機会、紅焔だって。おもろっ!ねえミレイ、ちょっと外行こうか。お腹はもう痛くないだろ?」
確かにお腹に違和感は全くなくなったけど……。
手を強く引っ張られる。
あ、天井が焦げている。
「あれ、多分後でマユが怒る。焦げ臭いし、直ぐバレるです。」
「あー……。」
「マユ、火を本体の桑の近くで使うのを凄く嫌うし。」
当然っちゃ当然?燃え移ったら終わるし。
「い、今はほら、そんな事より……。もしかしたらガメラの称号が貰えるかもしれないだろ!」
「ガメラ?」
ガメラが何かは分からないけれど、まあ、火を噴くんだろうな。
で、この日、しばらく外で火を噴いたりして、陽炎を自在に出せるようになった。
この時は何に使うんだろうと思っていたんだけど……。
部屋に戻った私達を待っていたのは目を三角にした繭華。
だったのだけれど………。
「ブハッ…、アハハハハ……。」
突然笑い出した。
「え?何?」
「あ、貴女、鏡、見てみなさい、あ、やめっ、顔近づけるな、アハハ……。」
鏡に映った私は……。
唇が3倍くらいになっていた。
もう、火なんて絶対吹かない!!
それから数日して。
「のわぁぁ!!」
グリンマ男爵領ビュールン。
この家の主、ウーヴェが階段から滑り落ちてきた。
足が不自由なのにソワソワ工事現場に行ったり来たりするから……。まったく。
最近、ここで小人族達が時計塔を作ってくれている。マティアスの屋敷に世界初の時計塔が出来たのを見てウーヴェが自分の家にも欲しいとごねたためだ。子供か!!?
で、その子供が今か今かと出来上がるのが待ちきれない様子で、その結果…。
「あいってー……。」
落ちたわけだ。
「お爺ちゃん大丈夫?」
真っ先に我に返った琴音が絆創膏片手にちょこちょこと走り寄った。
「おうおう、琴ちゃん、お爺ちゃん肘から血が出ちゃったんよー。痛いのよー。治せるかい?」
ウーヴェは琴音に対しては普段の口調ではなく、好々爺然とした話し方をする。いや、好々爺って言うか、少し気持ち悪いおじさん?
「お任せあれ。お琴がちりょうしてごらんにいれます。」
小さな胸をトンと叩いてふんすと気合を入れる琴音。
慎重に絆創膏を傷口に貼り付ける。
「ハイ。痛いの痛いの飛んでけー。」
そして最後におまじない。
「お?光った?」
と、フレイ様。光は私達には全く見えない。
こんな独り言の時は能力が付いたとかランクアップしたとか…。
「もしかして、何か、琴ちゃんに能力が付いたです?」
「…ああ、んー。階位が上がったみたいだ。おまじないが回復力向上の学習機会付与のきっかけになったみたいだね。」
琴音は初めは血を見ただけで目を回していた童女だった。
どうやら順調に熟練度を上げ続けているようだ。
「おうおう。琴は良い子だなー。芋ようかん食うか?」
おい、それは罠だ。ウチにも芋ようかんはいっぱい……。
「ハイ。頂きます。」
遅かった……。
にしても、孫は既に何人も居るはずなのに、ウーヴェは琴音を実の孫の様に、…実の孫より可愛がっている。
「おうおう、ええのうええのう。リスみたいなほっぺ。食べてしまいたいのう。」
まあこんな可愛がってくれると琴音もまんざらではない。ウーヴェには本当のお爺ちゃんの様にべったり甘えている。
しばし爺ちゃんの家を訪れた一家みたいな状況であったのだが……。
「おい、ウーヴェ!」
突然、外から大声でマティアスが声をかけてきた。普段は紳士なマティアスがこのような不作法は余程の事があったと分かるため、全員が慌てて外へ出る。
「何でぃ?!何があった?!」
マティアスは馬車から降りるところだった。
「バッタだ!バッタが出た。」
大きく舌打ちするウーヴェ。
「…はぁ……バッタか。とうとう来たか。今どこだ?!」
こういうからには一匹二匹では無いのだろう。何千万匹とかだろう…。二人は地図を出して被害地を話始める。
「ひぃ……。」
悲鳴を上げたのは琴音。
本体が植物で幼生の彼女には猛獣が出現したに等しい。
「琴、大丈夫だ。こう言う事もあろうかと、ガラスケースを作ってある。ま、言う私も他人事じゃないんだがな……。」
巨大であろうと桑の繭華。てっぺんまで禿げるだろう。
ハゲ……。ププ。
思った私をぎろりとひとにらみする繭華。
「ユリお姉さまと、ムサシお兄さまのも?」
ガクブルしながらも他人の心配をする琴音。これだから誰からも愛されるわけだ。
「武蔵は蝗害に耐性があるから大丈夫。ユリには網を作ってある。大丈夫だ。」
網なら多少かじられるんだろうな。ユリがまた地団駄踏む様子が目に浮かぶ。
「あの。主様、バッタが集ってる間、手を繋いでいて下さいますか?」
「ふふ。分かったよ。」
「それで、あの、神様はバッタを退治する方法を知りませんか?」
琴音に尋ねられて首をひねるフレイ様。元々この方は機械系に強くて他はあまり……。それでも私より多くの知識を持っているけれど。
「殺虫剤なんかもあまり効かないって話は聞いたことある。サバンナみたいな所で発生したってニュースは聞いたことあるけど、どうやって退治したかまでは……。
引き寄せるのはミレイが出来るんだけどね。」
「「「「……………。」」」」
対応を協議していたウーヴェとマティアスがいつの間にか私達の話に耳を傾けていた。
「ちょいと待ちな。バッタ、ミレイの嬢ちゃんがおびき寄せられるってのかい?」
「え?あ、うん。ミレイには角笛の能力があって、その中の虫笛を使えば半径5km位までの虫を引き寄せることは出来る。だけど…、逆効果でしょ?大量のバッタが集まってくる……だけ……。」
フレイ様も私もそれで理解した。
「本当におびき寄せられるなら…、我々の領だけなら助かる。しかも、蝗害で作物の急騰する事が決定している今、収穫を迎えられたら……。」
「おい、マティアス!腹黒い考えは止めな。せめて口に出すなや。嬢ちゃん達の情操教育にわりぃ。」
「おっと。」
コホンと咳ばらいするマティアス。
「さて、集めたバッタを退治できる何か能力を持ってる子は居るかい?」
「えーと…。」
フレイ様が考える事数秒。
「あ、そう言えばマユと武蔵が殺虫効果のある毒を生成できた。」
「そのムサシとやらは?」
「ああ、杉浦武蔵。マユの配下の一人だよ。一人は琴で、もう一人、桜田ユリって娘が居る。」
琴音が来る前はこの二人でケンカばかりしていたからあまり連れて歩けない。
「ほう、それで、殺虫毒は噴霧式か燻煙式か内服式か?量は?時間は?範囲は?再充填までは?」
矢継ぎ早にたずねるマティアス。目を回しながら答えるフレイ様。
「あ、それと、ミレイの火。」
「火?」
「うん。ミレイ、火を噴けるようになった。」
「射程は?温度、威力は?放射時間は?」
再度答えるフレイ様。
「素晴らしい。角笛の半径は5kmが有効範囲なんだったね。だったらドンピシャの場所がある。
このバッタは標高1000mを越えない事が分かっている。だからこの領に入って来るためにはこの場所を抑えれば我等の領は助かる。」
言って地図の一点、を指し示す。
「おい、マティアス、ノインガメの所……。」
どうやら防波堤を設置できる場所はもう一か所あるみたいだ。流石歴戦の将軍と軍師。地図を一瞬で把握する。
「あいつは死ねばいいよ。1㎡たりとも助けるいわれはないよね。」
笑顔が黒い……。
「それにあいつのことだ、助けたら助けたで何かいちゃもん付けるのが目に見える。」
「ああ、まあ、アイツはそういう奴だからな。もっと早く助けられたはずだとか、助け方が悪かったから被害が増えたとか言いやがりそうだな。」
「だろう。助けたのにそうやって謝罪と賠償を延々要求されるんだ。」
まあ、色々あったんだろう。相当、腹にすえかねているらしい。
「分かった分かった。俺も奴を好んで助ける酔狂じゃないんでな。ただ奴の領民が不憫でならなくてよ……。」
「それは我慢してもらうしかない。それこそ怨むなら領主を怨めってね。」
「まったく、お前のノインガメとカカラ族嫌いは筋金入りだな。」
カカラ族?
「おやおや、お前こそそいつらが笑顔で話しかけてきたらどうするんだ?」
「ぶん殴るに決まってるだろうが!笑顔とか…想像しただけで虫唾が走る!」
「お爺様方!早くバッタ退治の方法を教えてください!!」
切羽詰まっているのか珍しく琴音が声を荒げる。
「「おぅおぅ、琴ちゃん、ごめんよー。」」
コホンと咳払いしてマティアスが作戦を立て始める。
「先ず、このアウフフェルト連峰は海岸線まで15km位ある。ここを縦断する街道に100m毎に一人見張りを立てる。バッタの大群が見えたら信号を上げさせる。
信号を確認したらミレイ君の仕事だ。」
「バッタを呼ぶ?」
「そうだ。君は海岸から6kmの所に布陣してもらう。この場所はちょうど運河がある。ここにバッタを集める。集って来るからその陽炎だか紅焔で焼き払ってくれ。
運河は流れが遅いから死骸は溜まってしまうが、それはしょうがない、領民総出でさらって腐敗する前に海に捨てることにする。」
「了解。」
「で、次に繭華君の毒だ。この時期はほとんど海風だから見張りに毒がかからないように撒いて欲しい。」
「難しいこと言うなぁ……。出来るけど。」
「さすが。そして琴ちゃん。君に重要な任務だ。」
「はい!」
「皆の応援だ。全員の士気を上げる最も重要な任務だじょ♡」
ジジイ……。
「はい!!」
琴音の、にぱぁ、な笑顔。
両爺の、ほわぁ、な笑顔。
フレイ様と私、繭華の肩ががっくり落ちるのだった。
1日後、我々は駆け足で現地へ向かった。
そして……。
100km離れた場所から飛来したバッタが徐々に姿を見せ始めた。
「では、琴ちゃんを怖がらせる奴等をぶっ飛ばすぞ大作戦、開始!!」
響き渡るウーヴェの声。数キロ先でも聞こえるんじゃないかって程だ。さすが元将軍。
それにしても……。
ネーミングセンスッ!!
とりあえず私は舟に乗って運河の真ん中へ。
狼煙が上がり始めた。
角笛の種類を犬笛から虫笛に変更する。
範囲は最大、5km。音量最大。
「では虫笛、吹きます!!」
~~~~~~~~~~~!!
音は私の耳にも聞こえない周波数。
やがて…………。
「ちょっと!」
黒い霧。それが運河に沿って南北から!!
「「「気色悪!!」」」
舟に乗っていたフレイ様と私、繭華が悲鳴を上げる。
バッタが集り始める。
「火、噴きます!!」
まずは陽炎から。
放射角30度、威力は、ある程度長い時間噴いていられるように中程度。バッタの集団のちょっと下に向けて。
「陽炎!」
ゴォォォ…。
バチバチバチ!!
火に飛び込んできたバッタが瞬時に炭になり、落下する。
5分位して……。
息が続かない…。
「ぶはっ!っはー、っはー、っはー……。」
「こっち、行きます!落飛蝗燻煙!」
私の炎が止まっている間、繭華から緑色の逆立った髪から白い煙が放出される。
「炎みたいに即死ってわけにはいかないか………。」
「ってか効いているの?コレ!?私達にバチバチ当たって来るんだけど!!」
あ、口ン中入った…。ベッベッ!!
おえ…、口の中が気持ち悪い……。
「痛て痛て痛て……。」
特に虫笛を吹いた私に突撃してくる。
「効いてはいるけどやっぱり即効性…そうだ!」
言い、フレイ様が繭華の能力改変を始める。
「おお、経験値と熟練値がごそごそ溜まってく。……一匹の熟練値は1だけど量が量だけに………。毎秒100ぐらい増えてく……。」
初めは煙に当たってから10秒後くらいにもがき始め、死んでたバッタが、即もがき始めるようになった。
「あ……。」
フレイ様の声に風下の方を見ると見張りの二人くらいがシビレて倒れていた。
「修正修正!!」
さて、しばらくして息が整った私も再度炎を吐き始める。
「お!凄い!火炎の方が熟練値の上りが早い!進化来た!火炎旋風!」
フレイ様が私の能力を改変していく。
ボボボ……ゴゴッ!
今までの陽炎は火の柱だったのだが、火炎旋風は渦を巻いて直進を始める。
そして、直進が止まると上に向けて渦を巻き始め、温度も倍以上になる。
「肺の鍛錬値基準オーバー、よし、進化だ!
……え?肺活量500リットル………………………。ミリじゃなくて?肺、一体どうなってんの?」
え?何?何か凄いの?
しかし……、火炎旋風になって炎の角度が30度くらいから5度くらいに絞られてしまった為、首を振らないと抜けてくるバッタが多い。
ただ、火炎旋風の近くに居たバッタは旋風に吸い込まれていく。
吸い込まれたバッタは翅と足が即座に灰になり、炎で空高く巻き上げられ炭化して砕ける。
「はー、はー、はー、…………………。」
1~2時間程すると第一陣があらかた片付いた。
「二人で100万匹くらいやっつけたぞ。お疲れ様。」
フレイ様が私達をねぎらう。
舟をポンツーンに付けてそこでのびる私をしり目にフレイ様は繭華の能力再調整をする。
運河では地元漁師たちが網やらでバッタの死骸を海へ引っ張ってく作業を行っている。
「お疲れさん。凄かったな。」
マティアスがのんびり声をかけてきた。
「ハーハー、これで、ハッ、終わり?」
息を切らせながら尋ねる。
「いや、さっき入った情報ではこれで6分の1くらいかな?」
……………………。
青くなる私達。
「今のが、後、5回?」
「さっきのでミレイ、メタンを半分位消費しちゃったんだけど………。」
………………。
「私も殺虫剤、30パーセント位使っちゃったわ。」
と、繭華。
「麦藁を大量に準備させてはあるが、いかんせん火力が足りんし、もう少し頑張ってもらいたい。それに、これから雨が降り始めるからな……。藁束の火力では威力不足だ。」
空はまだ薄曇り。だが確実に厚くなり始めている。
「ユリの雨乞いが効き始めてる。雨が降り始めたら私の火炎旋風の威力も下がるです。」
ユリは今、アウフフェルトの一番高いところで武蔵と一緒に雨乞いという大役を担っている。
…………ケンカして無ければいいけど…。
気温も下がり始めて、バッタの動きも少し鈍くなってきた。
「狼煙です!!」
「南からも狼煙、二つ!!」
伝令から報告が入る。
「バッタは待ってくれないようだ。」
「「「やりますか。」」」
舟を出して第二陣に備える。
「今度は火力を絞って効率を上げる。」
「ハイ!虫笛、吹きます!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!
「来た来た来た!!」
今度のバッタの数は先程の倍近い量だった。
「火炎旋風!」
「落飛蝗燻煙!」
しばらくして、火炎旋風が三個出現する焔盆独楽に進化した。
火炎旋風同士がコマのようにぶつかり合い、暴れ回る。その不規則な軌道に飛蝗が飲み込まれていく。
私の火柱の威力がアップするのに対し、繭華は殺虫効果がアップしていく。
運河に落ちたバッタは次々落ちてくるバッタに圧し掛かられて水中に圧し込まれる。
「ぶはーっ!はー、はー、はー、はー……!」
ひたすら炎を吐いて、殺虫剤を撒いて、6時間。私達はどうにか第四陣までをクリアした。
が…。
「フレイ様、はっ、私、メタン、はっ、はっ、無くなった……。」
今思えば第一陣で放出しすぎた。と、思う。
「私も、殺虫剤、もう終わりました。」
繭華も舟の上でぐったり大の字になる。
「もう、大丈夫。氷雨、降ってきたよ。この時期に…。さすがはユリだ。」
「氷雨?」
「冷たい雨をお願いしたんだけど、ほら。」
雨粒が舟のヘリにぶつかると水滴は直ぐに氷になった。
「気温が一桁になった。1時間もしないうちに大半のバッタは死滅するだろう。」
今回、一番がんばったのは絶対私。でも経験値、熟練値を一番稼いだのはユリだった。経験値678万だって。私、243万………解せぬ。
しかも!6時間もかかったのは4時間位武蔵とケンカしていて…。雨乞いを始めたのが雨の降る2時間前からだったとか聞いて………。ホント、ぶっ飛ばそうかと思った。
「まあ、でも、助かった。」
「ああ。助かった。本当にな。例年だったら山羊を何百も潰さにゃいけねえところだったぜ。」
「そして私の所へ借金にくるまでが一連の流れだな。皆、本当によくやってくれた。礼を言う。それと、礼金は弾むぞ。期待していてくれ。」
今回、国の穀物収入がほぼ半分になった。酷い領は壊滅したところもある。
そして、食料の価格が全て5倍以上に跳ね上がった。
何故グリンマ男爵領とリッテン子爵領が無事だったかは色々探られたようだが、大量にあるものを二人は懇意にしているところ以外には親族であろうが王家であろうが相場以上の値段で売った。
この頃から最貧と言われていたグリンマ男爵領が豊かになり始める。
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「でもね、豊かになると良いことばかりじゃないんだ。特にウーヴェお爺ちゃんにとってはね。」
「どうして、です?」
「先ずねぇ、ウーヴェお爺ちゃんの親族。ウーヴェお爺ちゃんはウチと違って親族との仲が悪かったんだ。でもこういう人達はお金をせびるのが上手でねぇ…。お爺ちゃんが借金で首が回らない時は見向きもしなかったくせに…。
おっと、これはみっともないから聞かなかったことにしておいておくれ。実際、ウーヴェお爺ちゃんは愚痴の一つも…一つ…も…。」
あー、むしろ物凄く言ってた気がするなぁ………。
「ゆたかになって、わるいことが、まだあるのです?」
「ああ。周りの州や領がね、嫉妬するんだよ。盗賊程度ならウーヴェお爺ちゃんが強いから返り討ちにするんだけど……。」
さすがに千単位で兵を集められたら無理だ。
「そうそう、この時私は熱線砲を覚えてね、この後勃発する戦争で………。ああ、これ以上は話すと長くなるから次ね。」
「ええーーー!ここまでおはなしして、して下さ、さった、のですから…。」
言いつつもマイは目をこすっている。言葉もあやふや。
もう、相当おねむだ。
「ふふ。今夜は陽炎を覚えただろう。明日、お父様やお母さまに見せておあげ。それと、何事も一度に欲張ると後で後悔するよ。
ほら、今日はもう休みなさい。」
「はーぃ……。」
返事が終わる前にマイはソファの上で寝息を立て始めた。
子供は凄いね。電池が切れるまでとはよく言ったものだ。
「しかし、…思えば、バッタはこの後の災厄を連れてきたようなもんだよね。」
……………………。
「バッタの方が何百倍もマシだ………。
ま、詮方なき、か…。」