ミレイおばあちゃんの田植え
ミレイおばあちゃんの田植え
「おばあ様が一番幸せを感じたのはやはり女王に戴冠された時ですか?」
言ったのは少年から青年に差し掛かった年頃の孫、ダイキ。
「まさか。女王になった時はむしろ不幸の始まりと思ったね。なんて事してくれるのマユ、ってその日は彼女とちょっとした喧嘩になったよ。」
「「「え!!??」」」
その場にいた全員が凍り付いた。
「えって……。」
「おばあ様が怒ったのですか?伯父上様が震え上がりそうです……。」
「あっはっ。今や世界の半分を支配する帝王がそれしきで怖じ気づくものかね。」
しかし私の言葉はそこに居た全員が懐疑的だったようだ。全員が明後日の方向を向いている。
「まあそれはそれとして、位人臣を極めるのは全ての男が一度は夢見るものですが。でもやりたくない女王になるのをどうして引き受けたのですか?」
「なに、女王とはフレイ様、…貴方達のお爺様、神に仕える巫女だよって口車に乗ってねぇ。本当、私はマユには転がされまくりだよ。」
当時はそれでやる気にさせられてしまった…。
「………お爺様が神様ですか?父様も母様もあまり教えてくれない方なのですが……。」
「そうだねぇ。私とマユにとっては終始神様だったよ。」
フレイ様にそう言うと嫌な顔をするのでなるべく口にはしなかったけれど…。
それにしても…今の子達はフレイ様の尊さが分からないかーー…。
「そうだよ。例えば…100年前、この地に機械と呼べるものなんかなくて、………蒸気機関も電気も時計も、この東屋にあるもののほとんどが、本当はお前達のお爺様がらもたらしたもの。」
本人の強い希望で開発したのは色々な人の名になっている。
例えば時計を作って世界の時を刻み始めたのはリッテン侯爵で、領都が経度0となっている。
「蒸気機関は繭華様が発明したと学校で教わりました。繭華様が発明王というのは常識なのですが……。」
「フレイ様は名前が知られるのを嫌ったから。
マユにしても実際はまったく関わらなかったわけじゃないんだ。蒸気機織機も設計の半分はマユだしね。」
「何故……?」
「マユはね、逃げれるんだよ。色々な事から。強いし頭良いしね。」
対してフレイ様は一人では逃げ切ることができない。
「だから隠した…。私達は隠したんだ。」
私達はフレイ様の功績をもっと知って欲しかったけど……。
…………それが良かったのか悪かったのか…………。
本人は一切後悔していなかったけれど…。
「それと、私がフレイ様を神と崇めるのにはもう一つ理由があってね。」
と、種もみをダイキの手のひらにのせる。
「これ。どれが良い米が出来るか分かるかね?」
「……………………。」
しばし見ていたが首を振るダイキ。
「これだよ。」
言って私は二粒、種もみをつまむ。
「フレイ様が私に与えてくれた能力。フレイアの力。私やマユは結果を出す。フレイ様は結果を招く。」
この能力が世界に、…特にあのゴミ共に知られるのはまずかったから、内緒にしていた。
そして本人が目立つのを嫌がっていたのもあるけど、縁の下は誰も見てくれない…。
「フレイア。知ってます。天職、農民の最終形態。おばあ様は他にも才能、指揮者の毘沙門天とか天賦、カーマd……。」
「ストップ。それは軽々に口にしちゃいけない。」
アッと口を抑えるダイキ。特にゴミ共の耳に入れるわけにはいかない。
「初めて耕した老農の時でも田畑は乙2。中の上ランク。フレイ様は私が作る米を日本の米より美味いって褒めてくれてねぇ。それがとても嬉しくて。
だから、始めの質問の答えは田植え。毎年春にフレイ様と私とマユで田植えをするのが昔から一番の幸せを感じる時だったわ。」
「田植えが??」
「ええ。田植え。麦踏みも漁網引も幸福を感じるけれど、やっぱり一番は何と言っても田植え。」
「田植え…?」
「分からないかー。じゃあちょっとお話、聞くかい?」
「はい、是非。」
まあ、実は子、孫達に話して聞かせるのも結構幸せな時なんだよね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハロー、おいちゃん。今日も元気に負けてるかい?」
3歳になったフレイ様が私の引くリアカーから身を乗り出して手を振る。
「だーじゃーー!!ブチ殺すぞ!ジャリ!!」
ちょうどウーヴェが負けたみたいだ。腹立ちまぎれに将棋の駒をかき混ぜている。
「やあ。君等はいつも幸せそうだ。重畳重畳。」
マティアスはお茶を置くと、手を振る。
「よっしゃ、麻雀でやり返したらぁ!」
最近、フレイ様が教えてくれた麻雀というゲームがこの村で流行り始めた。
ウーヴェが東家で、フレイ様、マティアス、繭華の順に卓に付く。
私はまだ麻雀の計算が出来ないのでフレイ様のイス替わり。手の小さいフレイ様に代わり牌を並べるお手伝いをしている。
そして隻腕のウーヴェだが道具を使って器用に牌を積んでいる。
「それで、今年の麦の出来栄えはどうかな?」
サイを振りながら尋ねるマティアス。
「んむー、ぼちぼち。品種改良で年々品質は良くなってるよ。ただ、寒さと暑さ両方に弱くなってきてるから、普通の人じゃ育てられないかなー。」
試しにこの村の人に種を渡したんだけど見事に立ち枯れたそうだ。
「ふーむ。お前達の所で作る小麦で作ったホットケーキは絶品だからな。今期は何キロ融通してもらえるかな?」
「マユ?」
収穫量ならまだしも相場を把握していないので、繭華に丸投げする。
「そうですね…。パン用、ケーキ用、パスタ用、うどん、素麺用の4種類があります。」
「パンとケーキ用を20kgづつ欲しいな。」
言いながらよッと牌山を積み上げる。黒曜石みたいな黒い石で作った牌だからかなり重い。
「パン用20kgは5千HMでどうでしょう?
ケーキ用は今年あまり量が取れなくて…10kg7千5百HM…。と言いたいところですがマティアスさんにはお世話になってますから6千6百HMにオマケします。」
「ありがたい。」
言ってマティアスは1万8千2百HMをフレイ様に差し出す。
「まいどー。」
言って北から切っていくフレイ様。
「最近は家の執事やメイドもミレイの小麦でないと暗い顔になるもんでね。」
マティアスが西を捨てた。
「ああ、忘れていた。」
言ってマティアスは巾着袋を繭華に渡す。
「先週北のゼーホフ伯爵から送られてきた、君達が欲しがっている物か分からないが。」
「…これは…。」
フレイ様に見せる。
「種籾?ミレイ!」
「はい。」
巾着の中身を見ると…。
【種類:米・品質:12(下の下)・適応:熱帯雨林気候】
との表示。
「間違いないです。お米です。」
でもここで育てるには寒すぎる。湿気も足りない…。周りを囲って熱を逃がさないようにしてレフ板を使って温度を上げて…。張る水も夜、温度を下げないように深めに設定…。
「ありがとー、マティアス!」
私の膝の上でピョンピョン飛び跳ねるフレイ様。
そうだった。そう言う事を案じるのは後で良い。今は感謝を…。
「ではこれは謝礼です。」
繭華が50万HMを差し出す。今の私達の全財産だ。
「謝礼など必要ないさ。」
「「そう言うわけには!!」」
「ゼーホフ伯爵は石炭に価値を与えてくれた君等にせめてもの礼だと渡してきたんだから。」
ゼーホフ伯爵領は山ばかりで林業を生業としていたが、石炭が算出する山を持っていた。それまで使い道がなかったが、繭華が開発したとされる蒸気機関に必須な燃料として脚光を浴び始めた。
「石炭は必要だから買ったまでですから。」
今はまだ機織、紡績機の動力、そしてセントラルヒーティングの燃料として。
それにゼーホフ伯爵領はリッテン伯爵領とグリンマ男爵領を割くように流れる大河、エルン河の上流にあり、船便を使えるので運賃が大分安いと言うのがある。
と………。
そーー。
ウーヴェがその50万に手を伸ばして…。
ピシャン!
繭華に叩かれた。
「いったーー。何でい、良いじゃねえか、マティアスが要らねえって言うんだもんよ。」
「お前という奴は……。」
呆れた顔のマティアス。
「ともかく、これは受け取ってください。ただでさえマティアスさんには色々お世話になっているのに……。」
「おい、俺は?」
無視されるウーヴェ。
「それはお互い様なのだがね…。それにそれは麦と収穫時期が違うのだろう?飢饉に備える為にも、主食が増えるのは我々領主としては願っても無い事なのだよ。」
「それはそれ、これはこれです。」
繭華もこれ以上マティアスに借りを作るのは避けたいようだ。
「ふむ。ではこうしよう。君等が喉から手が出る程欲しがったソレ。出荷できるようになったらウーヴェより先に納める…、いや、私にご馳走してくれ。」
まあもっともマティアス=フュア・リッテンは名ばかり貴族のウーヴェ=バル・グリンマの様に食い詰めではない。彼にとって50万HMは私達の重みとは違う。
「おいおい、さすがに俺より先に……。」
「喜んで!」
「なんででぃ?!」
「いや、何でも何も…。」
呆れた表情の繭華。
「まあおっちゃんにもちゃんと年貢として納めるから。」
「ネング?何だそりゃ?」
「米の現物を税として納めるって事です。」
「おう、つまりちゃんと俺の口には入るって事だな。ならよし!」
「ならよしじゃないよ。お前、私にいくら借金があるか忘れてるのか?」
青い顔でダラダラ汗を流し始めるウーヴェ。
「8千万、位、だっけ?」
「1億、8千万、な。」
この地域はよく不作と災害による飢饉が発生する。ウーヴェはその度にマティアスに借金をしていた。
最近はウチの小麦他農産物で年100万づつ返却しているみたいだが……。友情特約で利子はないけれど、それでも180年かかりそうだ。
「なあ、マティアスのおっちゃん、俺の作る時計を1億8千万HMで買わね?」
と、突然フレイ様が言い出した。
「時計?何だそれは?」
「時を教えてくれるカラクリだよ。毎日決まった時間になったら、音を立てて知らせてくれるカラクリも仕込めるかな?」
「…………フム。」
言ってしばし考え込むマティアス。
「1億8千万HMは領民の税から出ている。私個人の金ではないんだ。民が納得する使い道であるなら良いが。その時計とやらは民の為になるものなのか?」
「うーん。……今、おっちゃんの土地に住んでる小人族が2~3百人いるじゃん?彼等の天職になると思うんだ。」
現状では小人族は普通の人間に比べて力が弱く、体の大きさも半分強くらいしかない。なので農業とかでの生産力はどうしても常人の半分以下になるため、お荷物種族と言われていた。
しかし、彼等の種族特性として手先の器用さがあり、とても真面目で、向上心がある。時計を作らせたら小さくて正確な物を作るのではないかと言うフレイ様。
「慣れてくれば腕時計とかも作れるようになるかも。工房毎にブランドを作って売れば、金持ちなら何個も買おうとするかもよ。
前の絹織物の時みたいに値が上がる前に幾つか懐に入れておいて、前王様へ献上すれば……。」
「ほ、なるほど。腕時計…察するに小人族以外ではむしろ作れなそうな逸品になりそうだ。」
頭の回転が速いマティアスは素早く計算する。
今まで不得手だった作業をさせていた者達が金の卵を産み始める……。
「賭けてみようか。良いだろう。1億8千万で買うぞ。」
今までポカンと聞いていたウーヴェだったが…。
「おい、それって……。」
「良かったな、ウーヴェんおっちゃん。借金チャラになりそうだぞ。」
「いや、でもよ、そりゃ……。」
さすがに子供に巨大な借金を肩代わりさせるのは、と逡巡するウーヴェ。
「あ、自模った!メンタンピンツモドラ1!4千2千。」
いつの間にかフレイ様、綺麗な手を完成させていた。
「おおう。油断してたぜ。」
振込ならまだしも自模に油断があるんだろうか?
私は続く麻雀をしり目に私は次世代用の種籾に振り分けていく。
「上の中、上の下、中の下、下の中、上の下……。」
うん、上の中以上をかけ合わせれば3世代位後に美味しいのが出来そうだ。
まだ肌寒い5月、10㎡分くらいしかできなかった苗を植え始める。
「ちめたーー。」
足が太ももまで泥水に浸かると、足の指が冷たさでキュッと…。
その足はくるぶしの上位までズブズブ土に沈んでいく。
現在の服装は麻の貫頭衣のみだから肌寒い。
と…。
「ちょいっ!」
バシャン!
足が泥に埋まって抜けなくなって尻餅をついてしまった。
下半身が泥まみれになる。
安心してください。穿いてませんよ。
…………………せっかくの絹パンツが泥まみれになるのは嫌だったので。
「大丈夫?」
フレイ様が申し訳なさそうにたずねる。
「ハイ。慣れて来ました。」
さて…。
サーフボードと手漕ぎボートを足して2で割ったような舟に苗を乗せて田んぼに浮かべる。
「では行きます!!」
フレイ様と繭華を舟に乗せて先端についている縄を曳く。
「むーーー!!」
ずり…ずり…。
馬鍬を曳いたときより軽い。徐々に舟が動き出す。
私がそれを曳く間にフレイ様と繭華が糸に沿って苗を植えていく。
「むーーー!」
ずーり…ずり…。
長方形に区切った田んぼの畔に着くと方向転換。
動いたおかげでだんだん温かくなってきた。
「むーーー!」
ずり…ずーり…ずり…。
何か、楽しくなってきた。つかやっべ、楽しっ!
「むーーー!」
ずーり…ずり…ずり…。
楽しいのに…。
せっかく楽しかった田植えも、10㎡では直ぐに終わった。
「……………終わった。終わってしまった。」
「ちょっとミィ、項垂れてないで早く泥落としな……。って、お尻にヒルついてるわよ……。」
と繭華。
「え?」
後ろを見る。
…………………。
へへッて……。
私の血を吸って丸々太ったヒルがへへッて…。
「ぎゃぁぁぁ!とってとって!!」
「キャー!こっちくんな!!」
二人で追っかけっこしていたらフレイ様が笑って言う。
「ミィ、ここにうつ伏せになって。」
「あの、ヒル…ヒル……………。」
「わかったから、ほら。」
私はうつ伏せになる。と、水筒に何かを入れてかき混ぜた液体をお尻にかけるフレイ様。
するとヒルは嫌がるように身じろぎをした。
噛みつくと離さないヒルが直ぐにポロリと落ちた。
「はーー…。ありがとー、フレイ様。」
ヒルの噛んだ後は血がしばらく止まらない。なので私は寝ころんだまま繭華が汲んでくる水で泥を洗い流してもらう。
「あ、熟練度が上がってる。進化先デター!!分岐先がヤーマデンかグリュッテンか…。」
と、フレイ様がポロリと独り言。
あ、これ……。
田植えで私のステータスがアップしたのかな?
「親水性+34、水中歩行+55、水上バランス+70、耐寒7、潜水限界14m14分か……。」
フレイ様は私の背中をこちょこちょしながら恐らくステータスの振り分けをしてる。
この儀式が終わった後、私の心技体の能力が上昇する。時には特技とか特殊能力が追加されたりもする。
「あ、水棲害虫、水棲病原体耐性+250だって。さっきのヒルで耐性付いたよ。」
「へ?では、もうヒルはたかったりしないんです?」
「んー、あれ?ヒルって害虫認定されてない……。」
「何でよ!!?」
害虫認定されてないで害虫耐性UPは謎過ぎる。……もしかして他の害虫が付いてた?あるいはこの作業以前に熟練値が溜まってたか…。
「知らんて。それと病原体耐性もまだ100%じゃない。だから野良仕事の後は必ず清潔に保つこと。分かったね?」
「はーい。」
「あ、麻酔液精製、血液抗凝固、の学習機会が付いた。熟練値を配分していけば麻酔薬とか作れるようになるのか…。…血液の抗凝固薬が何の役に立つのか知らんけど。」
この辺り、私は詳しい事は分からない。
全てフレイ様にお任せする。
「ねぇ、ミィ、水仕事が得意になるのと、水上の戦いが得意になるのならどっちが良い?」
戦い?
「田植え、大好きです。戦いは嫌いです。」
「だよねー…。じゃ、ヤーマデンにしとく。ヤーマデン階位五。」
フレイ様は舌足らずながらも話せるようになってから、私達に進化先や経験値の振り分けを任せてくれる。
「ところでヤーマデンって何です?」
「え、あ、…うーん、何でも神様の乗る…………………。」
もごもご言い出した。こういう時は言いたくない嫌な情報という事。でも誤魔化させない。
「乗る、何です?」
「えっと…。」
「何です?」
「……………ウシ。」
「そんなこったろうと思ったです!!私の初めても牛頭鬼ですし!?」
「いや、でも牛ってかわいいよね、ね、マユ!?」
突然話を振られ首を傾げる繭華。
「あらやだ、流れ弾が…。」
「ひどッ!」
「冗談です。まあ確かに、そうですね、牛、可愛いですよ。大きいから威圧感があるけれど…。つぶらな瞳とか、大らかで大人しそうな仕種とか……。」
むふー。何か、悪くない……。
「ハエが飛び回ってるのがアレですけど。」
「上げて落とされたっ!!」
「いや、牛の事だし……。」
「………ああ、…ん?」
アレ?
いつものように狐につままれたように首を傾げる私にこらえきれないように笑うフレイ様。
「でもほら、ハエは害虫認定されてるから滅多に近寄って来なくなったよ。」
「むーーー。」
「ごめんって。」
むくれる私に平謝りのフレイ様。
「もう良いです。」
何だかもう色々。
それに神様を乗せる、というのなら私はむしろ本望?
「さて、マユももしかしたら進化あるかもだから、ここに寝ころんで。」
「はい。」
しばし繭華の背中をこちょこちょしていると。
「ハイキタ!!」
「え?新たな進化ですか?」
「いや、因子と配下の追加だって。稲、蓮と水仙水棲効果強、水質水温調整、益虫招致、麻痺毒……。」
「毒って何で?!」
まあ、不思議な能力が付くことも結構あった。でも派生していくと役に立つことが多かった。
「知らんけど、俺達に効かない毒を吐いて害虫駆除とかできそうだ。」
「毒を吐く。マユらしい。」
「あ゛?!」
意趣返しだよ、コノヤロー。
「あー、これこれ、ケンカしない。で、配下を増やせるけど、如何する?スギとサクラの次の配下だね。ウメ、コクタン、マツ、キリのどれか。」
「キリで。」
即決。繭華らしい。
「キリね………。ホホホイホイ。」
スギは男精霊、サクラは女精霊だったが……。
辺りが明るくなり、光が収束する。
キィィ…………………。
光が形になってくる。
おかっぱの和装童女。
ちょっとお公家さんっぽい品がある少女の精霊だった。
「主様、神様、私は名も無き桐の精でございます。よろしくお願いいたします。」
「では………桐生 …琴音。貴女は琴音ですよ。」
すぐさま名付ける繭華。
「ありがとうございます。私は琴音。桐生琴音と申します。」
三つ指で頭を下げる琴音。
「お、熟練も経験値も0だから今は何も出来ないけど、薬学、音楽、貯蔵に親和性がある。薬学…、育てればスーパードクターになったりして。」
「ほむ。琴音はスーパードクター。と。マユは素で毒多。」
「な・ん・だ・と?!」
「主様が怖いですー。」
泣き出す琴音。生まれたばかりの子に繭華の般若面は怖かったろう。
「あー、ごめんねー。」
慌ててあやす繭華。
「でも、良いなー、マユばかり。フレイ様ー、私には配下は付かないんです?」
3人とも繭華に絶対服従。嫌な仕事も黙々とこなしてくれる。
「うーん……。」
付かないんだ。
NOとは言わないフレイ様。こういう反応の時は例え出来てもロクな結果にならない。
「むーー!統率者が死にスキル状態。」
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「まあ、この後、しばらくして難民が流れて来るんだけどね、統率者がね…。まあ、農作業における老農と同じくらい凄まじい効果を発揮してくれやがってねー……。」
招かれざる客も呼び寄せるし……。
「でもね、裕福な領が狙われるのは世の常でね。必要になる能力だったし、無いと困っただろうね。」
……………………。
しばし黙っていたダイキが視線を上げる。
「お爺様の事は今後もマスコミとかに話したりしないんですか?」
「………私達はね、マスコミにはヒドイ目に遭わされっぱなしでね…。曲がって伝わるのも業腹だし。」
「………でも…。」
「知っては欲しい。でも、どんな伝わり方するか怖いしね…。何よりフレイ様が望まないから。」
望まないならしない。神がそれを望むのだ、とは違うか…。
「お前達が知っていてくれればいい。先ずはダイキの両親がどうして話してくれなかったのか、聞いてみなさい。私は好きなだけ昔話をしてあげる。
でもね、私達は沢山の人を争いで殺してきた。彼等がその話を聞いてどう曲解するか……。理解して話すべきは話したら良い。」
「私は正義の為に戦争をしたなんてありえない馬鹿な主張はしない。」
目をむくダイキ。ちょっと幻滅したろうか?
「私達は負けた事がほとんどないから……。負けた人達の気持ちは分からない。フレイ様は知っていたようだったけれど………………。」
「さて、夜も更けてきた。今日はここまでにしようか。」
「……はい。」
ダイキは少なからずショックを受けているようだ。
「悩みなさい。貴方も王族。人の上に立つことがあるかもしれない。その時、人の痛みを知らなければ私がとてもとても嫌いなあいつ等と同じになってしまうからね。」
「あんなのにはなりません!」
「ああ。」
まあ私達の子供達は皆まっすぐ育てた。グレかけた子も居たけれど……。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさいませ。」
一礼してダイキは部屋を後にした。
「ああ、そう言えば…。幸せな瞬間って、……もっと上のがあったわ。
でもこれは……60を過ぎて枯れた頃に話してあげようかね。
私がまだ生きていたら、だけど。」