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奴隷からの脱却のお話

奴隷からの脱却のお話




「うあーん。おばあちゃーん!」

 泣きながら現れたのは6歳で、ひ孫の……、ひ孫の…、ルーミエ…だっけ?

「おやおや、ルミ、どうしたかい?」

「バカ兄ぃがおばあちゃんが奴隷だったってウソつくの!!」

 勢いよく飛び込んでくる孫を片手で抱き留める。

 フレイ様が他界してから老化が始まったとはいえまだまだそのくらいの力はある。ああ、でもさすがミノタウロス種。5歳なのに重いったら…。

 ミノタウロス種の特性上、生後7~8歳までは人間より早く知能が発達するから、奴隷がどういう存在かも理解している。

「うーん、ごめんねー、ルミ。それはウソじゃないんだよ……。」

「ううぇ……。」

 ルーミエの大きいつぶらな瞳から涙が盛り上がってくる。

 女王だった私は尊敬されているのだろう、そんな人物が元奴隷とか察して余りある。

「そうだね、一つ昔話をしてあげようね。私と、繭華と、フレイ様の恩人のお話。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「フレイ様が奴隷商に売られる?」

 樹妖精の繭華は扇子で口元を隠すと眉間にしわを寄せる。

「うん。どうしようマユ?…ついでにお役御免になった私も奴隷商に売るって…。一緒に居られるなら私はいいんだけど……。」

 死ぬ寸前でタダ同然だった私が高く売れるだろうと、アイツはホクホク顔で言っていたけど……。

「それはまずいわね……。孤児院を探していたと言うから、孤児院に入った後私が引き取ろうと思っていたのに。その為の金策も……。」

 孤児院だってそんなに空きは多くない。助けられないものだって出てくる……。

「売られて奴隷の焼き印を捺されたら……。」

「そんなことはさせない!」

 繭華には珍しく声を荒げる。

「でも……。」

「ふむ…。そろそろ1年になるのに…直ぐに売らなかったのは何故なんだろう?」

 独り言のように言う繭華。

「分からない。」

 彼女に分からない事が私に分かるわけがない。

 繭華はしばらく考え込む。

「うーん……。やっぱり人間の事は人間に聞かないと分からないか。」

「聞くって言ったって……。」

 知り合いなんていない。

「行こう。ついて来なさい。」

 言うと繭華は私達を森の北西へ導く。

「どこ行くの?」

「ビュールン。」

「ビュールン?」

「グリンマ男爵領。ウーヴェ=バル・グリンマの領有する場所。」

 誰?聞いたことある様な無いような……。

「この森に隣接する領は8つくらいある。森に入ってくる人間の質から考えると最も信用できるのはグリンマの人々。」

 繭華はこの森の中の事なら手に取るように分かると言う。

 狩人や森の幸目当ての人々を見て、彼等が一番良いらしい。

「信用できる?」

「多分ね。もし話をして信用できなさそうなら別の人物…、村を探せばいい。」

 距離は10kmと、ちょっと遠いらしく、小走りで向かう。

「それにしても貴方、4歳なのに相変わらずの健脚ね。さすが牛頭鬼といったところかしら。」

 以前牛頭鬼って何?って聞いたらゴクソツって言われた。ゴクソツって何?


 やがて森を抜けると長閑な村が現れた。

 ここで放牧をしている人々は手足が不自由な人間が多いようだ。

「もし。」

 繭華が一人の老いた牛飼いに声をかける。

「んー?おお、何だね?」

「この村で一番の物知りは誰でしょう?」

「物知り?そりゃ、ウーヴェ様だね。この地の領主だよ。後は皆退役兵とその妻だから無学なのばっかりだ。」

 言って牛飼いは遠くの村に見える唯一の石館二階の建物を杖で指す。

 現在の丘の上から1.5kmくらい離れている。

「領主……。」

「どうしたね?」

「ちょっと話を聞きたいのですが…、ご領主様ならいきなり行っても会ってもらえるのかどうか…。」

「ああ、それなら大丈夫だよ。大河向こうのリッテン子爵が将棋を指しに来て居ない限り暇を持て余しているから、お前さん方を見たらむしろ嬉々として話を聞きたがるだろうよ。

 もっとも、盗みとか詐欺に掛けるつもりなら止めときな。勘が鋭いお方だし、民衆の敵には容赦ない人だからな。」

 牛飼いはカラカラ笑って去っていった

「別に領主でなくても、人間のしきたりを聞ければ良かったのだけど…。まあ、会ってみましょう。」



 牛飼いに指された建物の前に来ると、縁側で目の上にタオルを乗せて寝ている男性。太陽で眩しいのだろうか?

「もし。」

「……………。」

 繭華が声をかけるが反応なし。

「あのー。すみません。」

「……………。」

 やはり反応はない。

「えっと…。」

 私が男性の肩をゆすろうとした瞬間、男性が――

「グォーメラー!!」

 ――突然大声で飛び起きた。

「ぎゃぁぁぁーー!!」

 フレイ様を落とさなかった事、褒めて欲しい。

「「……な…なな。」」

「おう、誰だー?」

 のんびりとした声をかけられた。

 私の心臓はまだバクバクいってる。

「しょ、…少々伺いたいことがありまして、…………お時間を頂けないかと。」

 直ぐに立ち直った繭華が言う。私は尻餅をついたままだ。

「おう、何でぃ?」

 声の主は眩しそうに私達を見る。そして寝転んでいたベンチから起き上がって伸びをする。左手首と右膝から先、そして左目が欠損している、50過ぎのおじさんだ。

「私の名はマユカ。この子がフレイ様と、こっちのジャシ種の子がミレイと言います。」

「ほむ、そうかぃ。俺ぁウーヴェ=グリンマ。しがない隠居だ。」

 やっぱりご領主様。

 雰囲気は鋭いけれど、温厚な感じがする。

「恐れ入ります。えーと、用件というのは…、この子の事なのです。」

 言って私がおぶっているフレイ様を手のひらで指す繭華。

「赤ん坊?そういやさっきから泣きもしねぇな。あれだけのことがあったのにな。

 おめぇさんの子なのか?おっぱいちゃんと飲ませてんのかぃ?」

「………私の子というのは恐れ多いです。」

「あ?」

「それは後で説明するとして、現状、この方が奴隷商に売られそうなんです。」

「ほーん。」

 あまり興味はなさそうだ。

 まあそんなものだろう。この生き難い世の中で、いちいち知らない子供の行く末を案じてくれる人なんて居るわけない。

「この方は私達の命より価値がある方。どうか助けてください。」

「…………価値ねぇ。」

 少しだけ興味を持ってくれたようだ。

「私にできることなら何でもします!神様を救って欲しいんです!」

「神様だぁ?」

「私達にとってこの方はそれ程の価値があるのです。」

 私の失言に慌てて言いつくろう繭華。

「ご落胤とか厄介なのぁ勘弁だし、力を貸すにしたって盛り立てる程の力ぁ隠居の俺にぁ無ぇぞ。」

「ああ、そう言うのでは全くありません。私達もそう言うのには興味ありませんし。

 詳しく説明すると長くなるので……この方のポテンシャルと思ってください。」

 しばし白が混じったあご髭を撫でつけるウーヴェ。

「ポテンシャル、ねぇ……。しかし助けるっつってもなぁ。」

「どうかお願いします。」

 私は額を地面にこすりつけてお願いする。

「おいおい止めてくんな。人としてぁ助けてはやりてぇが…この村を見なよ。」

 建付けの悪そうな建物が数十。

「「……………。」」

「おじさん、貧乏なのよ!」

 今までのべらんめえ口調から突然情けない言葉遣いになった。

「おじさんねぇ、息子達に謀られてスッカンピンなのよぅ!」

「「……………………。」」

 相談する相手を間違えたのでは…………?

「えーと、あの…。」

 あまりの変わり様にさすがの繭華も声を失う。

「赤ん坊たぁ言え身受けにゃ10万HMハンゼマルクは下らねぇだろう。それだけの金がありゃこの村じゃ半年ぁ暮らしていける。持ってる奴等にゃはした金でもおじさん達にゃ大金なのよ。」

「……………………。」

 コホンと咳ばらいをして再び元の口調に戻すウーヴェ。

「心情としちゃ、助けてやりたくともよ、この子を救うために民を飢えさせるわけにゃいかんのだわ。わりぃが他、あたってくんねぇ。」

「お金があれば………助けて貰えますか?」

 ………………。

「ん?あるなら、な。」

 ウーヴェが眉を顰める。

「コレ、売れますか?」

 言って繭華はバッグから反物を取り出す。

「何でぇこりゃ?布か?」

 ……………………。

「何だぁこの手触り……。木綿…、羊毛と比較にならない手触りだ…。」

「絹と言います。」

「キヌ?何だそりゃ?」

「布の一種とだけ…。それで、どうですか?」

「あー、俺ぁこういうの詳しくなくてなぁ…。これぁ何で出来てるんだぃ?」

「製法は教えられません。我々の秘伝です。でも、この方を助けて頂ければ必ずこの領に富をもたらすと約束しましょう。」

「……詳しく話を聞こうか。と、その前に………。」

 ウーヴェが鈴を鳴らすと良くしつけられた中型犬がやって来た。

 3行くらい何かを書くと首輪に括り付けて犬に何か合図をする。一吠えすると犬は駆けて行った。

「この村一番の仕立屋を呼んだ。その間に詳しい話を聞こうかぃ。」


 繭華は現状を語り始める。

 自分が樹妖精であること、私が牛頭鬼であり、進化させたのがこの子である事を巧妙に隠して。

 ……………………。

 ………。

「ほぅ、なるほどなぁ。知識を授けてくれる、何か超能力を持っているか…。

 この子がねぇ。……ベロベロバァ。」

「…ふ。」

「ぁあ゛!?い、今こいつ、俺を嘲笑ぃやがったぞ!!」

「何赤子に言いがかり付けてるんですか、いいおじさんが。」

「いーや、おじさんは何百って下衆貴族やらボンボン貴族やらぁ見てきたから分かる!奴等の蔑んだ目をしゃーがったぞこいつ!!」

「ともかく、私が出来るのは、……フレイ様を救って頂けたなら、私は今年の秋に年100人を賄えるジャガイモと、次の春には同じくらいの小麦をもたらしてみせます!」

 老農としての能力なのか、私には何故かあの土地でどれだけの収穫が得られるか手に取るように判る。

「何とも……しかし、荒唐無稽な話だぁな…………。が、年100人を賄えるジャガイモと小麦は魅力的な提案だ。この領ぁ慢性的な物資不足だからなぁ。

 夢物語としてもいい夢だ。そこで一つ疑問だが、耕作地は何処だぃ?」

「森の中央に少しだけ拓けた土地があります。」

「森の中央?うーむ、今ぁ手つかずん領域のハズだが…。そんな耕作地がありゃいずれ誰かが領有を主張しそうだな。さしずめブラウシュヴァイクかノインガメか……。うーむ…。土地は……。」

「おい!ウーヴェ!さっきから呼んで…、む?客人か?珍しい。」

 ウーヴェが何かを言おうとしていた時、ウーヴェと同じ年くらいの白髪交じりの老人が現れた。

「おう、マティアス、ちょうどいい!お前ぇの悪知恵を貸してくれ。」

「誰のが悪知恵だ?!

 ん?今回はまたずいぶんな珍客だな。」

 私達を値踏む目。

「ご両人、こいつぁマティアス=フュア・リッテン。元、王国軍第二師団参謀でな、国々の法律とかにも詳しいんだ。話しても良いかぃ?」

 私達は少し相談してから頷いた。


 ~~~~~。

 話を聞いてマティアスは一つ頷く。

「先ずその子がすぐさま売られなかったのは奴隷同士の子ではなかったという事だ。奴隷同士の子は奴隷が普通だ。

 その名主とやらは未来投資とかはできないタイプだろう。本来なら直ぐに売ろうとしただろうがそれをしなかった。ならばできなかったという事だ。

 恐らくこの子の母親が少しでもこの子にチャンスをと、知り合いにでも頼んで寺社や役所に届け出ていたのだろう。」

 出生前登録という制度があって、そうすると孤児になっても孤児院や引き取り先が見つかるまで奴隷に落とされることは無い、と。

「しかし、これにも抜け道があってな……。子を育てるための金が20万HMマルクを超えるか、1年を過ぎて引き取り先が見つからないと、借金を回収する名目で売る事が出来るようになる。」

「でもでも!フレイ様をお育てしているのは私で、食べ物はパンくずとヤギの乳しか貰ってなくて、後は私が森の恵みを頂いて…、月1万HMマルクすらかかっていません。」

「君を買った金も経費として計上できる。」

 マティアスが言った言葉は分からないけれど、意味は何となくわかる。

「私はもう一人のオマケですから、タダです!」

「それら全てを君が証明できるかね?」

「証明?」

「多分その男は売買契約書とか不利な物を見せる義務が無いから出してこないだろう。

 奴隷の、しかもジャシ種の子供と森の隠者の証言、対して明白なウソでも村の豪農の証言。今のこの国ではまず間違いなく………。」

 確たる証拠が無ければ裁判では絶対負けるらしい。

「「……………。」」

 私達は声を失った。


 頭から煙が出るくらい考えているとおばさんの声。

「ウーヴェ様、来たヨ。」

「おお、メラニーちゃん、悪ぃな、ちょいと反物の鑑定を頼みてぇんだよ。」

「反物の鑑定?どれ?」

 ウーヴェがメラニーおばさんに反物を見せる。

 ……………。

「何だこりゃ…。こんな上質の布、見た事ないよ!」

 老眼鏡を片手に興奮するメラニーおばさん。

「真っ白なのに何て光沢だ………。」

 興味を引かれたか、マティアスも布を覗き見る。

 二人とも絹の手触りを確かめると……。

 ゾゾゾ…。

 鳥肌をたてる二人。

「何だこりゃ……。濡れているわけでもないのにしっとりしてる……。」

 ……………。

「麻や木綿の、倍……。どころじゃないね……。好事家なら……。」

「4倍出そう!俺が買う!150万マルクだ!」

 マティアスが手を上げた。

「えー……。」

 好事家がここに居た……。

「ちょっと待っとくれ。ヨシュさんに黒に染めて貰って、タキシードにしたらさらにその倍になるよ。」

「安いもんだ!300万で買おうじゃないか!」

「ちなみに切れ端をネクタイに……。」

「一本1万マルク、柄は白、黒、紫、橙、碧の五本。蝶ネクタイを3セット。」

 …………金持ちって…。

「「「毎度ありがとうございます。」」」

「図らずも軍資金は出来たな。」

「おい、ちょっと待て!君等はこの布をどの位の頻度で作ることが出来る?」

 とのマティアスの疑問に繭華が首を傾げる。

 妖精達に命令して毎日がっしょんがっしょん織らせている。

「1日1メートルで…大体1ヶ月1本くらい、でしょうか…。」

「次回も私が買おう……。」

「お待ち!」

 ピシャッというメラニーさん。

「子爵様、この反物で上下を2週間で作るから、それを着て先王様に会ってきてもらえないかい?」

「おいおい!そんなことしたらこの反物の値段が何倍になるか分かったもんじゃないじゃないか!」

「前女王様ぁ着道楽だったかんなぁ……。」

 遠い目をしていうウーヴェ。

「そうさ、フローリア様ならこれでドレスを作ったら1千万マルクは軽く出すよ!1千万マルクのドレス…。おぉう、アタシの夢はまだ破れていなかったよ!!」

 何か…、置いてけぼり……。

「あの!!とにかく、フレイ様を助けて貰えますか!?」

 との私の言葉に胸を張って答えるマティアス

「良かろう。君等は存在価値を示した。軍資金もできた。将来設計もある。ならば応えてやろう。」

「おい!俺の金蔓奪うんじゃねぇよぉ!相談されたな俺だし、こいつ等の耕作地を俺の領として申請するんだからな!」

 言って杖を使って立ち上がるウーヴェ。

「じゃ早速、その豪農ん所へ行こうかぃ。」

「待ってください。できればミレイ、この娘ですが何とか奴隷から解放してあげたいんです。」

 繭華が私の両肩を持って二人の前に突き出す。

「おう、ったりめぇだ。150万HMハンゼマルクありゃ軽く4人分位の値段にゃなるからな。」

 家の奥に行って着替えながら言うウーヴェ。

「おいウーヴェ、その名主、聞いた感じでは恐らく吹っかけてくるぞ。」

「いくら吹っ掛けようが150もあれば十分すぎるだろう。」

「そうなんだが…、何と言うかむしゃくしゃする!元とは言え俺の金がむしられるのは。」

「だからって取り上げるわけにはいかんだろう。俺の領民ですらないのに。」

「それにそいつの土地、多分ノインガメの所だろう?」

 苦虫を?み潰したような表情で言うマティアス。

「お前ェさんが奴を毛嫌いしているなぁ知ってるが…、」

「俺の金が1Pペニたりとも奴の懐に入るのは許せん。」

「今回ばかりゃ仕方なかろ。」

「いや、俺に考えがある。」

 マティアスは悪い顔をするとウーヴェに考えとやらを伝える。

 ……………………。

 ………。

「……………と、言う事だ。」

「………うーん。上手くいくかあ?」

「上手くいかなくても良いんだ。俺の気が済む。ダメでも俺の策謀がさび付いたんだとあきらめも付くしな。」

 その時は高い授業料を払ったと思うそうだ。

「分ぁった。やってみらぁ。」

「ああ、ここからその農園は距離がありそうだ。俺の馬車を使え。」

「おう、すまんな。遠慮なく借りるぁ。」

 ウーヴェは小切手帳を懐に入れる。

「ああ。

 これは二人乗りだから一人は御者台に乗れ。」

 マティアスに言われて私が御者台に乗り、フレイ様を繭華に預ける。繭華は御者台の後ろ、私と背中合わせに座り、膝にフレイ様を抱く。

 馬車なんて操縦したことなかったけど、見様見真似で……。あ、何とかなりそう……。

「メラニーちゃん、反物は任せて良いかい?」

 馬車から顔を出してメラニーに呼びかけるウーヴェ。

「はいよー。」

「マティアスは悪いが俺の馬で帰ってくれ。」

「おう。採寸してもらってから帰るよ。」

 マティアス、ウキウキしている。

「じゃ、行ってくらぁ。」




 馬車が農園の屋敷に着くと、私は御者台から降りて馬車のドアを開ける。

 周りの使用人達が驚いてこっちを見ている。

「たのもう!」

 腹に響く声を上げるウーヴェ。

「あ、はい、何の御用でしょうか、騎士様。」

 一番に我に返ったジョーおばさんが揉み手で対応する。高そうな軍服を着ているので騎士だと思ったようだ。

 そしてちらちら私の方を見て眉をひそめている。

「俺は森向こうの領主。ウーヴェ=バル・グリンマという。この子等を俺の後継者として育てようと思い、参った。」

 繭華が抱いているフレイ様を示して言うウーヴェ。

 ウーヴェの口調が今度は武人を思わせるものに変わった。

「………えーと、それは、この子等を買い取ってくれるって事ですか?」

「買い取る……。」

 眉をぴくっと跳ね上げるウーヴェ。

 引き取るではなく、買い取ると言う言葉が出た事から心証を悪くしたようだ。

「ともかく、この子等の身元引受人と話がしたい。」

「ああ、はいはい。少々お待ちを…。」

 ドスドス駆けて行くジョーおばさん。


 やがて現れる名主。名前は…忘れた…。

「これはこれは王国の英雄グリンマ伯爵様。お目にかかれて光栄でございます。」

 英雄?伯爵?この人もしかして有名人?

「昔の話だ。今は隠居の身。」

 立ち話もなんだと、屋敷に案内する名主。

「それで、この子を引き取ってくださるという事でしたが……。」

 ウーヴェの前に紅茶が出される。

「ああ。恥ずかしい話だが…俺の息子達は武人の本分も忘れて、政の真似事をしてこの国を悪い方へ舵取りしている。じくじたる思いで隠遁していたのだが、この娘がこの子を――」

 と、私とフレイ様を示す。

「――連れて現れた。聞けば孤児院を探しているとの事でな、ならば、と思った。

 俺が死ぬ前に、この赤子に技術知識を叩きこんでやりたい、とな。」

「左様でございましたか。確かにこの子は私共の召使の孤児でして、しかし何処の孤児院も引き取ってもらえなくて……。」

「ああ。だから俺が引き取ろう。」

「えー、言いにくい事なのですが……。」

「今までの養育費、この娘もその為に買ったと言うのだろう?俺が全て払ってやろう。いくらだ?」

 ポーカーフェイスでいるつもりだろうが、まるわかりだ。ニヤケ面が抑えられていない。

「そうですな…。二人で70万マルク…、でいかがでしょうか?」

 ふざけんな!と思う。私はタダだし、フレイ様にかかった費用は総額5万マルクも無いだろう。なのに…。

「良かろう。」

 即決で、小切手に70万HMを書き込むウーヴェに対して、しまったと顔をする名主。

 恐らくごねればもっと出したかも、と思っているのだろう。

「あ、えー、ちょっと待ってください、その、諸経費の事を忘れていました…。」

「諸経費?ならば出納帳を持って来るが良い。2~30分なら待っていてやる。」

 再度しまったと言う顔になる名主。そんなものを見せれば経費どころか食費すら残飯だったこともバレてしまうだろう。

「あ、良いです。3万マルクも無いでしょうし、70万で……。」

「む?商売人ならもっと細かい計算をするものだが……。」

「ええ、お、わっ、私は農民ですので。」

「そうか?遠慮せずとも良いのにな……。ホレ。」

 言って小切手を名主に渡すウーヴェ。

「ありがとうございます。」

 ホクホクと受け取る名主。

「ああ、そうそう、取引金額が50万を超えたからには領主のノインガメに報告しておく。王国貴族としての規則なのでな。

 強欲なノインガメの野郎だ。恐らく半分は差っ引かれると思う。下手すると6~7割は取られるかもな。」

「…お、お待ちください。」

「何だ?」

「49万、9999マルクでお願い、できますか?」

「別に構わんが…。報告はして欲しくない、と?」

 答えず深く頭を下げる名主。言質を取られたくないのだろう。

「ま、良かろう。50万を越えなければ俺に報告義務は無いからな。」

 面倒くさくなくていいと言って古い小切手を破り捨てる。そして新しく49万9999HMの小切手を渡すウーヴェ。

「ありがとうございます。」

「ではこの娘の権利証を貰おうか。」

「け、権利証?」

「ん?当たり前ではないか。奴隷商から貰っていないのか?この娘の耳標と符合する権利証があるはずだ。………もしかして、無いとか言わんだろうな?」

「え、…う……。」

「証書無しでの奴隷売買となると違法というのは知っていよう?」

 既に形骸化した法律なのだが条文としては残っているらしい。奴隷を使い捨てする人間には特にそう言う手続きについて詳しくない。

「その…。」

「証書が無ければこの娘は耳標をした一般人という事になってしまうぞ。売買なんぞしようものなら凶賊として処罰されるが。」

 ウーヴェの目が鋭くなる。ハッタリなのだがこの人の胆力は物凄い。

 名主は覚悟を決めたか、一度奥に引っ込むと鉄板を持って出てきた。

「………これ…です…。」

 …………………。

 証書を見てしばし固まる二人。

「はっはっはっはっは…。」

 絶句した後突然笑い出すウーヴェ。

 知っているのに?然とする演技、凄い。

「この俺に無料の奴隷を70万で売ろうとしたか。やあ愉快だ。」

 いう程笑っていないように感じる…。凄い技術だ…。

 しかも二人の値段をすり替えていることを感づかせない。これが英雄の技術なのだろうか?

「申し訳ございません!15万で結構でございます!」

 それでも15万は回収しようとするか……。

「はっはっはっ。まあ良い、50万HM、受け取っておくが良い。久しぶりに笑わせてくれた褒美だ。」

 あれ?ノインガメには1Pペニたりとも払わないんじゃなかったっけ?

「それにこの娘の肌艶と髪質、相当栄養のある食事を取らせているようだな。」

「そ、それは、もう、……はい。」

 嘘つき。栄養は繭華に貰ったものだ。

「その謝礼も混みという事だな。

 しかし、そうだな……。そなたが貰い過ぎたと思うのであれば、だが…。」

 言ってウーヴェは考える素振りをする。

「仔ヤギ1頭をオマケに付けてもらえるか?」

「あ、ありがとうございます!私共で一番いいのを見繕わせて頂きます。」

「良し。決まりだ。」

 言って握手する二人。


 あまり無理を言って領主に訴え出られるとこじれる。

 双方が歩み寄れるギリギリをマティアスは狙っていたらしい。


 そして帰りの馬車で。

「でもおじさん、あいつが15万で良いって言うから……まさか50万も払うとはおもわなかったよ。」

「はっはっは。明日からどうしよーー……。」

「「は?」」

「おじさん、またスッカンピンよぅ。」

「………いや、だったら何で余分に払ったのよ?」

「バカ野郎!漢が値切るなんざカッコ悪ィじゃねえか!」

「前提が……はぁ~…頭痛い……。」

 頭を抱える繭華。

「おじさんカッコつけたいお年頃なのー。」

「「バカだ、この人。」」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「こうして、私はウヴェ爺ちゃんとマティアスお爺様のおかげで奴隷から解放されたんだよ。」

「…………………。」

「この後もこのお爺さん達には陰に日向に助けて貰ったんだ。

 ……おや。」

 いつの間にかルーミエは寝入っていた。


 ベッドにルーミエを寝かせ、私は窓辺のロッキングチェアに座る。


「私は彼等に恩を返すことは出来たのだろうか?

 恩を返すって、難しい…。」

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